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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
幕間 宇宙魚の夢
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宇宙魚の夢(3)


           2-0-(3)


 わたしはミッキーに比べると、料理に向いていないのかもしれない。少なくとも、ルネと一緒にいるときは無理だと判明した。かけあい漫才になってしまう。

 ミッキーの運転する車で『月うさぎ』へ帰りながら、わたしはちょっと落ちこんでいた。――だって、ルネは、わたしをからかう名人なんだもの。そのルネは、ミッキーに作ってもらった料理を載せて、大喜びで《REDレッド・ MOONムーン》 へ飛んで行った。

 ミッキーは残りの魚と料理の材料、道具を車へ積み、何か料理を考えているようだ。


「ねえ、ミッキー」


 ふと思いついて、声をかけた。ハンドルを握っていたミッキーは、運転を自動に切り換え、こちらを向いた。


「なんだい? リサ」

「うん。あの魚、どうやったの?」

「ああ、あれ」


 不思議だった。ラウル星人と味覚の違うわたし達――なのにどうして、彼が料理をすると同じように食べられたのか。どんな魔法を使ったのかと訊ねると、ミッキーは笑った。


「魔法なんかじゃないよ。ラウル星人もおれたちも、身体の基本的な構造は同じだからね。味覚の違いは、味覚受容体と酵素の違いなんだ」

「じゅようたい? こうそ?」

「舌の表面には味蕾(みらい)という味を感じる組織があって、甘味や苦味、酸味などを感じる受容体があるんだ。それぞれの受容体の遺伝子が違うと、感じる味に違いが出る。地球人とラウル星人の味覚の差は、遺伝子の差でもあるんだよ」

「ふうん……。酵素は?」

「わかりやすく説明するとね――例えば、ヤギやヒツジは牧草を食べるけれど、おれ達は食べられないだろう?」

「う、うん」


 話が飛躍した気がして、戸惑った。ヤギとヒツジ……植物食の動物は、そうね。


「おれ達には不味くて食べられない牧草だけど、彼等が食べられるのは……彼等の唾液や胃液の中に、牧草の線維(セルロース)を分解して糖に変える酵素(セルラーゼ)が含まれているからなんだ。(注*)」

「糖に?」

「そう」


 わたしが今ひとつ理解しきれずにいると、ミッキーは優しく微笑んだ。


「生物にとって一番重要なエネルギー源は、糖――Glucose(グルコース)だ。これが繋がってショ糖や果糖になり、さらに繋がって植物の線維やデンプンになる」

「……そんな話、ジュニア・スクールで習ったような気がするわ」

「それは良かった。では、ぜひ思い出してくれ。線維もデンプンも、分解していけば甘いショ糖や果糖になるし、さらに分解すればGlucose になる。おれ達には、デンプンやショ糖を分解する酵素はあっても、線維を分解する酵素がない。だから、牧草は不味くて食べられない」

「判ったわ。ルネには、その酵素があるのね!」

「そういうこと」


 そうか。それで、ルネには甘くて仕様がなかったのね!

 良く判ったけれど、ルネがヒツジさんと同じだとは知らなかった。――なんて言ったら、また言い合いになるんだろうなあ。


「それは、お互い様だよ」


 わたしの台詞に、ミッキーは声を上げて笑った。滑らかに心地よく響くテノール。


「ラウリアンにあっておれ達にない酵素があれば、おれ達にあっても連中が持っていない酵素もある。糖に限らず、脂肪やタンパク質の分解酵素も少しずつ違うから、それを補うために料理をするんだ」

「補う?」

「自分が持っている酵素で分解できるよう、物質の化学構造を変化させればいいんだよ。熱を加えたり、冷やしたり、酸や酵素を使ってね。その結果は、もう判っただろう?」

「うん。……ミッキー、凄い」

「え? 何が」


 化学構造だなんて。そんなことを考えて料理をしていたんだ、ミッキーってば。

 彼は、くすくす笑い始めた。愉快そうに片目を閉じて、


「考えるもなにも、料理はそういうものだよ。おれには化学の実験みたいで面白いんだ。だから、そう言えるのかもしれないな」


 わたしは笑ったけれど、一瞬、頬がひきつった。その瞬間、白衣を着てビーカーと試験管で料理をするミッキーを、想像してしまったから。

 ちょっと複雑……。


 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、ミッキーはうきうきと続けた。


「あの魚は一定以上の高温にさらすと、もっと美味しくなるんだよ。帰ったら、天麩羅にしてみようか。ね、リサ。それから――」


 楽しそうに料理のアイデアを出してくれるミッキーと、複雑な気分のわたしを乗せて、車は『月うさぎ』を目差した。



              ◆◇



 宇宙船のコクピットで。ルネは、メイン・スクリーンに映る《レッド・ムーン》 を見上げていた。太陽の光を浴びて緋色に輝く人工の星。彼の第二の故郷。

 青い地球の温かさとも、銀の月の静けさとも違う。虚空に打ちこまれた、人類の楔だ。


《帰ってきたぞ》


 どんなに遠く離れても――苦痛と悲しみを伴う場所でも。数百年の旅をして太陽のもとに還り着く、彗星のごとく。かつては、ここから出て行くことが目的だった。でも、今は。

 還ること……必ず。行っては、無事に、また還る。それが今の自分を支えていると、ルネは知っていた。

 心の中で、唄うように呼びかける。


《還ってきたぞ、オレは。ライ……》


 緋い月は、輝き続ける。






『宇宙魚の夢』~FIN~

(注*)正確には、体内に棲む微生物がもつ酵素です。

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