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Episode 2.承(前)

Episode 2.シード権および不正観戦権

 ふとももの間を冷たい風が何度も走り抜ける。

 私は恥ずかしさではなく、布ががはためく煩わしさからスカートを押さえた。


 まだ何が起こったのかわからない。

 柚木咲(ゆずきざき)結夢(ゆめ)がワープしてきて、(はじめ)がどっかにワープして、私もこの屋上にワープしてきた。

 二度あることは三度あるというけれど、何事にも限度があるでしょう。


 ううん、違う。肇はワープしていないかもしれない。私だけワープしたから肇がいなくなったように感じただけかもしれない。

 だからまだ二度だけかもしれない。

 まあ、怪奇現象が二度も起こってる時点でたまったものじゃないんだけど。


「おやおやおや、こんなところにお客さんとは珍しい」


 背後で落ち着いた女性の声が聞こえた。

 まるで屋上の住人かのような文言。何か知っているかも。

 この連続する謎の現象の正体がわかればいいなと、期待を込めて振り返る。


 そこにはデフォルメされた可愛い三頭身のライオンの着ぐるみが直立していた。

 もしかしたらこれが三度目のあれなのかな。


「ずっと一人で退屈していたんだ。キミも一緒に見ていくといい」


 投げ掛けられる声は確かに女性のものなのに、頭にはボリュームのある立派な鬣が生えている。

 男なのか女なのか、どちらか予想できない。


 まじまじと見ていると、ライオンの胸元からお腹に掛けて付いている五つのボタンは着ぐるみを着脱するためのものではなく、着ぐるみの黄金の毛並みによく似た学蘭のものだとわかった。

 金色の学蘭なんて珍しい。

 下はズボンを穿いていないのに上だけ着る意味なんてないだろうに。


「おやおや、そんなに情熱的な目を向けられても困るなあ。ボクはオスライオンしか興味ないんだ」


 余計ややこしくなる設定をさらりと追加しないでくれないかな。こっちが困るわ。

 やっぱりこのライオンは声質の通りメスライオンなのか。それとも鬣と学蘭から判断してオスライオンなのかホモライオンなのか?!


「あなたはオスなの? メスなの?」


 思わず訊いてしまった。他にもっと気になることがあるのに。優先順位を間違えた。

 このライオンの名前、着ぐるみの中身、こんなところにいる理由、怪奇現象の原因、気になることが山ほど。


「おやおやおやおや、人に性別を尋ねるときは、まず自分から性別を明かすのが礼儀ではないのかい?」


 私の性別なら見てわかるだろうが。

 質問を素直に答えない方がマナー違反ではなかろうか。


「私は芦谷(あしたに)果煉(はねる)、十五歳、女性、この学校に通う高校一年生。たった今、校門から屋上まで瞬間移動してきました」


 これだけ言えば充分でしょ。

 さあ、全ての質問に答えてもらうよ。


「おや、もう二回戦が始まってしまうね」


 このライオン、本当にオスライオン以外には興味ないのか、私の自己紹介を無視してスタスタと屋上のフェンスへ歩いていく。

 二回戦。謎が一つも解けないまま、更に謎が増えた。

 私もライオンの後ろを追いかける。


 フェンス越しに見下ろすグラウンドの中央に二つの陰が立っていた。

 人だろうことはわかるけれど、距離が遠くてよく見えない。


「おや、観戦する道具を持っていないのかい」


 私が目を細めているとライオンが心配そうに覗き込んできた。

 観戦。二回戦。何かの試合が始まるのだろうか。

 試合だとしても観客が少ない。屋上には私とライオンしかいないし、グラウンドには選手であろう二人しかいない。校庭には一人もいない。

 登校中の生徒も、先生も、一人もいない。

 これは、おかしい。


「お父さん譲りでボクは目が良いからね。特別に貸してあげよう」


 ライオンが鬣の中から双眼鏡を取り出した。


「待って。今の学校普通じゃないよ。皆どこ行ったの?」


 意外にもここからなら校舎の中までも見渡せる。それでも誰も見つからない。


「おやおやおやおや、人の行方を知りたいときは、まず自分の居場所を知らせるのが礼儀ではないのかい?」


 駄目だ。会話らしい会話ができそうにない。

 ある程度決まったことしか言えないロボットが着ぐるみの中には入っているようだ。

 もし中身が人間だというのなら、それは私と話したくないだけ。意地悪してるだけ。


 ならば少しでも自分で状況整理するしかない。

 ライオンの手から、双眼鏡を礼も言わずにもぎ取った。

 グラウンドの二人を双眼鏡で覗く。


「ちょっと。なんなの、これ」


 私は掴みかかる勢いでライオンに詰め寄っていた。

 レンズ越しに見えたのは悪魔の如き不良である俵嵯峨(たわらさが)泰尚(たいしょう)と対峙する、肇の姿だった。

 二人とも似合わない学蘭を着ているから、遠目では全く気付けなかった。

 肇は藍色で、泰尚は黒色。色の違いはチームカラーだろうか。

 どうして肇がこんなことに巻き込まれているのかわからない。


「第二ボタン争奪戦さ」


 今回は答えてくれたものの、結局意味がわからなかった。


 ライオンが徐に鬣から取り出して電源を点けたタブレット端末の画面に、向かい合う肇と泰尚がの姿がリアルタイムで映る。

 は?

 お父さん譲りの視力は?

 ずるい。私も双眼鏡よりタブレットがいい。

 横から覗き見ようとしても、ライオンがゼロ距離でタブレットを顔にくっ付けているせいで、ちっとも画面が見れない。

 近近近視じゃん。


 私は双眼鏡に目を戻す。

 二人はそれぞれ武器らしきものを持っている。

 肇は鞭。泰尚はナイフ。

 どう見ても相手の方が殺傷能力が高すぎる。

 こんなの試合ではない。殺し合いだ。それも一方的な。


「お母さん譲りでボクは耳が良いからね。使ってもいいよ」


 またライオンが鬣から何かを取り出す。

 イヤフォンだった。

 ケーブルは鬣の中から伸びている。

 まさか、と思い自分の耳に付けてみると音が聞こえた。

 どういう仕組みだろう。


「――け相手が一人多くて不満だったんだがよお、これなら全然いいぜ」


 この声は泰尚のものだ。

 イヤホンの外からも同じ音が聞こえた気がする。

 隣を見るとライオンがタブレット端末の音量アップボタンを連打しているところだった。

 お母さん譲りの聴力は?!


「シード枠っつうから構えてたのに、まさかアカメが相手とはなあ」


 二人の会話も途中からでいまいち要領を得ない。

 アカメ? 文脈から人の名前っぽいけど誰だかわからない。おまえの前にいるのは肇だ。


「さっきから、何を言ってるんですか?」


 私と同じで何も知らないだろう肇の声には、震えが混じっていた。

 それもそのはず。

 泰尚の留年の原因は成績不良ではなく素行不良だと聞く。

 どこかで喧嘩ばかりして、それで遅刻や欠席が重なった。

 華蓮が入学してからはかなり落ち着いたらしいけれど、今ここには華蓮がいない。

 己を飾る恋心のリミッターがない。

 おまけにナイフを持っている。


「ははっ、何もわかってねえか。んなもん遅刻したてめえの自業自得だろうが」


 泰尚は笑い飛ばした。

 そういえばライオンが二回戦が始まるとか言っていた気がする。

 いつも華蓮を監視している泰尚が今朝方見当たらなかったのも、第二ボタン争奪戦の一回戦に参加していたからかなのか。

 遅刻も何も私達はこんなこと知らされてすらいないのに。


「さあ、さっさと初めて終わらせようぜ」


 泰尚がナイフを自分の首に深く突き刺して肉を削りながら引き抜いた。

 噴水のような血飛沫が肇の顔を濡らす。


[高速再生]


 泰尚の首の傷が塞がっていく。

 ありえない一連の動作に痛々しい醜さを感じながらも、目を離さずにはいられなかった、

 肇は目に付いた血を拭っていて、状況を把握できていない。

 私もわけがわからない。

 まさか、いきなり自滅してくれたのかと期待したけれど、そうではないらしい。


「うらあ!」


 泰尚が裏拳で肇を薙ぎ払う。

 やっと目が開けられるようになった肇は反応しきれなかった。

 不意打ち中の不意打ちだ。

 固いものが割れるときのいやな音が人間の体から響いた。続いて二人の呻き声も。

 私は息が詰まって、止まって、悲鳴も上げられない。

 肇の左前腕が折れ曲がっている。

 見ていられないのに、目が離せない。

 泰尚も拳が拉げていた。


[高速再生!]


 泰尚の怪我だけが治っていく。

 これは、この戦いは、普通じゃない。


「ねえ、第二ボタン争奪戦って、なんなの」


 駄目で元々、ライオンに訊いてみる。

 いや、訊かずにはいられなかった。

 これでまた的外れな答えが返ってきたら、自分もあの場へ行こう。

 肇を助けよう。


「第二ボタン争奪戦、それは同じ人を好きになってしまった九人が集まることで発動する運命の儀式」


 すらすらと語り始めるライオンに、私は少し面食らった。

 まともに答えてくれている。

 同じ人を好きな人が九人も集まるなんていよいよ私の逆ハーレムが始まったか! なんてふざけている場合ではない。

 わかってる。

 肇は普段から好き好き言ってたし、泰尚もほぼストーカーのようなものだから。

 皆に愛されているのはあの上河合華蓮だ。


「配られた武器と能力を用いて闘い、最期まで勝ち残った一人だけが愛する人と永遠に結ばれる祝福を受け、敗北した残りの八人は呪われる」


 ライオンの言うことは相変わらず意味不明であるものの、その中で一つだけ、理解できることがあった。

 儀式のことについてなら教えてくれる。

 言葉を選んで質問すれば、きちんと情報が得られる。


 今の私があの場に乗り込んでも力になれない。

 私が今やるべきことは、あの不良よりも知識を付けて対抗策を見つけ出すことだ。

 肇のもとへ駆け付けたい焦る気持ちを抑え、冷静になれるよう心を落ち着かせる。

 これは夢だと何度も唱えていると、他人事のように思えて気が楽になってきた。

 そんなわけない。


 二撃目が肇を襲う。

 肇も賢い。

 使えなくなった折れた腕で攻撃をガードしダメージを最小限に抑えようとする。

 敗北を受け入れてしまってなくて良かった。


「勝敗はどうやって決まるの?」


「おや、そんなの簡単さ。第二ボタンを失った方の負け。逆に言えば、ボタンを奪った方の勝ちだね」


「それだけ?」


 案外平和的で拍子抜けしてしまう。

 頭の片隅にあった、もしかして死ぬまで戦うのではないか、という最悪の結果は取り除かれた。


「そうだよ。最後まで守り抜いた第二ボタンには特別な力が宿り、それを好きな人に渡すことで両思いになれる。っていう儀式さ」


 話だけ聞くとロマンチックな儀式だ。

 目の前のバイオレンスな光景とはまるで釣り合わない。

 肇は攻撃を受け続けている。

 これ以上、大怪我が増えないことを強く願った。


 泰尚がせっかくの武器であるナイフを初撃の目くらましに使ったきり、その後攻撃に使おうとしないことが唯一の救いか。

 刀身に脂が付くと切れ味が落ちると聞くし、すぐ駄目になる武器よりも、何度でも再生できる己の肉体の方が使い勝手が良いのかもしれない。


 ライオンはどちらの味方でもなく勝敗にも興味ないようで、坦々と説明を続ける。


「良いことだけじゃなくて、当然、悪いこともあるわけで、第二ボタンを守りきれなかった者にはペナルティが発生する。好きな人との接点を永久に失う。っていう、呪いだね」


 それを聞いて、肇を好きになる人が九人も出てきませんように、肇を中心にした第二ボタン争奪戦が始まりませんようにと、こっそり祈った。

 恋する乙女にはリスクが大きい。

 負ける気はないけど、もし負けたら嫌だし、勝ったら勝ったでまた面倒臭いリアルファイトが始まりそうでそれも嫌だな。


 でも問題は目の前の第二ボタン争奪戦。

 さっきの説明を反芻して、一つ作戦が思い浮かぶ。


「儀式の範囲はどこまでなの? グラウンド内だけ?」


 儀式の境界線をライオンに確認する。

 あらゆる競技はコートやラインで競う場所を仕切られている。

 儀式というのなら尚更だろう。


 だから泰尚を儀式の外に誘導して、失格にしてしまえばいい。


 喧嘩の噂が絶えないくらいだから、私の挑発にも簡単に乗ってくれるはずだ。

 私はボタンを持っていないからどこまでも逃げられるけど、泰尚は途中でアウト。

 儀式の外まで逃げ切れれば私達の勝ちだ。


「おやおや、流石にそこまで狭くないよ」


 半音低いライオンの声が返ってきた。

 怒っているのか落ち込んでいるのか、着ぐるみの顔では表情が読めない。

 このライオンの価値観の中では、儀式の規模は大きいほど素晴らしかったりするのだろうか。


「学校の敷地内全部とか?」


 ちょっと大きめに言ってみる。

 でもそれだけ広いと逃げるのも大変そうだから勘弁してほしい。


「ははは。キミは面白いことを言う」


 笑い飛ばされた。

 そこまで広くはないか。

 なら大丈夫だ。勝てる見込みはある。


「儀式の場はここから見える景色全て。第二ボタン争奪戦の中心人物である、上河合華蓮の生きる世界そのものさ!」


 ライオンが両腕を広げた。

 私も顔を上げて周囲を見渡す。

 無理だ広すぎる。

 この地平線を超えるまでなんて逃げていられない。

 場外まで辿り着く前に私がやられてしまう。

 たとえ逃げ続け切れたとしても、泰尚の方が途中で飽きて諦めてしまうだろう。

 この作戦は没だ。


「おらあ! アカメはアカメらしく、さっさと倒れやがれ!」


 痺れを切らした泰尚の動きが速くなり、見ているだけでその一撃一撃に重さが感じ取れる。

 今まで手を抜いていたんだ。

 スタミナが無限にありそうな泰尚に対して、肇はすでに疲労が溜まっていることが見てすぐわかった。

 痛みもあるから当然だ。

 戦いは長引かせられない。


「さっきから相手が言ってるアカメってなんなの」


 会話するのももどかしい。

 疑問に浮かんだことの答えが全て頭に直接入ってきてくれればいいのに。


「俵嵯峨泰尚の第二ボタンを見てごらん」


 言われた通りにピントを合わす。

 五つある学蘭のボタンの内、桜の図柄のものが四つ。そして一つだけ、上から二つ目のボタンだけ、小さな菱形をたくさん敷き詰めたような図柄が掘られている。


「鱗?」


 直感でそう思った。


「うん。あの鱗の模様のボタンが(センジャク)の第二ボタン」


 悪。相手にはぴったりの第二ボタンだと思う。


「それじゃあ長谷川肇の第二ボタンはどうだい?」


 肇を見る。左腕はもう服の上からでもわかるくらい腫れ上がっていた。

 まだ大丈夫、終わってすぐ病院に行けば大丈夫、生きていれば大丈夫、と必死に自分に言い聞かせ焦る心を落ち着かせる。

 肇の学蘭のボタンも四つは桜の柄で、第二ボタンの一つだけが違う柄だ。

 大小の多角形がいくつか重なった柄。


「甲羅?」


「うんそうだよ、キミはなかなかセンスがいいね。あの甲羅の模様が(アカメ)の第二ボタンだ」


 愚の第二ボタン。

 ようやく泰尚が言う、アカメの謎が解けた。

 ボタンの名前で相手を呼んでいただけだ。

 でも愚かってなんだよ。肇のはおっとりって言うんだよ。


「あれらのボタンを持つ者に、第二ボタン争奪戦の参加資格及び、武器と能力と学蘭が与えられる」


 あ。学蘭もついでなんだ。

 つまり、あのボタンがあれば泰尚とも互角に戦える力が手に入るってこと?


「ねえ、私も実は儀式の参加者だったりとか」


 僅かな希望が湧く。


「しないよ。キミは上河合華蓮のことをなんとも思っていないでしょ。それにボタンは九つ全て配り終えてしまっているからね」


 即答するライオンによって、私の夢は儚く颯爽と枯れた。


「キミはイレギュラーでここにいる。今回はイレギュラーが多かったから、そういうこともあるよ」


 慰めてくれているのか、肩をぽんぽんと優しく叩かれた。


「そんなにイレギュラーが多発してるなら、ボタンを配り忘れてる可能性もありそうじゃない?」


 このライオンならやりかねまい。

 一人くらい渡し損ねて不戦敗にしてしまっていても納得できてしまう。


「おやおや、心配しなくても大丈夫。ちゃんとメモを取っているからね」


 心配はしていない。寧ろその逆、期待をしていた。

 鬣からA4サイズのノートを取り出したライオンは、折り目の付けてあるページを開いて読み上げ始める。


(ウワシロ)の第二ボタン、(センジャク)の第二ボタン、(ネコギ)の第二ボタン、(ウサギダ)の第二ボタン、(クジラキ)の第二ボタン、(アカメ)の第二ボタン、(アラシヤマ)の第二ボタン、(ウシオ)の第二ボタン(オオカミ)の第二ボタン、」


 捲し立て気味に早口で言い切った。


「ほら。全部配ってる」


 仕事にケチを付けられたと思ったのか、口調が少し荒い。


「それぞれ誰に渡したの?」


「おやおやおやおや、第二ボタンを渡した相手を尋ねるときは、まず自分の第二ボタンを教えるのが礼儀じゃないのかい?」


 無茶言うな。

 ちらり、とライオンのノートを盗み見ると、各第二ボタンの名称の上に打ち消し線が引いてあるだけだった。


「これじゃ誰に何のボタンを渡したか、確認できないじゃない」


 そこが一番重要でしょうに。


「顔を見れば思い出せるよ」


 ライオンの得意気な顔がイメージできてしまうほど、ハッキリと断言された。

 だからなんだというのか。

 ボタンだけでなく渡した相手まで明確になっていなければ、全てを渡した証明にはなりえない。


 ついでに対戦予定の相手の名前もわかれば、と欲もかいていたせいで落胆が大きかった。

 名前さえわかれば相手の身体的特徴や癖から苦手なものまで調べ尽くして対策が練れるのに。

 おっと。まだ泰尚に勝ってもいないのに、そんな先のことを考えていたら鬼に笑われてしまうな、と自嘲した。


 肇が動く。

 猛攻を受けながらもじりじりと近付いていき、悪の第二ボタンに手を伸ばす。

 柄の違う第二ボタンが怪しいことに自力で気付いたようだ。

 手を伸ばす肇の胴に、泰尚の回し蹴りが食い込む。

 肇の体が宙を飛び、地に着いてからもタイヤのようにしばらく転がった。


[高速再生!]


 不自然な方向へ折れ曲がった泰尚の脚が治る。

 肇は傷だらけで倒れたまま起き上がらない。


「……相手の能力は回復系ってわかるよ。けど、肇の能力はなんなの? どうして能力を使わないの? 使えないの?」


「おやおやおやおや、能力について尋ねるときは、まず自分から――」


「ああ、もういいもういい。わかった、わかったから」


 もうお決まりになったライオンの言葉を遮った。

 こいつ。儀式以外のことを教えてくれないんじゃなくて、わからなかったり自信のない質問をはぐらかしてるだけだ。

 答えやすい質問だけしか答えないんだ。


 肇がなんとか上半身を起こしたが立ち上がれないようだった。

 痛みでなのか、大事な骨が折れてしまって神経が傷付いたのかは、双眼鏡越しではわからない。


「さっさと立てよ。オレは一歩も動かずこの勝負に勝つって決めてんだ」


 泰尚に煽られても肇はその場から動けない。


「来ないならこっちから行くぞ」


 気の短い泰尚が自分の腕にナイフを突き立てた。

 ぐるりと一周、腕に深い切れ込みを入れる。

 その顔は苦痛に歪む。


 何を始めるのかはわからないが、ナイフを攻撃に使わない理由だけはわかった。

 自分の能力を活かすためだ。

 だから切れ味を無駄に落とすわけにはいかなかった。


[高速再生!]


[×溜め!]


 腕の再生が途中で止まる。

 不発? 失敗?

 血が垂れたままの腕を肇の方へ向ける。


[=超再生!]


 ううん、違う。これは――


[→打上拳!](ロケットパンチ)


 千切れかけた腕を押し退け、火薬が爆発するように一瞬で新しい腕が生える。

 その勢いのまま古い腕は弾丸の如き速さで打ち出された。


 肇はまだ動けない。避けられない。

 飛んできた拳が頬にめり込んだ。


「わりいわりい。顔を傷付けるつもりはなかったんだが、コントロールがまだ下手でな」


 肇の顔は一部陥没し、すぐに別人かと思うくらいパンパンに腫れた。


「次は気い付けるわ」


 泰尚が腕にナイフを入れる。


[高速再生×溜め=超再生→打(ロケットパンチ)上拳!]


 泰尚の腕が射出される。

 肇の左肩が潰れる。


 手が震えて、もう双眼鏡を持っていられなかった。

 こんなことを続けていたらたとえ命が残っても日常生活に復帰できる保証はない。

 一生病院生活だって有り得る。


「ただのボタンを取り合う儀式で、どうして相手はここまでするの……?」


 自分が見てしまった光景を否定してほしくて、すがる思いでライオンに訊いた。「何を言っているんだい?」と返してほしくて。

 私の見間違いだと信じさせてほしくて。


「おやおや、何を言っているんだい。命を落とすこととボタンを失うことは同義じゃないか」




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