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奇蹟の犠牲者  作者: 渡烏
“Gladiators draw their swords”
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デズモンド、死す

お久しぶりです。毎度のことながらありがとうございます、御覧いただき。

「始末書の提出期限が次の講義までって数分もねぇじゃねぇか! 始末書なんて書きたかねぇ! 嫌だ! 面倒臭ぇ!」



デズモンドは愚痴りながらも、黒板に書かれている文字を黒板消しで丁寧に消している。彼は変な所で真面目なのだ。



「あの場ではデズモンド様が、最高責任者でしたから仕方ないですよ」



そう言うラグナシアは次の講義である生物学の予習をしているようで、机の上にノートと教本を展開しており、それだけを見ているようだ。


俺は唯一やることがないので、椅子に座ったまま机の上で腕を枕にして、ラグナシアの横顔を『拝む』しかない。


彼女の美貌は人間離れしており、まるで人形のようだ。いつ見ても美しい。流石、教会都市の女神さまだ。


そんなラグナシアに対してデズモンドは熱弁を振るう。



「だとしてもな、ラグにゃん。今俺が何してるか解るか? 黒板消しだぜ? 笑えるだろ。俺は『奇蹟者』なのに、なぜ黒板を消さにゃならんのだ! これは明らかに職権乱用だろ。お前らは、そう思わないのか!」



総髪を乱舞させているデズモンドの言ってることは最もなのだが、教導師長でもあるエイハブの無茶は、今に始まったわけではないのは彼も承知のはずだ。



入学早々に一階の空き教室で温泉堀をさせられたのは、今となっては良い思い出である。


その行事に嫌気が差した生徒の大半は数日中に転校してしまったというのにエイハブは、この十二年間『それ』を一向に改めようとしなかった。


結果、この学園に残ったのは俺だけになり、そこにラグナシアが転校して来たという訳なのだ。



「デズモンド様、それはそうと教会の方はよろしいのですか?」



奇蹟者の身でありながら度々俺たちと行動を共にしていることが気になったのか、ラグナシアは顔を上げ、デズモンドに問いかけた。



「どうせ俺の所には誰も礼拝に来ないんだから心配ご無用だ。自慢じゃないが、今月は『レキ』が昼寝しに来たぐらいだ。ここなら誰も来ないから仕事サボってもバレないとか言ってな。ウケるだろ? ……ん? お前ら、なんだその顔は。二人して俺を哀れんでいるのか? そんな目で俺を見るな。言ってて虚しくなるがな……」



「そういやデズ、今日の配達は終わったのか? ついでに『みぃちゃん』とこに行くって言ってなかったっけ?」



「あぁ、配達は『とっつぁん』に急かされて朝のうちに終らせといた。まったく、飯を食う暇さえありゃしない。そうそう、帰り際に『郁美』んとこに顔だしたら弁当貰ったよ。お前さんの分もあったが、今は俺の腹ん中だ。んでまた帰り際に丁度お前達が教習に向かうってんで一緒についていったらこの様ってわけ」



デズモンドは苦笑している。気まぐれで着いてきたばかりに始末書を書かされる羽目になるなんて同情するが……昼飯を消滅させられた俺の身にもなってほしいものだ――





――デズモンドが黒板を新品同様に蘇らせてからしばらく経つが、エイハブが戻ってくる気配はない。


それ以上にデズモンドが始末書を書き終える気配がない。頭を抱えて唸っている。いい気味だ、俺の弁当まで食った報いを存分に受けるが良い。もっと苦しめ。



「……エイハブ様遅いですね」



痺れを切らしたラグナシアが、長い髪を指先で遊びながら呟いた。



講義に対して気乗りしない俺と、エイハブが戻ってくるまでに始末書を書かなければならないデズモンドにとっては好都合なのだろうが……



「ユウさん、エイハブ様を呼びに行ってくださいませんか?」



まさか満身創痍の俺に矛先が向くとは思ってもみなかったので、鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまう。


人を呪わば穴二つと言う事なのか? 例えそうだとしても子供のお使いのような面倒事は御免だ。ここは抗弁させてもらうとするか。



「俺がか? 教官の居場所なんて、とんと見当も付かん。だからラグナシアが行ってくれよ。それに良い点数稼ぎになるぞ?」



「そうしたいのは山々なのですが、私にはデズモンド様に、オーディン様とゼウス様の、『好み』を拝聴するという大事な使命があるのです」



この発言にはデズモンドが豆鉄砲を食ったようだ。


彼女のする神さまトークは長たらしく陳腐で、味のない説教のような性質を持つ。


ラグナシアの、神さまに対する恋愛観に全く興味のない俺たちからすれば、それは正しく『拷問』だ。


なのでラグナシアの話に付き合うデズモンドのことを考えると、屋上に居るであろうエイハブを呼びに行く俺のほうが、まだマシなのだろう……


デズモンドを気の毒に思いつつ、席を立とうとした時、恐ろしい事件が起きた。というよりデズモンドが、やりやがった。



「よし解った! 奇蹟者であるこの俺が! 責任をもってエイハブを連れ戻そうではないか! 何せユウは頭を怪我したんだから、動かないほうがいいぞ、うん。俺も残念で仕方がないが、ラグナシアの相手はユウが務めるそうだぞ! 俺よりこいつのほうが話うまいしな! 頑張れ! まぁなんというか、あとは任せた!」



言い終えるや否やデズモンドは教室を飛び出ていった。俺は言葉を失った。



「さすがデズモンド様です。あのですね、ユウさん。意見をお訊きしたいのですが、オーディン様とゼウス様、結婚するとしたらどのような……」



恨むぞ、デズモンド――









――真っ直ぐに屋上へ向かい、扉を開けると直ぐに、フェンスに背を預け煙草を吹かしているエイハブの姿が確認できた。


エイハブの雰囲気は、爽やかな青空とは対称的に酷く陰鬱としていて、まるでこの世界から切り離されてしまったかのようだ。


さて、俺も一服していくか。アイツは一人にすると余計な事まで考えちまう質だしな。



「隣り良いか? 兄弟」



「……お前か。勝手にしろ」



許可が貰えたので、どこか呆けているエイハブを余所に、俺も煙草に火をつける。


やはり飯を食った後の一服は格別だ。この為に生きていると言っても過言ではない。



「エイハブ、足の具合は? まだ裁縫苦手なんだろ?」


「んー……問題ない。自分の足を縫合するぐらい、どうってことない」


「そうか。ほら、始末書だ。教室からここに来るまでの間で創った。我ながら天晴れな出来だ」



エイハブは無言で俺の手から始末書を受け取り軽く目を通すと、奇蹟の力で始末書を聖堂へ転送した。



奇跡を使う時、コイツの顔は愁いを帯びる。いつだってそうだ。


きっと心のどこかで、奇蹟を使うことに割り切れない気持ちが残っているのだろう。


だが今のエイハブはそれ以上に哀しさが溢れていて、流石の俺でも心配になってしまう。



「お前さん、また何かやらかしたのか? まさかさっき飲んでたワインはオーディンの……」


「違う違う、そうじゃ……そうじゃない。あの子達、このままじゃ神衛隊行きだなって思ってさ」



なるほど、ユウ達の将来の事を考えていたのか。やはりコイツは一人だと要らぬことを考えやがる……全くエイハブらしい。



「なに、配属されて直ぐ実戦部隊に投入される訳じゃない。やりようは、いくらだってある。俺達は今までだって、そうやって来ただろ」



幾つもの危ない橋を渡ってな……



「そうだな、そうだったな。だがその所為で多くを犠牲にしてきた。お前は平気だろうが、目的の為にあんな思いをするのは、もうウンザリなんだ。だから、あの子達は何があっても失う訳にはいかない。例え……」


「ったく、お前らしくもねぇ。鬼のエイハブ教官サマがそんな弱気でどうすんだ」



なんとかエイハブの言葉を遮ることが出来た。


あの先を聞く訳にはいかない。


聞けば完全に袂を分かったという証明になってしまう。


俺はそんなこと望んでなんかいない。


例え、俺とコイツの絆が仮初めのものだとしても……



「そうならない為に俺も『ここ』に居るんだろ。お前は自身の役目を果たせば良い。何も心配するな」


「全く、奇蹟者サマは頼もしい……期待してるよ」



煙を吐き出すついでにエイハブを横目で見ると、左手に着けたモルガン石のブレスレットを何気無く眺めていた。



「お、郁美が作ったソレ、何だかんだ言ってお前も着けてんだな」



「まぁね。せっかく私の為に作ってくれたんだ。会ったことすらない、この私の為に……」



コイツも存外甘い奴なんだな。なんて関心していると、エイハブがタメ息と共に呟く。



「……まさかあの子達に、ここまで情が移ってしまうとはね。我ながら情けないよ」



そう言って苦笑したエイハブは、風によって空高く飛ばされてしまった煙草の灰を、いつまでも見つめているのであった。





最後までありがとうございますた。

次話もはやいうちに書き上げるのでどうぞお付き合いください。

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