婚約破棄の現場で~婚約者は婚約破棄を望む~
婚約者の視点を追加しました(2015/9/19)。
「クリスティーン・エヴァレット! そなたは公爵令嬢であるにもかかわらず、地位の低い令嬢に対する卑劣な行いの数々、我慢できん! よって、我がクリストファー・クロウ・シラーズの名において、ここでお前との婚約を破棄する!」
婚約破棄を突き付けられたというのに、クリスティーン・エヴァレット公爵令嬢はいつものように微笑んでいた。
愛に生きると耳触りの良い言葉を王子は言ったが、公爵令嬢にとってそれは笑わずにはいられないものだった。
しかし、そんなことはおくびにも出さず、クリスティーンはしおらしく言ってみせる。
「身に覚えのないことですが、公爵家と縁が切れるのなら私に異存はございません。では、これにて御前を失礼致します。二度とお目にかかることもありませんでしょうし、殿下の御健康と繁栄を遠くから御祈りしております」
粛々と沙汰を受け入れるその姿に、クリストファー王子と彼の後ろに隠れていた令嬢は逆に毒気を抜かれた。
「クリスティーン?」
「え?! 王妃教育を手伝ってくれるんじゃないの?!」
「行きましょう、イベリア」
クリスティーンは取り巻きの令嬢の一人に声をかけて立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってよ! クリスティーンがここでいなくなってしまったら、ロイド様を攻略できないじゃない!」
クリスティーンの動きがピタリと止まる。
イベリアと呼ばれた取り巻きの令嬢は蒼白な顔でクリスティーンを見ていた。
「?! クリスティーン様?」
クリスティーンは小さく首を振ると歩みを再開する。
「いいえ。行きましょう。気にしなくても構いません」
「ですが、クリスティーン様・・・」
「イベリア。気にしなくて本当にいいのです」
「はい。クリスティーン様・・・」
クリスティーンの言葉に納得できないものの、取り巻きの令嬢は追いつこうと小走りになる。
「それにしてもこれからの生活は楽しみですね~」
「・・・。クリスティーン様が楽しみにされているなら、私は構いません」
「フフフ・・・」
肩を並べて去っていく二人の令嬢の姿に、クリストファー王子の後ろに隠れていた少女は黙って見送っていられなかった。その大きな瞳に涙を浮かべて、クリストファー王子の袖を引く。
「クリストファー様、クリスティーン様を止めて下さい! クリスティーン様が王妃教育を指導して頂かないと、私、怖くって・・・」
愛しい少女の頼みにクリストファー王子は素直に応じ、元婚約者を呼び止める。
「クリスティーン! ちょっと待て!」
「何でございますか、殿下?」
いつもよりやや低い声が応対する。
クリストファー王子は婚約破棄をされたせいで流石に内面では怒りを抑えきれていないのだと思うと、いつも完璧であるクリスティーンに初めて好意を持った。
「王妃教育を心細がっているミリアが指導して欲しいと言っているのが聞こえないのか?」
クリスティーンはツカツカと戻ってくると、クリストファー王子の目の前まで歩みを止めなかった。
そこまで近付くと嫌でもクリストファー王子をやや見下ろす加減になってしまう。クリストファー王子は自分が元婚約者に好意を持てなかった理由の一つが、自分よりもやや背が高く、いつも見下されている気がすることだったと思い出した。
「恐れながら、殿下との婚約が破棄されたことで私は公爵家との縁が切れております。一平民が王妃教育を指導など、とてもとても荷が重すぎます」
「しかしだな、ミリアは一から王妃教育を受けねばならん。それも完璧だと褒め称えられたそなたの後で、そなたより短い期間で身に付けねばならんのだ」
「それはミリア様を選んだ殿下が負うべきこと。ミリア様を支え、励まし、導くことができずして、何がミリア様を選んだあなたの覚悟なのでしょうか? あなたの愛はそんなに軽いものなんでしょうか? 私の取り巻きになろうとしたミリア様もお気付きのように、私がイベリアを気に入っているばかりに彼女は嫌がらせをよく受けていました。私がどんなに庇っていても、イベリアへの嫌がらせは止みませんでした。殿下は私と同じ轍を踏まず、殿下の寵愛を受けることによって成される嫌がらせからミリア様をお守り下さい」
それだけ言うと、クリスティーンはイベリアを連れて去って行った。
「・・・」
後に残されたクリストファー王子は元婚約者の言葉を深く噛みしめていた。
そして、ミリアはクリスティーンの言葉からクリストファー王子があることに気付かないことを祈っていた。
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「これで良かったのかしら?」
「ええ。ミリアの胸が大きかったおかげで、いつも貴女の胸をジロジロと不躾なまでに見てきて不愉快な色ボケ王子とやっと縁が切れましたよ。イベリアの胸は私のものだというのに・・・。本当にミリア様々です。さて、公爵家から解放されましたし、どこに行きますかね?」
「ロイドったら・・・。あなたと一緒ならどこにでも行くわ」
「フフフ・・・。昔に戻ったみたいですね、イベリア」
こうして、病弱なクリスティーン・エヴァレット公爵令嬢の身代わりを務めていたロイドは、幼馴染の少女と共に市井へと姿を消した。
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私の名前はロイド・T・エレファン。
クリスティーン・エヴァレット公爵令嬢の遠縁で彼女の影武者として何年も彼女の振りをしています。
性別は男。
同性のイベリアですら目を奪われるエヴァレット公爵令嬢とよく似ている顔をしていますが、私は生まれた時から男です。
幼馴染みのイベリアと結婚し、彼女の父親マウナン男爵と同様に王宮で働く貴族の生活をすると思っていた私ですが、この顔のせいで色々苦労することになるとは思ってもみませんでした。
王宮に働きに行くだろうイベリアを私の取り巻きとして雇って貰う約束をし、私は影武者に仕立て上げる教育に耐えました。
男が好きなダンス教師(男)のしつこい手は何度つねろうが、足を踏もうがノーダメージだったので、腹に拳を叩き込む日々でした。
語学は使うはずもなさそうな言語まで覚えさせられました。その数は両手で数え切れないほど。
王妃とはこんなに大変なものなのかと思うほどの礼儀作法と教養の数々。
イベリアと再会し、イチャつきたい一心で頑張りました。
イベリアと再会した時には飛び上がりたいくらい嬉しかったことを今でも覚えています。
そんな私が協力者となったイベリアの家で多少、羽目を外しても良いと思いませんか?
会えなかった分を埋めようとするとイベリアは全力で拒否するんですよ!
たかが、キスの一つや二つ、快く受け入れてくれても良いではありませんか!
さて、殿下はエヴァレット公爵令嬢と婚約破棄して下さいましたし、私はお役ご免ですね。
イベリアと私が幸せになる為にはこの国を出たほうが良いですし、どこに行きましょうかね?
クリスティーンはクリストファー王子にあやかって付けられた名前なので、実際に結婚していたら国王夫妻の名前の呼び間違えることが多々あったと思います(笑)。
ロイドはクリスティーンの遠縁にあたる人物で、名ばかりの貴族か貴族の血を引く家の出です。