尾行調査
夜更かししたせいで遅刻しそうになったところを花音に起こされる。その後バイトに行く前にブランコから『君は特別な存在』という意味深な助言を受ける
今日は一日なにもするべきことはない
こんな日は俺にとって、いや誰にとっても珍しいことではなかろうか
学校は休み、バイトもなし、課題もなく家事は普段からしてるから特別することもない
自由である
この何でもできるという解放感たまらない
友人でも誘ってどこか行こうかとも考えたが、まず花音は平常運行で部活だった。
そしてケンちゃんこと健太郎なのだが、部活はあるらしいのだが今日は休むと言っていた
というのも今日は健太郎にとって待ちに待った星海花蓮の野外ライブがあるのだ
星海花蓮とは何かというと今人気絶頂のアイドルで、健太郎はその大ファンである
テレビでも引っ張りだこで近頃その宣伝もしていた気がする
と言ってもチケットは倍率の高い抽選なのだが、その狭き門を健太郎はついぞ乗り越えたのである
そんなこんなで部活は仮病で休んだらしい
仮病と言えば涼子さんの微笑んでるはずなのに得体の知れない恐怖を植え付けるあの表情が思い出されるが涼子さんはじめ家族には内緒にしてるとのこと
罪悪感はあるらしく今後二度としないと誓っていたが学校側から連絡入ったりとか言う未来は想像に難くないが大丈夫だろうか、いやこれ以上考えるのは止めよう
ともあれ友人はこれで全滅、しかし俺は全く落ち込んでなどいないのである
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時は図書館で初めてブランコと出会って、取り引きの話を終えたところまで遡る
「そういえば君は本を探すためにここに来たんだったね」
「そうだが、別にもうどうでもよくなったわ。帰らせてもらう」
「待ち給えよ、君がこの取り引きを遂行してくれるというなら副産物として私のお勧めの本を貸し出そう」
「そんな怪しい本はいらん」
「まぁ騙されたと思ってまずはこの推理小説でも読み給え」
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そんな流れで渡された少し厚めの文庫本なのだがこれが面白いといったらありゃしない
学校の空き時間でしか読めておらず、まだ序盤しか読めていないにも拘わらず既にだいぶ引き込まれていて、先の展開が非常に気になるのである
だから今日は絶好の読書日和!まぁ家で読むから天気は関係ないけど
俺は椅子に腰を下ろし、いざ読み始めようと栞の挟んだページを開いたと同時に、携帯が着信音を鳴らし始めた
嫌な予感がする。俺の携帯に電話をかけてくるような知人は一人しかいない
つまりもう高確率で『奴』である。
普段入らざるを得ない休日のバイトのシフトがないという珍しい一日なのである
絶対にこの安息の時間を譲りたくない!
譲りたくないのだが…
「30分後に君の家の前に行くから準備しといてくれ」
「はい…」
なんか予測できてた。そして断れなかった
というかブランコの要求に冗談抜きで拒否権がない気がするのは俺だけだろうか?
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俺は家を出ると道端に一台の車が止まっていた
「早く乗れ」
車の窓から助手席を親指で指しつつこう言ったブランコ、なんか格好は私服っぽいしサングラスまでつけているせいか少しカッコよさを覚えたが、取り敢えず素直に従った
「では出発しよう」
「どこに行くかぐらいは教えてくれ。お前のことだから今から北海道に連れていくとか言いかねないし」
「何を言っているんだ君は。まるで私がいつも君を振り回しているみたいな言い方をして」
「分かって言ってるだろ」
「まぁ目的地はさほど重要じゃない。重要なのはそこで何をするかさ」
「何しに行くんだよ」
「君のセッティングしたデートの尾行さ」
「は?それって神凪と響也のデートのことか?」
「当然。今はその現場に向かっているわけさ」
ブランコはいつもサラッとえげつないことを言い始める
こいつと話していると毎回頭痛がする
「なぜ俺を連れていく?」
「気になるかなーと思って」
「今すぐ帰してもらっていいですか」
「そう邪険にするな。君が本気で神凪の意中の男性になりたいなら、君は神凪のことを一つでも多く知っておくべきだ」
「つまり今日は神凪の一面を知るための行動の一つだと」
「そういうことになるかな」
「最初からそう言え」
一応ブランコは俺と神凪をくっつけることに尽力してくれてるっぽいが、その目的は一切明らかになっていないのが不気味である
何事も唐突で言うことはぶっ飛んでると思いきや、まともなこともたまに言う
掴めない女である
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辿り着いたのは大きめな駅の前である
といっても俺が神凪に教えた場所で、近くに映画館も併設されているような大きなショッピングモールがあり、娯楽施設に飲食店なども多数存在していて非常に発展したところである。休日ともなれば多くの家族連れや学生などが見られるような場所である
「ではもうお昼時であるからまずはご飯に行こう」
「俺たちがデートを始めてどうする!目的を見失うんじゃねぇ!」
「目的は見失っていない…といえばもう君は行く場所まで分かったかな?あと今日はWデートということでいこうではないか」
「いい加減にしてくれ」
というわけで俺が深夜に散々調べたおしゃれなイタリアンのレストランに神凪と響也デートの様子を伺うために自分も利用することと相成った
ついでにブランコが同伴となる
なにもかもが気に食わない
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「ああ、予約をしていた『木戸』だ」
「木戸様ですね、奥へどうぞ」
俺たちは店の奥の方の席へと案内される。見渡すと店内の他の席を一つの視界に収められてとても観察しやすかったし、身を屈めれば他の席からは死角になるというおまけ付きである
「準備がいいのは評価するが人の名前を勝手に使うな」
完全に俺を連れてくること前提だし
「そうカリカリするな。ここは私が奢ってやるから何でも頼んでいいぞ」
「余計なお世話だ。自分の分は自分で払う」
「なにそれ?男の意地ってやつ?」
「お前の分は奢らんからな」
そんなことを言っていると遂に神凪と響也が入店してきた。というか本当に来やがった
席の確保もあの二人が来るタイミングも完璧すぎてもう怖くなってきた
しかしまずはこちらの注文である
「私は定番メニューのこれを頂こう。君はどうする?」
「俺はカルボナーラと海鮮ドリアで」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
「君一人で食べるにしては随分と多いじゃないか」
「こんなところ滅多に来ないし、食べ盛りだからこれぐらい余裕だ」
「結構なことだがあの二人よりは早く食べ切れよ」
「あ!」
全く気にしてなかった。尾行への意識が抜けてるのは俺の方だったってか
まぁ聞くまでもなくこういうことについてブランコはプロだろうし、素人である自分のことを気にした方が良さそうである
「そうだ。君にプレゼントがあるんだ」
そういって渡されたのは高音質のワイヤレスイヤホンとして有名なAirPodsである
「なんだよこれ」
「つければわかる」
言われるがままに両耳に装着すると
『私はこれ』
『俺はこれで』
聞こえてきたのは神凪と響也が注文をする声だった
「どのようにしてこの盗聴を可能にしているのかをお聞かせ願いたい」
「申し訳ありません。こちら企業秘密となっております」
なんかしらの法に触れそうな気もして怖いが、あの二人に近づくことなくその会話を聞くことが出来るこの装備は俺にとってあまりにも魅力的すぎた
「気に入ってくれたかい?実は私とお揃いなんだ」
「とてつもなくどうでもいい情報だけはすんなりと寄越すのな」
「忠告するが、あまりそこからの音声ばかりに気を取られていると自分の周囲への注意が散漫になるから気をつけろ。あと遮音性が高すぎるが故に自分の声が大きくなりがちだ。私の声も届きにくくなる」
「それはどうしろと言うんだ」
ブランコはカバンからメモ帳とボールペンを取出して
(これから私たちは筆談によるコミュニケーションを行う)
とメモ帳に書いてこちらに見せてきた
面倒くさいとも思ったが理由ありきで提案されていることなので俺はメモ帳とボールペンを受け取り
(了解)
と筆談による返事をした
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筆談による会話を約束してから15分ぐらい経っただろうか
俺たちと神凪たちの両方のテーブルに注文した料理が揃った
俺とブランコは練習がてら何回かメッセージを送り合ったのだが、肝心の神凪と響也についてはあれからただの一つも声を発しておらず両者完全に沈黙を貫いていた
俺といたときはそこそこ発言していた神凪だが、あの発言量は神凪にとって珍しい…というよりあのとき以外で見たことはないのでこれだけの沈黙も正直見慣れたものである。ブランコも神凪がこのような反応を示したことに驚いていたし、俺のことを『特別な存在』とまで言ったことと紐づけられる一つの要素であることは間違いない…はず
問題は響也の方までだんまりを決め込んでいることである
俺の響也へのイメージは勉学とサッカーが共に優秀であり、そして周囲とのコミュニケーションも活発である
去年の高校一年生のときは俺と神凪と響也は同じクラスだったが、学級委員まで務めた彼は多くの意見を自ら出すこともさることながら、相手から引き出すことにも長けていた
まさにリーダーシップを持つ人間であり、世間一般でいう『陽キャ』当てはまるはずなのである
そんな彼がなにも言わずに不安そうな顔を浮かべてただ座っているということに俺は大きな違和感を抱いていた
そんな状況が続き、気付けば俺は料理をすべて平らげてしまった
(神凪はともかくなんで響也までなんも喋らないんだ)
(彼は神凪の前ではあんな感じなんだ)
(なぜ)
(さぁ?)
イラッ!!どうせ知ってるくせになんで教えてくれないのか
『食べ終わりましたか』
『ああ、準備も大丈夫だ』
『すいません、お勘定を』
久しぶりに口を開いたと思ったらもう店を出るらしい
店内でまともに会話してないが今日一日持つのかこちらが心配になってきた
二人の会計についてだがなんと驚くことに響也がすべて支払っていた
『いいんですか?』
『気にするな』
はえー男らしい、と俺は感心した
(俺たちも会計を済ませよう)
(会計はもう済ませてある。急いで店をでるぞ)
はえー男らしすぎる、と俺はなぜだか悔しくなった




