第3録 異世界で活動する方法を探す活動をする異世界活動部
よく晴れた日だ。青々とした空が目に痛いぐらい綺麗だった。
どうやら、高校というのは、俺ぐらいの年頃のやつが通う訓練所のようなものらしい。
学ランという制服に身を包んだ俺は、同じく学ランに身を包んだ男たちと、セーラー服に身を包んだ女たちと一緒に体育館に並べられていた。
昔からの知り合いがいる者同士は話しているようだが、そうでない者は全員が全員、なんとなく互いの距離感を測っているような、なんともむず痒い雰囲気だった。華の高校生活と呼ばれる期間、友達を作れずに台無しにしたくないという思いと、気の合う友達を作るために見定めたいという思いが錯綜しているのが見てとれる。
そんな冷静に、かつ客観的に周りを見ている俺はというと。
「なぁー、お前!どこの中学出身だ?」
横にいる変な奴に絡まれていた。
身長が高く、スポーツ刈りの頭は非常に好印象な好青年に見えるのだが、喋り方や所作を見ていて頭が悪そうで仕方がない。そして声が大きい。みんなひそひそ話をしているのに、普通の、いやむしろ普通以上に大きい声で話しかけてきた。
「あんま大きい声で話すなよ」
「えー!いいじゃねーか、こんだけ静かなんだからよー!」
「静かだから大きい声を出すんじゃないって言ってんだよ」
「わかんねーなー!」
なんでわかんねーかなー!と俺も心の中で叫ぶ。
「こら、そこ!静かにしなさい!」
「あ!すんませーん!」
ほら見ろ、怒られてやがる。
少しは反省したかと横を見ると、そいつは悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「怒られちった」
「当たり前だろ」
壇上で校長先生が話を始める。風日高等学校の入学式が始まった。
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偶然というのは恐ろしいものだ。
と思っていたのだが、よくよく考えたら入学式で隣だったというのはこういうことだったのか。
入学式後、自分にあてがわれたクラスの教室に入って、自分にあてがわれた座席に座ると、前には大きな図体、しかもどこかで見たことのある図体の男が座っていて、こちらを振り返って満面の笑みを浮かべた。
「おー!さっきの!よろしくなー!」
「……ああ、よろしく」
それにしても声が大きいなこいつ。至近距離でこの声量を受ける身にもなってほしい。
「俺は佐藤リョウ!よろしく!」
「五月ホタルだ。よろしく」
とりあえず悪い奴でもなさそうだし、仲良くしておこう。五月と佐藤、名前が近いから何かと近くに……あれ?
「いや、お前佐藤なんだったら俺の後ろじゃないのか?これ五十音順だろ?」
「え?」
「あの……ごめんなさい、そこ僕の席なんだけど……」
声のした方を見ると、メガネをかけた弱々しそうな少年が、恐る恐る、という感じで佐藤に声をかけていた。身体の大きい佐藤に怯えているのだろう。少年、と言ったのは本当に見た目や声が幼い少年のようで、とても同い年には見えなかったからだ。実際、ここではなく街中で出会っていたら迷子にしか見えなかったに違いない。それぐらい、少年という言葉が似合う外見をしていた。
「おー!悪い悪い!」
そう言って佐藤が勢いよく立ち上がるとそれに驚いて少年が半歩下がる。いや、流石に怯えすぎだ。
あっはっは、と笑いながら佐藤が俺の後ろの席に回ると少年はふぅ、と一息ついて席に座る。なんというか、気の小さい子なんだろうな。
なんていう風に思いながら辺りを見渡すと、自分の右横にとんでもないものを見つけて二度見してしまった。もの、というよりは人と言った方が正しいだろう。
「え、お前、なんで」
「ん?あ!あんたは!」
こんな、学園モノの定番みたいな、そうでもないようなことがあっていいのだろうか。朝、パンをくわえた女の子とぶつかったわけではない。夜、異世界人を名乗る女の子の前で魔法を使っただけだ。そして、横にその女の子がいる。それだけだ。
「それだけ、じゃねーよ……」
「何ぶつぶつ言ってんの?」
少し前、俺がこの世界に来たその夜に出会った少女、レモンが風日高等学校の制服を着て、俺の横に座り、俺を怪訝そうな顔で見つめている。すなわち、同じ学校で、クラスメイトで、隣の席ということだ。神よ。俺は何か悪いことをしたか?本当に、偶然とは恐ろしいものだ。
これは偶然、なのか?
ここ数日の異世界活動録は本当に当たり障りのないもので、俺がどんな行動を行なったか、ということがつらつらと、そしてかなりざっくりと書かれているのみだった。もちろん、Xというワードが出てくることもなく、異世界人と思われる人間とも接触はしていない。だからこそ、異世界活動録にXと表示されるレモンが、気になって仕方がなかった。そしてそのレモンがたまたま、同じ学校の同じクラスだったなんて、出来すぎていないか?そう思うのも自然なことだろう。
「ねーちょっと。何無視してんのよ」
「別に無視してるわけじゃねーよ」
痺れを切らしたレモンが俺の机の横まで近づいてきていた。あの日は暗くてよく見えなかったが、レモンはやはり可愛らしい顔をしていて、美人の部類に入るどころかかなり上位に食い込むだろうと思われた。肩の辺りで揃えられた髪はあの日とは違って砂をかぶってもなく、綺麗な艶のある黒色をしている。これで自分を異世界人だなんて言っていなければ相当モテるだろうに。
「お、沙本じゃねーか!お前、五月と知り合いなのか?」
「げ、佐藤……なに、あんた五月っていうの?」
「五月ホタルだ」
「えらく可愛い名前してるじゃない。私は沙本レモンよ」
「そうか、よろしくな。沙本」
「レモンでいいわ、ホタル」
俺は下の名前で呼んでいいとは言ってないんだが……まぁ、そちらの方が慣れてるからいいか。
「お、じゃあ俺もホタルって呼ぼうかな!俺のことはリョウでいいぞ!」
「わかった、佐藤」
「あれ!?」
あれー?と首を傾げている佐藤に構わず、俺は話を続ける。
「佐藤、お前こいつと知り合いなのか?」
「ん?あ、沙本か。そうだぜ!同じ中学だったんだ」
「じゃあ、こいつは昔からこう……ちょっとアレなのか?」
「誰がアレよ、誰が」
不満そうにレモンが顔を突っ込んでくる。あえて聞こえるように言ったのだから予想はしていた。こいつの『自分は異世界人だ』という妄言を信じるつもりは毛頭ないが、あの夜のことは気になっていたし、そもそも何故そんなことを言い出したのか、それを知りたかった。
「そうだなぁ。そもそも沙本はどっかから引っ越して来たとかで知り合いもいなくてなー。最初は大人しい子だったから大変そうだったけど、段々と友達もできてきて、普通に過ごしてたよ、たぶん」
「は?こいつが大人しかった?こいつが大人しいって言うのは真夏のセミが川のせせらぎだって言うようなもんだぞ」
「ふざけるんじゃないわよ!」
「あっはっは!まぁそうだよな。中3の時に急に沙本は変わってよー。たぶん中2の春休みが明けて中3になった時だったと思うんだけど、急に異世界人がどうだ、とか言い出して。あの大人しかった沙本がどうしたってみんな大慌てしたもんだ」
あっはっは、と笑いながら佐藤は語る。
「ちなみに、レモン、お前はどこから引っ越してきたんだ?」
「なんでそんなのアンタに答えないといけないわけ?」
「ぐっ……」
「あっはっは!」
佐藤、笑ってんじゃねぇ。
それにしても、レモンの強情さは相変わらずという感じで、コイツがかつて大人しかったなんて到底信じられない。人は変わるものだ。
そして同時に、昔、小さい頃によくこんなやり取りをしたものだ、と思い返す。生まれ変わりってのがあるならレモンはあいつの生まれ変わり……ってそれじゃ時系列がおかしいな。すでに生まれているレモンに取り憑いていることになるじゃないか。馬鹿か俺は。
自嘲気味に笑って顔を上げると、レモンが気持ち悪いものを見る目で俺を見つめていた。
「なんでアンタこのタイミングで笑うのよ……怖いことしないでよ」
「なんだ?ホタルはそういう趣味があんのか?」
「ねーよ。生憎、女性から罵倒されて興奮するという性癖は持ち合わせていない。昔を懐かしんでいただけだ」
「昔から女の子にいじめられて悦んでたんだ……」
「あっはっは!レベルたけーな!」
「だからねーっての」
まったく、馬鹿馬鹿しい。と言いながらこんな何気ないやり取りをどこか楽しいと思ってしまう俺が一番馬鹿なのだろう。
異世界に来て俺に与えられた条件はこの風日高等学校に通うことだけで、逆に言えば何をすればいいのかわからなかった。どうすれば向こうに戻れるのかわからなかった。だからこんなやり取りで少し気が緩んでいたのだろうか、レモンの馬鹿げた提案に乗ってしまったのは。
「まぁそんなことはどうでもいいわ!ホタル。アンタどうせ暇でしょ?私、部活作るから入りなさいよ」
「お前、どうしてそんなに上から目線で喋れるんだ?前世が王か何かなのか?」
「いちいちうるさいわねぇ」
俺に話の腰を折られてレモンは不満そうな顔を向けてくる。
「あっはっは!で、沙本、何部を作るんだ?」
「聞いて驚きなさい!異世界活動部よ!」
「異世界活動部……?」
堂々とした宣言に、思わず俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。それは一体どうやって活動するんだ?
「それは一体どうやって活動するんだ?」
とりあえず頭に浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。
「異世界で活動する方法を探す活動をするのよ」
「イセカイデカツドウスルホウホウヲサガスカツドウ?」
「ほら見ろ、お前がよくわからんことを言うから佐藤が混乱してるじゃないか」
「何がわからないのよ!」
俺にはレモンの言いたいこと、というかやりたいことはわかっていた。そして何故俺を誘ったのかも。
異世界に来て、俺は何をすればいいのかわかっていなかった。異世界活動録を記す、それはわかっているが何を記せばいいのかわからない。そんな時にXこと沙本レモンが異世界活動部を作りたいだと?こんなの願ったり叶ったりじゃないか?
「いいよ、俺は入る」
「え、ほんと!?」
とりあえず前進するために、という体のいい言い訳をつけて俺はレモンの作る部活に入ることにした。どうせ異世界になんて行けるわけない、と思いつつ。
「ただ、異世界活動部なんて部活として認められるわけがないから、何か別の名前を考えた方がいい」
「……まぁ仕方ないわね。じゃあそれについては放課後考えましょ」
「わかった、で、佐藤お前は」
「俺も入るぜー!」
俺が佐藤の方を向くとすでに佐藤は混乱状態から回復していた。顔を見る限り、レモンがやりたいことを理解したというよりは、理解することを放棄したという方が正しそうだ。
「じゃあこれで3人ね!最低でも部員は5人必要らしいから、各自探しておくこと!あと顧問とかも目星つけときなさい!」
本当になんでこいつはこんなに上から目線なんだ、前世は山なのか?などと思いつつ、俺は、自分の中の歯車が1つだけ回った音がしたような気がしていた。