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REINCARNATION  作者: 石燈 梓(Azurite)
第一部 今夜の訪問者は最高!
14/106

Part.3 十人目の尋ね人(3)


            1-3-(3)


「ラグ・ド・グレーヴスは、銀河連合宇宙軍のAクラス戦士(トループス)だ」


 111号室に入ると、ルネはさっきコンピューターから弾き出したデータと元のデータをまとめてミッキーに手渡した。ミッキーは頷き、紙片にざっと目を通した。


「ああ。スティーヴン・グレーヴスについても間違いない。自治政府の執政官(アウグスタ)だ」

「面白くなってきやがった」


 ルネは語尾にハート・マークがくっつきそうな口調で言うと、ベッドに跳び乗った。

 わたしは二人をねめつけた。


「二人とも、ちゃんと説明してよ」

「すわんな。いいか、よ~く聞けよ」


 ルネはミッキーからデータを取り戻し、わたしが椅子に腰を下ろすのを待って読み上げた。


「ラグ・ド・グレーヴス、地球人系スタルゴ移民三世。男。標準歴八月八日生まれ、二十九歳……若いな。銀河連合宇宙軍、第一軍298大隊所属、Aクラス戦士(トループス)、Aクラス・パイロット。ふうん、ダブルAか……。火星の宇宙飛行士(アストロノウツ)訓練校、宇宙総合科学部、操船航学科、大学院卒業……二十四歳でか? うわ。大学には十六歳で入学し、飛び級(ステップ)で二十歳で卒業している……何だって? 宇宙物理学と生物学の博士号を持っているな。代表論文は、ええと……『第四次元における生体エネルギーの特性に、特殊転移航行が及ぼす影響』……なんだこりゃ? 超加速(ワープ)のことか? 『人工生命体の存在の可能性が及ぼす、時空エネルギーへの影響』なんてのもある。これが倫道教授に関係しているのか?」


「ちょっと貸してくれ」


 最初は落ち着いて読んでいたルネも、聴いていたミッキーも、信じられないという口調になった。

 ミッキーがデータを手に取る。読み返して、呆然とした表情を見せた。


「フル I.Q.200(注①)……成る程、人類じゃないな。別名クイン・グレーヴス? Aクラスの超感覚能力保持者(E S P E R)でもあるのか。実戦英雄勲章を三つとっている。一軍での階級は少佐、本人の希望で……。凄いな、実在の人物とは思えないよ」

「ねえ。もしかして」


 わたしは声をかけた。今、思い出したのだ。


「ラグ・ド・グレーヴス少佐って、ニュースに出たことある? 辺境探査とか、コロニー住人の命を救った、とか――」

「タイタン・コロニーを救った『英雄』だ」


 ルネはベッドの端で胡座を組み、煙草に火を点けた。長い口笛を吹いて首を振る。


「そんなふうに呼ばれていたはずだ。まいったなあ……こんな大物とは思っていなかった。総合科学部なんて、十年かかっても卒業出来ないって言われているんだぜ。それを、飛び級で四年。教授が《VENA》を任せるわけだ」

「名前を言わずに、ただ『グレーヴス』と言ったのも、そのせいかな?」


 ミッキーは、自嘲気味に苦笑していた。


「リサちゃんも知っている『あの』……と、言うつもりだったのかな」

「ごめんなさい」


 わたしは、しゅん、と項垂れた。確かに、その可能性はある。でも、まさか、そんな凄い人だなんて思わないじゃない。

 ミッキーは優しく微笑んだ。


「いいえ。おれも、そんな大人物とは思っていませんでしたから。仕方がないですよ」

「面白くなってきやがった」


 ルネが繰り返した。挑むような目つきで、煙草の煙を吐き出す。


「ルネ。ドウエル教授の話に間違いはないか?」

「ああ」


 ルネは、ミッキーの手の新しいデータを示した。わたしにも判るように説明する。


「パイロット氏は今夜――正確には標準時間で明日の午前四時に、《RED MOON(レッド・ムーン)》 に寄港する。滞在はジャスト二時間。二十四日午前六時には、スタルゴ星系へ向けて出発する。船名は 《CELINA(セリナ)-3》。恒星間航行用の大型船で、木星の重力を利用してスイング・バイを行う予定だ(注②)。(やっこ)さんの個人艇も搭載している。船名は 《VOYAGER(ボイジャー)-E ・L・U ・O ・Y》」


「スティーヴン・グレーヴス氏のデータは、ここだ」


 ミッキーがベッドの脇から電子新聞のタブレットを取り上げた。わたしに照れ笑いを向ける。


「最近、ダイアナ市議会は執政官(アウグスタ)と仲が悪いので、悪口だけなら掃いて捨てるほど載っているんですよ。……スティーヴン・グレーヴス執政官、三十六歳、独身。出身地は地球……ヨーロッパ州。グレーヴス一族なのは間違いないようですが、我らがパイロット氏とはどう繋がるのでしょう」

「でも」


 従兄って言っていなかった? 

 わたしの戸惑いに、ルネが言葉を投げ込んだ。


「話が上手すぎやしないか?」


 ルネは狼を思わせる牙を見せ、唸るように言った。


「出来すぎているとは思わないか、リサ。目差すグレーヴス氏に違いなさそうな奴が、《レッド・ムーン》 にやってくる。ちょうどその日に、仲間と名乗る男が電話をかけてくる。しかも、ミッキーには、当のグレーヴスに会うなと指図する」


 わたしは、ミッキーとルネの顔を交互に見た。


「ドウエル教授はわたしの居場所を知らないのよね? 行方不明になっているから……。誘拐されているかもって、心配してくれていたわ」

「そこが判らないんだ」


 ミッキーは黙っている――表情は静かで、どんな考えも読み取れなかった。

 ルネは苦々しく唇を歪めた。


「あの教授が本当に倫道教授と親しい人物なら、教授が死んだとき、どうしてすぐリサに連絡しなかったんだ?」

「…………」

「リサの話では、そんな連絡は全然なかったんだろ? 倫道教授の方も、ドウエル教授のことをリサに話していない。ミッキーがあんたに会うまで、一週間もかかっているんだ。倫道教授の味方なら、その間に連邦警察に通報してリサを保護しようとしただろう」

「…………」

「いままで全然そういうことをしてこなかったくせに、今ごろ『誘拐』なんて言い出すのは、怪しいぜ」


 そう言われてみると、確かに……ルネの言う事には一理あるような気がした。

 わたしの表情を読んで、ミッキーが言った。


「リサちゃん。おれ達は、ドウエル教授を責めているわけではないんです。それで、きみの居所を知らせなかったわけじゃない。ただ――倫道教授を殺した犯人は、教授の近くにいたとおれは考えているんです。ドウエル教授が味方かどうか判らない以上、用心した方がいい」


「オレは疑っているぜ」


 ルネは煙草の先を噛み潰し、壁を睨んでいた。低い声は、地底から響いてくるようだった。


「ラグ・ド・グレーヴスか。二時間しか 《レッド・ムーン》 に立ち寄れない野郎に、どうやってリサを会わせる? 恒星間航行船のパイロットなんて、下手すりゃ十年以上帰って来ないぞ。ミッキーを会わせないようしているとしか思えない」

「スティーヴン・グレーヴス氏に会えば判るだろう」


 ミッキーはルネをなだめるように言った。わたしに、いたずらっぽく微笑みかける。


「幸い、リサちゃんは誘拐されているわけではなく、ここにいるんだから……。ドウエル教授の話の真偽は、会ってみればわかるだろう。リサちゃんは、ルネと待っていて下さい」


 わたしは頷かなかった。ミッキーは首を傾げた。


「リサちゃん?」


 わたしは二人の顔を交互に見て、口を開いた。


「ミッキー、ルネ。わたしを一緒に連れて行って」

「ええ?」


 ミッキーの眼がまるくなった。ルネは真顔でわたしを見詰めている。わたしは繰り返した。


「ルネがドウエル教授を疑う理由は分ったわ。わたしを狙っている張本人かもしれない。――でも、逆に、本当にわたしを探してくれているのかもしれないでしょ。スティーヴン・グレーヴスに会うことが、確実にラグに会う近道かもしれない」

「…………」

「じっと待っているのは嫌よ、ミッキー。この目で確かめたい。ドウエル教授がパパを殺した張本人でも――だとしたら、なおさら。どんな相手か確かめたいわ」


 ミッキーはかすかに口を開け……口を閉じ、呆れたような、でも温かい瞳でわたしを見た。独り言のように呟く。


「いいでしょう。きみには、かないそうもない……」

「いい度胸だな、リサ」


 ルネの深海色の瞳は、獲物を狙う狼のようだった。


「その度胸には敬服するが。これがドウエル教授の罠だったら、どうするつもりだ?」

「教授はわたしがミッキーと一緒にいるとは知らないのだから、罠にかけようがないでしょ?」

「そんなことは判らないぜ」


 ルネはふてぶてしく唇を歪めた。


「ミッキーがそう言って、奴が信じる(・・・)と言っただけだ。本当は、最初から知っているのかもしれない。――奴らがあんたを追いかけて、ミッキーと一緒にオレの船に密航するよう仕向けたのだとしたら? ラグ・ド・グレーヴスが、あんたを捜せなくなるように」


 その可能性は、考えたことがなかった……。


 わたしが息を呑むと、ルネは愉快そうに続けた。


「ミッキーは慎重だから、自信の持てる考えしか口に出そうとしないが。まだ、オレの船を攻撃した奴らが何者かも判っちゃいないんだ。あれが、あんたの捜索を邪魔するためだったとしたら、話は全然違ってくるんじゃないのか?」

「やめてよ、ルネ」


 眼を閉じて会話を聴いているミッキーは、微笑んでいるようだった。わたしは、たまらずに言った。


「お願いだから、自信がぐらつくことばかり言わないでよ。怖くなっちゃうじゃない」

「あのな、子猫ちゃん」


 ルネは呆れ顔で言い返した。ミッキーがくすくす笑い出す。


「オレの方も頼むから、慎重になってくれ。簡単に人を信用するなって、昨日言ったばかりだろうが」

「だって」

「『だって』――なんだよ。言ってみろよ」

「まあまあ、ルネ」


 くすくす笑いが限界に達したらしい、ミッキーが間に入った。


「リサちゃん、きみの言いたいことは判りました。ルネも、からかうのはそのくらいにしろよ。結局、何が言いたいんだ?」

「リサの心がけは殊勝だが、ここはミッキーに任せて、じっとしていた方がいいと思う」


 ルネは、きっぱりと言った。

 わたしは、すがるような視線をミッキーに向けた。彼は微笑んでいる。


「ミッキーも、ルネと同意見?」

「……そうですね」


 ミッキーは同情するように応えた。


「ずっと考えていたんです。リサちゃん、きみを狙っている連中は、どうして姿を現さなくなったのか」

「…………」

「仮にも地球連邦の公安隊が、根拠なく通りすがりの船を攻撃しないでしょうから。《DON SPICER(ドン・スパイサー)号》だとは知らなくても、あるていど目星をつけていたのではないでしょうか……。そうすると、公的にはきみは地球を出ていないわけだから、倫道教授の本当の仲間がきみを捜すことは難しくなったでしょうね」


 はあっと、わたしは嘆息した。少し恨めしい気持ちで、ルネを見遣る。勝ち誇っているだろうと思っていたルネが、苦々しげにミッキーを見ていたのは意外だった。


「お前がそう言うってことは、まだ何かあるんだろう? ミッキー」


 どういうこと? 

 ミッキーは、再び謎めいた微笑を浮かべた。きょとんとしているわたしに、


「そう考えると、また一つ不思議なことがあるんです。そこまでこちらの状況を知っている連中が、何故今になって――怪しまれると承知の上で、連絡してきたのでしょう? ラグ・ド・グレーヴスに会うな、なんて。おれ達の目差す人物が彼だと、教えるようなものです」


 ミッキーは眼を伏せ、ちょっと考えた。それから、改めてわたしを見た。


「これは憶測ですが――きみを狙っている連中は、ひょっとしたら、きみを傷つけるつもりはないんじゃないかな。ここの連絡先を知っているということは、電話より先に刺客を送り込む事だって出来たはずです。地球にいる間も、きみを殺してしまう機会は何度もありました。ドウエル教授の話が罠だと仮定すると、何らかの理由で、相手はおれときみを招待している……そう考えることも出来ます」


 わたしは内心舌を巻いた。ルネの言っていた意味が、少しわかった。

 凄い、ミッキー。

 ルネは勘の鋭い人だと思っていた――それは、ESPのなせるわざかもしれない。彼と対照的に、ミッキーはあまり自分の考えを口に出していう人ではないから、ルネがミッキーの能力を強調していてもピンとはこなかったのよね。

 今なら判る。彼は慎重過ぎるほど慎重なのだ。じっくり物事を考えているから、普段は何も言わない。

 感心しているわたしの隣で、ルネはミッキーを恨めしげに眺めた。


「最初からそう言えばいいんだ。回りくどい奴だぜ」

「悪いね」


 ミッキーは、 のどの奥でくっくっ声を転がして笑った。


「先刻のリサちゃんの言葉で決心がついた。おれは考えすぎて前に進めなくなることがあるから、きみとルネが二人で話を進めてくれるので、実はとても助かっているんだ」

「よく言うぜ。リサの意見でお前と議論した、オレが馬鹿だったぜ」


 けっと肩をすくめる、ルネ。ミッキーは苦笑しただけだった。

 ルネが、不敵な表情で振り返る。わたし達は互いの特徴的な笑顔を見た。


「とにかく、一緒に行ってみよう」

「そうだな」


 ミッキーが言い、わたしとルネは頷いた。そう、せっかく道が開けたのだ。三人で、前に進もう――と。


 わたしたちは、これが大変なことになるとは、全く予想していなかった。






(注①)I.Q.=Intelligence Quotient.「知能指数」などと訳されます。: 世界的にはウェクスラー成人知能検査(WAIS-Ⅲ)が使われ、同年齢集団内での標準得点を算出しています。言語性 I.Q.(Verbal I.Q)、動作性 I.Q.(Performance I.Q.)、全検査 I.Q.(Full scale I.Q)がありますが、全検査 I.Q.は言語性と動作性の和ではありません。集団の得点は正規分布となっており、平均値は100です。70~130の間に同年齢の約95%が含まれます。2SD(標準偏差)以上が異常となりますが、臨床的には社会適応障害を生じる全 I.Q.80以下や、言語性 I.Qと動作性 I.Q.が極端に乖離している例以外、あまり問題とはなりません。

 I.Q.はヒト脳の能力の「ごく一部」を数値化しているにすぎず、脳機能の評価には他の複数の検査を行い、総合的に判断する必要があります。ネットやTV番組などで面白半分に「簡易 I.Q.検査」を謳っているものがありますが、簡単に出来るI.Q.検査などありません。

 (作中のラグのFull I.Q.が冗談のような値なのは、このキャラクターの設定上の問題です。)


(注②)スイング・バイ Swing-by: 別名「Gravity assist」。天体の近傍を通過(スイング・バイ)することで、その重力を利用して宇宙機の加速(減速させる場合も)を行い、かつ運動のベクトル(進行方向)を変える方法です。

 NASAのボイジャー2号は木星・土星・天王星・海王星でスイング・バイをくり返して太陽系を脱出し、水星探査機マリナー2号は金星スイング・バイを、日本の「はやぶさ2」は地球スイング・バイを行いました。


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