OPENING
「教授! あなたという人は……!」
深夜の研究室。ヴィジュアル・ホーン(TV電話)の前で一人の男が叫んでいた。砂色の髪に蒼い瞳をもつ、長身の男だ。モニターごしの相手は、彼よりかなり年上だった。
「我われに断りもなく、何と言うことをなさるのです」
『もとは、彼らのものだ』
初老の男性は、彼の恩師だ。東洋系の黄色い肌はくすみ、整えた髪は灰色になっていたが、黒い眸は理知的だった。
「我われの研究です!」
『彼らあっての成果だ。知識も技術も、彼らに与えて貰ったのだ。ここから先は、任せるべきだ』
「それこそ、奴等の思うつぼではないですか。太陽系連邦にも、銀河連合にも、地球政府に対してさえ絶対的な優位性を! みすみす手放すと?」
『過ちを繰り返すべきではない。制御できる以上の知識と技術をもったが故に失敗を繰り返してきたのが、我われ地球人だ……。何度も警告は受け取った。今度はそれに従うべきだ』
「繰り返さないために、今までやって来たのではないですか。ルツの犠牲を無駄にしろと?」
『彼女のことは気の毒だった……。しかし、確実なのは、我われは彼らほど時間を与えられていないということだ』
己の限界を見据える賢者のまなざしは悲痛だった。若い男は、つよく拳を握りしめた。
「教授。それは、次の世代へ――」
教授はゆっくりと首を横に振り、男の言葉を否定した。
『我われには、数世紀、千年単位の保証はできない。彼らなら、能力とともに知識と技術をつなぐことが出来る。これまでずっとそうして来たように――。数百年間、隠し、閉じ込めることは出来ない』
男は黙って奥歯を噛み鳴らした。ぎりりという音とともに、口の中に血の味が拡がった。
『私は地球へ行く。追って指示がある故、待っていたまえ』
そう告げると、教授の姿は消えた。
男はブラック・アウトしたモニターの前で項垂れると、コンソールに拳を叩きつけた。ダン、ダン!と忌々し気に殴り、歯ぎしりをくりかえす。睨み殺さんばかりの視線をモニターに注ぎ、隣の通信機のスイッチを押した。
「……聴いていたな?」
先ほどよりかなり険悪な声音で言う。画像を伴わないスピーカーから、押し殺した声が答えた。
『はい』
「裏切り者を止めろ。奴等に報せてはならない。絶対に阻止するのだ」
『承知しました』
通信は切れた。
静寂のなか、男は己の親指の爪を噛みながら、虚空を見詰めた。