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対峙の十日目-6


 アルテアとアンの戦いが始まった。アンはあのまま逃げてしまうのかと思ったが、何とか逃がす事なく始まって一安心だ。

 母さんが虚ろな表情で立っているが迂闊には近づけない。前回は藪原さんに何の警戒もなく近づいてしまったせいで死にかけてしまったのだ。近くにいるのに助けに行けないのがもどかしい。

 母さんは「ウゥゥゥゥ」と唸り声のを上げていて、首を左右に動かし、何かを探しているようにも見える。


「ねぇ、かなちゃんの様子、何かおかしくない? 私も従僕化された人を見た事あるけどあんなに動いていたかしら?」


 確かにおかしいようにも思える。藪原さんは操られている時以外ほとんど自発的に行動をしていなったのだが、あの唸り声はアンの操作ではなく自分で上げているように思える。

 誰かを呼ぼうとしているのか? ここに居るメンバーだと僕と言うのが一番可能性が高いが動かしている首は僕を見ても素通りしていおり、どうやら僕ではなさそうだ。


「近づくのは危険だって分かるんだけど、何かされる寸前まで近づいてみたらどうかな? このまま見ていても分からないし」


 近づいて大丈夫なのだろうか? でも、ここで近づいて襲われたら目も当てられなくなる。今戦っているアルテアにも負担をかけてしまうかもしれない。

 断腸の思いで針生の提案を却下する。母さんの様子は気になるがアルテアの戦いが終わってから何とか元に戻す方法を考える事にしよう。


「分かったわ。ここは紡の言う通りにしましょう。その代わりこの戦いが終わったらかなちゃんは必ず元に戻しましょう」


 針生の言う通りだ。この戦いが終わったら必ず母さんは元の状態に戻す。何日、何年かかるか分からないが、母さんは元に戻してみせる。父さんもそれを望んでいるだろう。

 針生も納得してくれた事でアルテアの戦いに目を移す。何とか優位に戦いを進めているようだが、アルテアには時間的制約がある。それが何時まで持つかと言う事だ。


「でも、結構アルテア平気そうよね? もしかして強制命令権(インペリウム)の使用回数間違ってるんじゃない?」


 そう言われても僕が強制命令権(インペリウム)を使ったのはパンツを見た時と、アンと最初に戦った時、そしてさっきの三回で間違いない。


「そう、間違ってないのね。じゃあ、やっぱり後どれぐらい持つのかって所なのね? もし、アルテアが決着をつける前に消えてしまうなら、かなちゃんだけでも奪って逃げなきゃいけないし」


 最悪、そうなる事は僕も覚悟している。アルテアには申し訳ないが、いざとなれば母さんだけでも連れて逃げる覚悟だ。

 実際に強制命令権(インペリウム)を三回使用してから何分後に消えてしまうのかは聞いていないのだが、それでもかなり長い時間アルテアは戦っているように思える。

 そんな時、アルテアが僕に合図を送って来た。そう。強制命令権(インペリウム)を使用する合図だ。えっ!? どういう事だ? 強制命令権(インペリウム)はすでに使い果たしたはずなのに。混乱する僕にアルテアがもう一度合図を送ってくる。


「どういう事なの? もう強制命令権(インペリウム)は全部使ったはずじゃなかったの? やっぱり数え間違い?」


 それは僕の方が聞きたい。先も言ったが数え間違いはないはずだ。でも、アルテアがあれだけ合図を送ってるんだからやってみる価値はあるかもしれない。強制命令権(インペリウム)を使うために精神を集中させる。使うにあたって問題が一つあるとするなら僕の体が持つかと言う事だ。治まらない頭痛はかなりヤバイ気がする。

 でも本当に強制命令権(インペリウム)が使えるのならここで使わないと言う選択は有り得ない。頭に響く頭痛の音を排除し、最大限まで集中した後、大きく目を開く。



「放て! アルテア!」



 アルテアの魔力が再び高まり、都合四度目の強制命令権(インペリウム)が発動した。

 正直信じられない。三回までと聞いていたのはもしかして嘘だったのではないだろうか。 実際僕は誰か三度以上強制命令権(インペリウム)を使った所を見た事がないのだ。

 だが、アルテアばかりではなく父さんも針生にそしてシルヴェーヌも鷹木にそう伝えた事を考えるとやはり三度が最大でアルテアが嘘を言っているようには思えない。

 何が間違っているのか、何が違っているのか分からないが、取り敢えずアルテアに強制命令権(インペリウム)は使えた。だが、アンの方もすぐに手を打ってきた。



「目覚……めよ……、アン……」



 多分、操られているだろう母さんからアンに対して強制命令権(インペリウム)が使われた。何か自主的に動いていたように見えた母さんだが、アンに操作をされれば素直に従うしかないようだ。

 そしてアンは間髪入れずガーゴイルを呼び出した。前回五体だったガーゴイルはさらに増えて今回は七体出現している。ここまで多いと虫みたいに見えるのだが、その攻撃力は虫なんて可愛いものではない。

 一体呼び出すのにどれほど魔力を使うか分からないが、前回より増えていると言う事は花火大会で得た魔力がサッカー場で得た魔力より多かったと予想される。

 五体でも手一杯だったのにさらに増えたためアルテア一人では対応するのは厳しいだろう。あの必殺技みたいのを使えばガーゴイルは何とかなるかもしれないが、それではアンまでは倒せない。

 それなら僕がアルテアの手伝いをするしかない。白雪さんは魔術でガーゴイルを倒していたのだ。僕だってできるはずだ。

 炎を自分の手に出すのではなく、白雪さんがやったようにガーゴイルが炎に包まれるようなイメージを頭の中で作り出す。あの時はガーゴイルの下から炎が燃え上がるように現れたはずだ。

 ある一匹のガーゴイルに狙いを定め、もう一度炎が燃えがあるイメージを頭の中で作り出す。大丈夫。イメージは完全に出来ている。一度大きく息を吐き、余分な力を抜いて言葉を紡ぐ。



「燃え上がれ! 消滅の炎!!」



 少しだけ掛け声を変えてみた。これが功を奏したのか分からないが僕のイメージ通りに狙いを定めたガーゴイルの足元から炎が出現した。炎は一瞬にしてガーゴイルの体を包み込み、宙を浮いていたガーゴイルが地面に落ちた。

 ガーゴイルは悶え苦しむように奇声を上げ、その体は徐々に崩れて行った。どうやら上手く行ったようだ。その事で安心した僕だったが、こめかみから激しい痛みが襲ってくる。こめかみを抑えるために手を当てると手にはヌルッとした不愉快な感触があった。

 手に付いていたのは血だった。どうやら血管が血圧に耐えきれず血を吹き出してしまったようだ。ベットリついた血に驚いたわけではないが、僕はバランスを崩して倒れそうになってしまうが、針生が僕の体を支えてくれた。


「ちょっと大丈夫!? それにさっきのは何よ? もしかして『ギフト』を貰っていたの?」


 『ギフト』を貰っていたのは間違いないが、それは魔術を使えるようになった事ではない。それを説明している暇はないので何も言わず針生を引き離そうとするが、針生は離れてくれなかった。


「動いちゃ駄目よ! こんなにフラフラになってるじゃない。大人しくしておきなさい」


 針生の制止も聞かず僕は違うガーゴイルに狙いを定めて魔術を行使する。今度は上手く魔術が発動せず失敗してしまったのだが、僕のこめかみからは新たに血が噴き出した。

 魔術の行使が成功しようが失敗しようが魔力は同じだけ消費してしまうので、失敗した時は魔力は丸損になってしまう。噴出した血は針生の顔に掛かってしまったのだが、それでも針生は離れてくれる様子はない。

 前回は四体ガーゴイルが残っていたためアルテアの攻撃が防がれてしまった。だから何としても僕はガーゴイルを三体以下にする必要がある。今、一体倒したから後三体は倒さなければならない、それまで僕の体がもつだろうか。


「本当にもうやめて! これ以上は体が持たない……。紡がいなくなっちゃうのは嫌だよ」


 心配してくれるのは有難いがこれは僕がやらなければいけない事だ。魔術を使うたびにこめかみから血が噴き出し、針生の顔にかかっていく。何度も魔術の行使を失敗したが何とか更に一体倒す事ができた。

 アルテアが一体倒してくれたおかげで残っているガーゴイルは四体。後、一体倒せば何とかなるかもしれない。

 今の所、魔術の成功率は三割と言ったところか。自分の手に出すのと違って動いている相手に対して炎を出すのは想像以上に難しい。それが成功率に表れていると言う訳だ。

 泣いてしがみ付いている針生が何かを言っているが今の僕には聞こえない。それほどまでに集中しているし、針生の言っている事を理解するのにリソースを割く余裕などないのだ。

 視界が狭くなり、辺りの景色も暗くなる中、次に魔力を行使するガーゴイルだけはしっかりと捉える。



「燃え上がれ! 消滅の炎!!」



 多分、最後になるであろう魔術を紡ぐ。見事魔術の行使に成功し、狙いを定めたガーゴイルが燃え上がるのが見える。その瞬間、目の前が真っ暗になり、体の力が抜けてしまった。

 どれぐらい気を失っていただろう。目を覚ますと僕の頭の下に柔らかい感触があった。冷たいグラウンド、寒い冷気の中、この暖かさはなかなか捨てがたい物が有る。

 いけない、いけない。今は感触を楽しんでいる場合ではない。体を一気に起こすと急に動いたせいか頭痛が襲ってきた。


「紡、急に動いちゃ駄目よ。血だってまだ止まってないのに。大人しく寝ておいて」


 体を起こした状態で振り返るとそこには同じように冷たいグラウンドに座っている針生の姿があった。横座りする針生の太腿には血がベットリと付いており、手には血の染みたハンカチを持っていた。

 どうやら僕は針生に膝枕をして貰っていたようだ。アルテアにしてもらった時も良かったが、人が変わると頭に伝わる感覚も違うようで、針生の太腿はアルテアよりも柔らかい感じがした。

 いや、今は膝枕の考察をしている場合ではない。アルテアは? アルテアはどうなったんだ? もしかして僕が寝ている間に消えてしまったのかもしれない。


「大丈夫。まだ戦ってるわよ。紡が気を失っていたのもほんの数秒だったしね」


 少し安心し、起き上がった所、頭がふらつきバランスを崩してしまう。倒れてしまうかと思ったが、僕の脇から頭を入れた針生が支えてくれた。震える脚はとても一人で立つ事ができなかったのでありがたい。

 アルテアの方を見ると僕が倒した時には三体だったガーゴイルは二体になっていた。もう一体はどこに行ったのか周囲を確認すると。


「もう一体は紡が気を失っている間にアルテアが倒したわよ。これでアンとガーゴイルが二体残っているだけね」


 流石に二体では厳しいのかアンもアルテアと戦闘を行っている。その表情には余裕などなく必死になって槍を突き出し、ガーゴイルに指示を与えている。

 だが、剣技においてはアルテアの方が一枚も二枚も上手だ。巧みにガーゴイルの攻撃を躱し、アンに日本刀を振るって行く。そんなアルテアがアンの隙を突いて距離を取った。

 虚を突かれたアンはその場から動く事ができず、その間にアルテアは精神を集中させる。

 周囲の空気引き締まり、魔力の高まりを感じる。アルテアから離れている僕にさえわかるその魔力の高まりに僕の体は鳥肌で一杯になった。



「我が力を名刀雪月花にすべて預ける。 虚空舞爪(こくうむそう)!!!」



 右袈裟に振り下ろされた剣先をなぞるように光が現れる。三日月型の光は真っすぐ、そして確実にアンの元に向かって行く。慌ててアンもガーゴイルを盾に使おうと戻すが、アルテアの放った光はガーゴイルを真っ二つにしてもその勢いが衰えることなくアンの元に迫っていく。

 二体のガーゴイルを破壊し、尚も迫る光にアンは槍を盾代わりにして防御を試みる。光が槍に衝突すると辺りは眩い光に覆われ、僕は思わず目を瞑ってしまった。

 目を瞑っていても瞼を通過してくるほどの光は数秒すると治まった。もう大丈夫かと思い目を開けるとそこにはアンの姿はなかった。周りを見渡しても姿はなく、ガーゴイルも一匹も居なかった。

 アルテアがアンを倒したのだ。ボロボロになった僕の体から嬉しさが込み上げてくる。アルテアは僕に背中を向けたままゆっくりと日本刀を鞘に戻す。どうやらアルテアも無事のようだ。

 そうだ! 母さん! 母さんを何とかしなければ――そう思った僕の目には信じられない光景が浮かんだ。



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