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第6録 芸術家気取りの憂鬱

 昔から、運動が苦手で、人と話すのも苦手で、おまけに背も低かった。だからというわけではないが、他人から見下されるのが嫌いで、プライドばかりが高く、ひとりぼっちでいることを異様に嫌っていた節がある。しかしながら最初に言った通り人と話すのが苦手なものだから、グループに属することができなかった。

 転機が訪れたのは、小学校の高学年、たしか5年生になった時だったろうか。内向的な子供が踏み入れがちな道だと思う、僕もその1人だっただけだ。アニメや漫画といった趣味に没頭していったのだ。キャラクターたちは僕の出来ないことをしていたし、体が小さい者が体の大きい者を倒すなんてこともざらにあった。いや、むしろその方が多かったし、冴えない人間に実はとんでもない能力が秘められているなんてこともよくあって、まるで自分にも秘められた何かがあるんじゃないかと思わせてくれた。フィクションには無限の世界が広がっていた。

 ある日のことだった。筆箱につけていた僕が大好きなキャラクターのストラップを見て、あいつ、同じクラスのあいつが言ったんだ。


『君もそのキャラ好きなの?』

『う、うん、好きだよ。こ、こいつの過去に隠されてる裏設定がかっこよくて』

『へえ、そうなんだ!君とっても詳しいね』


 僕と同じくらいの身長で眼鏡をかけた気弱そうなあいつを見て、僕はこいつは同類だ、いや、こいつなら上に立てる、と思ったことを覚えている。プライドばかりが高く、でも親にねだれば何でも出てくるから努力も大してしてこず、人前に立てないくせに人に認められたいだとかいう歪んだ自己顕示欲の塊の僕にとって、そいつの登場は願ったり叶ったりだった。

 それからは毎日のようにあいつに、色んな漫画やアニメの話をしては驚かせてやった。あいつはいつも、すごいね、知らなかった、と無知で僕の知識を褒めた。僕はそれで満足だった。満足だったはずなんだ。友達と呼んでいいのかわからなかったけど、話が出来るのはあいつだけだったんだ。

 でも学年が上がる頃、あいつはどこかに行ってしまった。今にして思えば親の都合で転校したとか、そんなところだったのだろう。しかし当時の僕にしてみれば、あいつに裏切られたという気持ちしか持てなかった。

 だが、その頃の僕は自分に自信を持っていた。このアニメや漫画の知識という武器を持ち、その知識を教えてあげて、圧倒してやれば、相手は僕を褒めて崇める。そう思い込んでいたんだ。


『な、なぁ、このアニメ、し、知ってる?』

『は?知らないけど』

『てか誰だよお前』

『知らないなら教えてやるよ!こ、このアニメはヒロインがめちゃくちゃ可愛くて』

『うるさいな、気持ち悪い』

『こいつうるさいからあっち行こうぜ』

『そうだな』

『な、なんだよせっかく教えてやろうとしたのに』


 こんなことが繰り返され、僕の周囲からは人が減っていった。時折アニメや漫画が好きな人もいたが、今にして思えば僕と関わり合いになることを避けていたのだろう、何も言わずにそそくさとその場を離れることが多かった。そうでなくても、あいつほど話をしっかりと聞いてくれる人は1人もいなかった。それでも僕は周りを見下していた。しかし、『みんな無知がバレるのが怖くて逃げてるんだ。僕に嫉妬しているんだ。』そんな、どこから湧くのかわからない自信が消滅するのは、そう遠い未来ではなかった。

 それからしばらくして、ある少年漫画のアニメが始まったんだっけ。国民的少年漫画と呼んでもいいほどの作品で、子供なら誰でも知っている、大人でも名前ぐらいは誰しもが聞いたことがある、というレベルの大人気漫画だった。これには流石に僕の同級生たちも食いつき、口々にそのアニメの話をしているのが教室にいても、廊下を歩いていても聞こえてきた。これはチャンスだ、僕はそう思った。思ってしまった。

 僕はある夜、親が寝静まった後にこっそりとパソコンを開き、インターネットショッピングサイトで、例の少年漫画のキャラクターフィギュアを購入した。金額は高かったが、カード決済の仕組みを理解していなかった上に、物の価値をよくわかっていなかった僕は、『バレないだろう。たとえバレても許してもらえるだろう』それぐらいにしか思っていなかった。

 次の日は学校が休みだったので、朝からずっと家にいてインターホンの音に耳を澄ませていた。幸いにも日中、両親は買い物に行くとのことで、自分も行くかと聞かれたが、宿題をするから行かないと嘘を吐いて、家に届くお宝を待ち構えていた。

 やがて、『ピンポーン』とインターホンが鳴り、僕の心臓は、動きすぎてはち切れるんじゃじゃないか、というぐらい騒がしく脈打つ。玄関を開けると、気怠そうな大人、といってもおじさんというほどではない、たぶん二十代の男が大きなダンボールを持っていた。間違いない。僕が頼んだものだろう。僕は印鑑を持って外に出て、言われるがままに捺印した。そんなはずはないのに、親のカードを勝手に使ってフィギュアを買ったことを見透かされているんじゃないかという気持ちがあったことを覚えている。大人という存在の強大さに心の底から怯えていたのだ。


『大きいから中まで持って入ろうか?』


 その言葉に激しく首を振り、半ばふんだくるようにしてダンボールを受け取った僕は、すぐに家に入って自分の部屋に飛び込んだ。

 心臓の高鳴りが収まらないままにダンボールを開けて、お宝とご対面する。


『うわぁ』


 思わず、声が出ていた。キャラクターの可愛らしさはもちろん、その造形や細工の細かさ、あらゆる部分に見惚れていた。これは、玩具とか、そういうものにくくってはいけない。

 これは、芸術だ。

 そう思った。これなら誰しもがわかる。誰しもに素晴らしさが伝わるに違いない。

 次の日、僕は体操服の中にフィギュアを隠して学校へと持っていった。いつもより早起きして、いつもより早足で学校に向かっていた。足取りは軽く、周囲の反応を見るのが楽しみで、早く見せびらかしたかった。誰しもがこれにはびっくりする。感動する。絶対に。絶対に。絶対に。

 そしてついにその時はきた。昼休み、4時間目が終わって、給食を食べた後、先生が教室を出ていったのを見計らって、僕はあのお宝を持って教壇の方に歩き出した。僕が教壇に立って先生のように生徒の方を見ると、思っていた以上に見渡せることに少し足がすくむ。でも大丈夫だ。僕は手に持ったフィギュアに少し力を込める。

 僕が教壇に立ったところでこっちを見ているのは数人だけだった。所々で『なんだあいつ』『なにしてるんだ』という声は聞こえてくるが、そんなに心配しなくても、すぐに見せてやるから安心しろ、と僕は心の中でほくそ笑む。

 そして僕は大きく息を吸った。


『み、みんな!』


 少し声が上擦ってしまったが、この声で全員の注目がこちらに向いた。僕の心臓はまたしてもはちきれんばかりに脈打ち、口から出てきてしまうんじゃないか、と本気で思っていた。

 でも、大丈夫。これで僕は。変われるんだ。

 僕は教壇の上に例のお宝を出した。みんなが口々に驚きの声を上げるのがわかった。思わず顔にも笑みが浮かんでしまう。やった。いいぞ。これだ、これなんだ。


『こ、これは!ロミィの1/8スケールフィギュアなんだ!ほ、ほら見て!とっても細工が細かくて、本当に綺麗だろう!?こ、これは芸術なんだよ!』


 その言葉がみんなに響いたのかどうかはわからなかったが、みんなが口々に『すごーい』『ロミィだ』と言っているのが聞こえて僕は卒倒しそうになる。僕が今このクラスの中心にいる、クラスのみんなから注目を集めている。

 そして1人の女子が『もっと近くで見てみたい』と言って教壇に寄ってきたのを皮切りに、我も我もとクラスメイトたちが僕のフィギュアを取り囲んで興味津々で眺めている。僕はもう感情の昂りを抑えられなかった。自分がフィギュアを通して認められている、そんな気すらしていた。

 ここでこの話が終わっていれば僕の人生はまだマシなものになっていたのかもしれないな。


『気持ちわるーい』


 ざわついていた教室に声が響いて静寂が訪れた。声を発したのはクラスの中心的な女子で、小学生でも既に少し化粧をしていたり、何かと大人びているところがあって、クラスのリーダーのような、話題や流行はこの子次第、という存在の女の子だった。だから自分発信でないアニメが話題の中心となっていたのが気に食わなかったのだろう、元々あのアニメを嫌っていたのだと思う。それに加えて、僕がフィギュアでみんなの注目を得ているのにも腹が立ったのかもしれない。いや、ただただ僕が持ってきたフィギュアというものに嫌悪感を示しただけかもしれない。

 とにかく、その一言はあまりにも強くて、あまりにも響いた。


『それってオタクってやつでしょ?パパとママが言ってたけど、オタクってすぐ襲ってきたりするらしいよ?こわーい』


 僕の背中を冷たい朝が伝っていくのを感じる。段々と波が去っていく。みんなが離れていく。僕から。僕から。僕から。


『どうせそいつもアニメばっかり見て興奮してるんだよ。頭おかしいんじゃない?』


 みんなが、『そうかも』『こんなの持ってるの普通じゃない』『気持ち悪いかも』と口々に呟く。なんで?さっきまでは僕のフィギュアをみんなが褒めていたじゃないか。なんで?なんでなんでなんでなんでなんで?

 やがて、その女子は立ち上がって教壇の方へ歩いてくる。まるでモーセのように、人波が道を作って避けていく。教壇のところまで来ると、僕のフィギュアを力強く奪い取った。僕が制止する暇なんてなかった。


『こんな犯罪者の印みたいなものは〜』


 そう言って窓の近くまで彼女は歩いていく。

 やめろ。待ってくれ。そんな、やめてくれ。

 そんな願いは叶わなかった。


『捨てちゃえ!』


 窓から投げ捨てられたフィギュアは大きく弧を描いて地面に叩きつけられ、無残にも四散してしまった。

 僕は何も考えられず、頭が真っ白になって、そこからはあまり覚えていない。

 なんでこんな奴にこんなことをされないといけない?芸術のかけらも理解していない雑魚に、なんでこんな?なんで?なんでなんでなんでなんでなんで?

 頭に血が上って、たまたま近くにあったボールペンを手に取っていた。


『あああああ!!!!!』


 気がつくと、その女子の顔にボールペンが突き刺さり、血が流れていた。その子は『痛い、痛い』と声をあげ、周りは悲鳴が響き渡る阿鼻叫喚。僕はただ、『ち、ちがう、僕は、ちがう』そう呟くしかなかった。

 そこからは早かった。親が学校にやってきて、病院まで一緒についていき、泣きながら相手の親に土下座をしていた。いっそ僕を思いっきり怒ってくれたらよかったのに、母親が泣きながら


『こんなことをする子供になるぐらいなら……』


 と呟いて、父親が思わず口を塞いで制止していたことを覚えている。その続きは、想像に難くないが、あえて何も考えなかった。

 多分それから、慰謝料とかなんとか、色々と親同士でやり取りがあったのだと思う。僕はその事件以来学校には行かず、部屋に引きこもってアニメや漫画を見る日々を過ごしているだけだった。これがアニメだったらな、漫画だったらな、なんだかんだハッピーエンドで大団円を迎えるんだろうな、なんて思いながら、現実から目を逸らしていたのだろう。あまりその頃の記憶は存在しない。

 それからしばらくして、僕が中学に入る頃、我が家は引っ越して、今の地にやってきた。それまで散々甘やかしてきた両親はそれ以来僕に何も言わなくなったし、家での会話はほとんどなくなった。ただ、夜に両親が喧嘩している会話だけはよく聞こえてきて、そんな時はイヤホンでアニソンを聴いて聞こえないフリをした。

 中学に入ってからは、人となるべく関わらないようにしていた。なんだか未だにペンで人を刺した感触が手に残っているようで、人と関わり合いになることが怖かった。必然的にひとりぼっちになった僕は、ちょっと悪い人たち、いわゆるヤンキーと呼ばれる人種のパシリにされることが多く、おもちゃのような扱いをされ続けた。そんな中でも、まだペンで人を刺した感触が手に残っていた。これが、恐怖ではなく、喜びからくる興奮だと気づくのは、そう遠くない未来だった。

 僕は人を刺すことに快感を覚えている、はっきりと自覚した。

 そしてそんなある日、もう中学も卒業に差し掛かった頃、学校からの帰り道、先生に押し付けられた仕事とヤンキーのパシリで遅くなって暗くなっていた路地で、道端でフードを被った怪しい男に突然声をかけられた。


『お前、人を殺してみたいだろう?』


 僕の心臓は高鳴った。恐怖や畏怖ではない。単純な興奮、欲望からくる高鳴りだった。

 頭がおかしいんじゃないか?そんな理性もあった。しかし本能のままに、僕の口はこう発していた。


『……はい』

『イシシシシ、だろうな。そんな目をしてる。じゃあやるよ、その力』

『え?』


 途端、その男の手は僕の心臓を貫いた、ような気がした。しかし体に穴が開くわけでもなく、いつのまにか気づくと、僕は自分が力を得ていることをどこかで気づいていた。どんな力で、どうやって発動すればいいかもわかった。何故かはわからないが、頭の奥で理解していた。


『あ、あは、こ、これで、僕は、もう!』


 昂ぶった感情のまま周りを見渡すと、その男はもういなかった。少し礼でも言ってやってもよかったが、向こうがそのつもりなら別に構わない。僕はこの力を使って、勝ち組になるんだ。思わずニヤケが止まらない。

 その次の日、まずは僕をパシリにしている奴らを爆発で半殺しにした。奴らは『僕がフィギュアを爆発させた』と主張したらしいが、そんなもの誰が信じるだろう?案の定学校も警察も信じなかった。

 それからの学校生活は穏便で、落ち着いたものだった。何事もなく、誰とも関わることなく、波風1つない生活。しかしそこに、僕はどこか退屈を覚えていた。

 爆発させたい。誰かを傷つけたい。

 そんな歪んだ欲求が僕の体内で渦巻いていた。

 そして高校に入学して早々、その欲求は爆発した。


『おい、お前。ちょっとそこのコンビニまで行ってタバコ買ってこいよ』

『ダルマ、無理だってこんなガキじゃ。こんな童貞臭いガキじゃ絶対売ってもらえねーよ」

『がっはっは!それもそうか。じゃあコーヒー牛乳でいいよ、買ってこい』

『……せぇ』

『あ?なんだ?』

『うるせぇ、っつってんだよ!』


 そしてそのまま興奮のまま爆破して、今だ。

 どうせ誰も勝てるはずない。僕の力に及ぶはずない。誰もが僕の前にこうべを垂れることしかできない。許してくれと謝るしかできない。はずだったのに。


「おい、そこのフィギュア大好きキモオタ野郎!女の子を縛るなんてゴミみたいな性癖晒してないでさっさとオイラにそのクソ気持ち悪いフィギュアを投げてくるでヤンスよ!!」


 なんだこいつは?なんでこんなに僕に楯突いて、戦おうとしてるんだ?所詮芸術もわからないゴミクズの1人のくせに。カスが。カスがカスがカスがカスがカスがカスが!!!!!


「ああああ!!!これが芸術なんだよ!!!!!」


 僕は、爆発という死をもって芸術を表現するお宝を、また1つ、この手で放った。

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