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開戦の三日目-5


 僕が駐車場に着いた頃にはすでに戦いは始まっていた。形勢はエルバートが押し込み、アルテアが隙をついて攻撃すると言う先ほどとあまり変わらない状況だった。

 何合か打ち合いをした後、エルバートが再び鉈を大上段に構えた。先ほどは下に人がいたので避けられなかったのだが、駐車場では人の心配をする必要がないので、十分に避けられる。

 だが、僕には分かった。いや、()()()。エルバートはアルテアが左に避けた所で片手を離し、大上段から横薙ぎに変えてアルテアの首を鉈が襲う所を。

 これは罠だ。僕が見た通りにアルテアが動いてしまっては危ない。その瞬間にはすでに僕は駐車場に飛び出していた。冬の闇で冷えたアスファルトが、裸足の僕に八寒地獄(はっかんじごく)に居るような錯覚させる。それでも僕は止まらない。お腹の痛みなど関係ない。開いてしまうなら傷口など開いてしまっても良い。

 僕の見た通り、アルテアが左に避けると、エルバートは片手を離して横からの薙ぎに変える。アルテアはエルバートの作戦にまんまと嵌り、体が硬直してしまっている。



「アルテアァァァァァァァ!!!」



 エルバートの鉈がアルテアの体を真っ二つにしようとした瞬間、僕は体ごとアルテアにタックルをして、アルテアを抱きながら倒れ込む。僕の頭の上を大きな鉈が通り過ぎると、「ボウッ!」と低い音を立てて僕の髪の毛を数本刈り取った。

 倒れ込んだアスファルトはとても冷たかった。氷のように冷たく、何分もそのままの体勢でいたらアスファルトにくっ付いてしまうのではないかと思えるほどだ。


「ツムグ……どうして?」


 アスファルトに僕と一緒に倒れ込んだアルテアはいきなり僕が現れた事でパニックを起こしているようだが、すぐに頭を切り替えて僕を守るようにエルバートに対峙する。


「チッ! クソガキが! せっかく上手く行った作戦を邪魔しやがって」


 せっかくの作戦を僕に邪魔された事でエルバートは今までより荒い攻撃でアルテアに詰め寄せる。だが、それは悪手だ。攻撃が荒くなった事で隙が生じ、アルテアはその隙をついて日本刀をエルバートの顔面に向けて突き出す。

 首を傾ける事でアルテアの攻撃を躱したエルバートだったが、完全には避けきれず、頬に一本の刀傷を作ってしまった。自分の肌に傷を付けられた事に怒りを覚えるエルバートが再びアルテアに向かって行こうとした時、


「そこまでよ。止めなさい」


 高級車が駐車場に入ってきたと思ったら、後部座席から赤崎先輩が顔を出した。アルテアに向かって攻撃をしようとしていたエルバートは赤崎先輩の声に一瞬、動きを止めるが、怒りの収まらない様子のエルバートは赤崎先輩を睨みつけ、再び攻撃をしてこようとする。


「止まりなさい。エルバート! それ以上やるなら強制命令権(インペリウム)を使ってでも止めるわよ」


 その言葉にエルバートの動きがピタリと止まり、冷たい風がエルバートとアルテアの間を通り過ぎた。睨み合う二人だったが、エルバートが視線を外して赤崎先輩の方に歩いて行く。


「チッ! 今日は引いてやる! 次に会った時は覚悟しておけよ!」


 自分を止めるだけに強制命令権(インペリウム)を使われるのはエルバートとしても本意ではないようだ。エルバートが車の方に歩き始めた所で、赤崎先輩が僕に声を掛けてくる。


「明日から学校は休校よ。表向きは今日、エルバートが壊した所の修理だけど、理由は分かるわよね? 思う存分踊って私を楽しませてちょうだい」


 それをだけ言うと僕の話なんて聞く事は無く、ドアウインドーを上げてしまった。高級車のドアは当然の如く黒いカーフィルムが貼られており、赤崎先輩の姿は見えなくなってしまった。

 エルバートを乗せた高級車が病院の駐車場を出て行くと、そこには僕とアルテアの二人だけになってしまった。倒れていた僕に差し出してくれたアルテアの手を握り、冷たいアスファルトから解放されると、アルテアは寂しそうな表情をしていた。

 赤崎先輩たちが行ってしまった事で駐車場には二人だけになってしまった。どこか照れ臭い感じがする僕だがその時アルテアが口を開いた事でそんな感じは吹き飛んでしまった。


「どうしてあんな危ない事をしたのですか。しかもそんな体で。何かあったらどうするつもりですか!」


 肩を震わせながら俯いて声を荒らげるアルテアだが、どうと言われても勝手に体が動いてしまったのだから仕方がないとしか言いようがない。自分の中の怒りを抑えるようにアルテアが一息吐くと、病院に向かって歩き出した。


「戻りましょう。そんな体でこの寒い中に長い時間居たら治る怪我も治らなくなってしまいます」


 僕はどうしてアルテアが声を荒げてまで怒っているのか良く分からなかった。多少危ない目には合ったかもしれないけど、結果として助かったから良かったんじゃないのだろうか。でも、この寒い中で何時までも居るのは拙いのだけは分かったので、アルテアに続いて病院に戻っていく。

 足の汚れを落とすと、しもやけができており、いかにアスファルトが冷たかったのか良く分かる。外で何があったか知らない病院は静かで、二人の足音だけが廊下に響く。病室に戻っていく途中、アルテアが急に立ち止まった。


「先ほどは失礼しました。ツムグは私を助けてくれたのですよね。感謝します」


 アルテアは僕の方に振り向く事なくお礼を言ってくる。その様子からすると、かなりアルテアが自分を抑えてお礼を言ってきているのが分かる。

 僕とアルテアは言ってみれば一心同体だ。僕がアルテアの危ない所を助けるのなんて当たり前の事で、お礼なんて言って貰わなくても大丈夫だ。


「そうですね。私たちの間にはそう言う言葉なんていらないですよね」


 アルテアは僕の方を向くと、少しだけ悲しそうな笑みをこぼした。どうしてアルテアがそんな顔をするのか分からなかったが、僕はこのタイミングでアルテアに病院を出る事を提案する。

 本来ならまだ入院しておかなければいけないのだろうが、さっきのエルバートのように何時襲われるかもしれない状況で、他の入院患者に迷惑を掛けられない。

 しかもここは病院だ。何かあってもすぐに動けない人も多く入院している。そんな所で戦いが起こってしまえば、さっきのように被害がなく終えられるのは期待できない。


「そう……ですね。私たちの戦いに他の者を巻き込むのは本意ではありません。ツムグさえ大丈夫なら家に戻りましょう」


 一瞬考えたアルテアだったが、僕と同じように他の人を巻き込んでしまうのは良しとしていないようだ。

 アルテアの視線が一瞬僕のお腹を見たのが分かったので、僕は大丈夫だと言わんばかりにお腹を叩いた。かなりの痛みが走ったのだが、僕は無理をしてでも笑顔を作る。

 僕の体を張った行動にアルテアの硬かった顔も幾分柔らかくなり、僕の知っているアルテアに戻っていた。


 僕は病室に戻ると、母さんが持っていてくれた荷物を纏める。ほんの数時間しかいなかった病室だが、いざ出て行ってしまうとなると、少し感慨深い。

 母さんが持って来てくれた荷物は着替えの服ばかりだったので、二つのバッグは見た目よりは軽かった。


「私が持ちます。ツムグはなるべく体を休める事に集中してください」


 ここは大人しくアルテアの言う事を聞いていた方が良いと思い、バッグをアルテアに渡すと、僕は他の人を起こさないように静かに病室を出る。

 帰り道の途中で、針生に連絡しておかないと明日どやされるかもしれないと思った僕は、スマホでメッセージを入れておいた。これで文句を言われる事は無いだろう。


 家に帰ると母さんは居間で寛いでいた。今日は仕事が休みなので呆けた顔でテレビを見ていたのだが、僕が帰ってきた事に驚き――もしなかった。


「あら? 紡ちゃんお帰り。もう退院できたんだ。良かったわね」


 こんな夜中に退院させる病院なんてある訳ないのだが、母さんの中ではそう言うのは関係ないようだ。まあ、変に怒られてしまうよりは良いかもしれない。


「紡ちゃん、お母さんはお腹すいたよー」


 そうか。僕がいなかったので母さんは何も食べてないのか。少しは自分で作る努力をしろと思うのだが、母さんだからしょうがない。ここで母さんが料理を作って待っていたらこっちの方が驚いてしまうからだ。

 母さんの横を素通りすると、僕は冷蔵庫の中を確認する。昨日使った大根の残りと挽肉があったので、簡単に出来る大根チャーハンが頭の中に浮かんできた。

 大根は皮をむいて一センチの角切りに、葉は粗みじん切りにして挽肉と一緒に炒め、その中に朝に炊いておいたご飯を投入し、一緒に炒める。炒まった所に溶き卵を入れ、しょうゆ、鶏がらスープの素で味を付ければ完成だ。

 三人分のお皿に取り分けると、一緒に作って置いたコンソメスープを添えて僕は母さんとアルテアが待つ居間に持って行った。


「わー。美味しそうなチャーハン。お母さんはチャーハン好きよ」


 母さんは基本的に僕の作った物が全般的に好きだ。ただ、一度ピーマンの肉詰めを作った時だけは最後まで手を付ける事はなかった。どうやらピーマンの苦味が嫌いなようで、それ以来僕の家にはピーマンは置いていない。

 チャーハンの香ばしい香りが母さんの鼻を刺激すると、母さんはたまらず「いただきます」と言って食べ始めた。それに続いて僕とアルテアも「いただきます」と言って食べ始める。大根の葉がシャキシャキとしてパラパラなご飯のアクセントになっており、思ったよりも美味しくできているようだ。

 皆無言で食事をしていたが、母さんがいきなり口を開いた。


「そう言えば警察に行ってきたんだけど、ニュースでやっていた犯人と紡ちゃんが言っていた通り魔とでは特徴が違うらしいよ」


 ん? あぁ、そうか。怪我をしたのは通り魔のせいにしたんだった。特徴が違うのはそうだろう。僕の言った犯人の特徴は蛯谷なのだから。


「怖いわね。まだ連続殺人の犯人も捕まっていないのに、新たに通り魔が出て来るなんて」


 本当に通り魔が居るのなら注意した方が良いが、僕が言った通り魔は嘘なので安心して良い。食事時には似つかわしくない話題で盛り上がった所で全員が料理を食べ終わった。


「ごちそうさま。美味しかったー」


 食事を終えると母さんがポンポンとお腹を叩く。それを見たアルテアがそう言う作法だと思い、マネをしようとしていたので止めておいた。母さんもアルテアが真似してしまうのでそう言う行動は止めて欲しい。

 全員が食べ終わったので後片付けをしようと僕が食器を持って台所に行くと、アルテアが後ろから付いてきた。どうしたのだろう。量が足りなかったのだろうか。まだご飯は残っているので、お茶漬けとかならできるが、そんなに手の込んだ料理は作れそうにない。


「違います。ご飯が足りない訳ではありません。お手伝いをしようと思っただけです。食べているだけでは申し訳ないですから」


 頬を少し膨らませてそっぽを向いてしまうアルテアだったが、台所には来てくれた。僕がお皿を洗い、そのお皿を手渡すと、アルテアがそれを濯いで水切りかごの中に入れて行く。意外と……と言っては失礼だが、アルテアの手際はとても良かった。

 どう見ても初めての動きではない。もしかしてアルテアも料理を作る事ができるのだろうか。そうなら一度、どんなものを作るのか見てみたい。


「残念ですが、料理を作る事はできません。こうやって食べ終わった物なら元の世界でも手伝っていたのでお手伝いできるだけです」


 水切りかごに入れたお皿を布巾で拭きながらアルテアは懐かしそうな表情を浮かべる。もう後はやる事がないので、アルテアには居間に戻ってもらうと母さんの分も一緒にコーヒーを淹れて持って行く。


「そう言えば紡ちゃんは、アルテアちゃんの服装を見てどう思う?」


 母さんはコーヒーを飲みながらいきなり僕にアルテアのファッションについて意見を求めてきた。どう思うの何も似合っているとは思う。確か意識を失う前にそう言ったはずだ。


「えぇ~、それだけ? もっと、こう、女の子が喜ぶような事は言えないの? 折角アルテアちゃんだって喜んでもらえると思って着ているのにそれじゃあ可哀そうよ」


 えっ!? そうなのか? 喜んでもらえると思って着ているのか? 僕なんて服に拘りがないから着られればどれも同じだと思ってるんだけど女子は違うのか。


「私もこう言った格好は初めてなので無理しなくても大丈夫ですよ。似合っていないのは私自身が良く分かっていますから」


 いやいや、似合っているよ。十分似合ってるんだけど、語彙の足りない僕にはどうやって言ったら良いか分からないだけだ。母さんがニヤニヤしながらこちらを見るのが苛つくが、僕は何とか良い褒め方はないか考える。

 普通に「可愛いよ」では味気ないような気がするし、かといって「薔薇と見間違えちゃったよ」とか歯の浮くような事も言えないし……。散々考えた挙句、出て来た言葉はこうだった。


「き、昨日の三倍は似合っているよ」


「アハハハハッ。紡ちゃん、何それ。お父さんと一緒でなんで褒める時に数字を入れるのよ。やっぱりお父さんの血を継いでいるのね」


 いや、数字を入れた方が分かりやすいと思って。でも、父さんも同じような事を言っていたんだ。血の繋がりとは怖い物だ。


「もう良いです。私はお風呂に行ってきます」


 アルテアはこたつから立ち上がるとお風呂場に行ってしまった。どうやら僕の言い方では嬉しくなかったようだ。まあ、今の良い方なら仕方がないよな。

 未だに爆笑している母さんを放っておいて僕もいったん自分の部屋に戻る。アルテアがお風呂から出るのはもう少し時間が掛かるため、僕はベッドに横たわって待っていると、傷の影響もあるだろうが、いつの間にか眠ってしまっていた。



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