第四話
「もしかして、いきなりフォイルさんと戦えみたいな話じゃないですよね?」
「まさか」
いつもの砂漠へと転移した俺達。
素直な疑問をぶつけてみるが、取り敢えずの所最悪の状態は回避したらしい。
なお、フォイルの姿は戦闘形態(最初に合った時の姿)になっている。
久しぶりに見たな、この筋肉ムキムキのフォイル。
普段は少女の姿なのだが、力を使うときのみこの姿。
「撫でるだけ、とは言わないが、今の貴様では本気で殴っただけで壊れてしまう。
それだけでは俺が楽しめん」
あれ、修行じゃなかったっけ、これ?
いつの間にかフォイルが楽しむほうがメインになってない?
俺としては、撫でられるだけで全身複雑骨折ぐらいならしそうである。
そもそもがだ、俺はフォイルの全力を未だ目にした事がない。
曰く、直径数十メートルのクレーターが出来た。
曰く、一発で敵味方問わず破壊し尽くした。
曰く、上級魔法を傷一つなく受け止めた。
今が制限付きの状態であろうと、強さは理解していた。
戦わなくてホッとしているのもつかの間、すぐに悪魔の宣告が下る。
「だがそういうのも一興か。どれ、一つ俺の攻撃を受けて防いでみろ。
躱すことは許さんぞ」
「いやいや、その理屈はオカシイ。
今さっき本気で殴ったら壊れるって言ってなかった!?」
「気にするな、加減はしてやる。俺にとって一番苦手なことだがな」
それって手加減できないってことじゃないですか、やだー。
死刑宣告にすら等しいその言葉。
だが何か言ったところで止める人間ではない。
俺はすぐさま担いできた大剣を構える。
勿論攻撃するためではなく、守るためだけに。
「ほう、様になっているじゃないか」
「そりゃどーも……」
感心するようなフォイルの声。
そりゃあ、今まで生き延びてきただけの意地はある。
そこで学んだのは、いかに敵を倒すかではなくいかに死なないか。
死ぬ気で生き残るために努力する、というのは些か矛盾を感じるが、それこそが最善。
「いいぞ、死に物狂いで防いでみせろ。無慈悲に、容赦なく、格好つけずに」
フォイルがそういった瞬間、辺りの空気が張り詰める。
俺が出来る事は、ただ目の前に危機に対して最大の対処をするのみ。
「”硬化”、”強化”、”低減”…………」
肉体の表層、皮膚を硬化するところから始まり、身体強化、ダメージ低減、など知りうる限りありとあらゆる魔法を自分の体へと施していく。
全てが付け焼き刃で有ると知りつつも、だ。
対してフォイルはただ拳を握るのみ。
彼にとって武器を使うことは即ち手加減。
この世に存在するものの中で、彼の肉体より優れたものを俺は知らない。
目の前のフォイルが、攻撃を行うモーションへと入る。
次の瞬間、攻撃を目視するよりも先に衝撃が体を襲う。
……これは不味いな。
衝撃を受け止めながら、直感的に察する。
このままでは受け止めきれない。
ならばどうする、どうすればいい?
時間にすれば一瞬のさなか、気付くと俺は次のような言葉を放っていた。
「”停止”」
そして、何度目か分からないが、俺の意識は虚空へと消えた。
フォイルは、気を失った悦也の前で嬉しそうに微笑む。
「見事耐えたか」
そう。目の前の男は、自分の今出せる全力を受けてなお生きている。
それは歓喜であり、愉楽であった。
かつて自分が封印された時と同じぐらいの喜び。
フォイルは戦闘狂である。
しかし、見境なく人を襲うような殺人狂ではない。
自分が戦うに値すると思った存在。もしくは、健気にも戦いを挑んできた存在。
そのような存在に対して、全身全霊を持って受け立つ。
気絶している悦也を担ぐと、部屋まで運ぶ。
意識を失った誰かを背負っては転移魔法は使えない。
ゆっくりと、そして丁重に悦也を扱う。
部屋まで戻ったフォイルは、悦也を横にさせた後、一冊の本を取り出す。
それは、初対面の時に読んでいた本。
表紙には『勇者召喚に関する記録』と記されている。
この空間に飛ばされ、最初に悦也を見た時、フォイルは一瞬で彼が異世界人であることは見抜いていた。
悦也という存在は、それほどまでに異質なものだったのだ。
では、一体何を調べていたのか。
フォイルは最初、『貴様、中々面白い魔力の形をしている』と言った。
それは紛れもない真実であり、悦也が受け取ったであろう意味よりも更に意図が存在する。
異世界人で有るということを考えても、悦也の魔力は理解しがたかった。
本を開き、ゆっくりとページをめくるフォイル。
そこには勇者召喚に関する情報が載っていた。
『勇者召喚とは、異世界より強大な力を持つ存在をこの世に降ろすことである。
彼等は知識がない代わりに、現れた時点で並みの魔法使いを超えた力を持つ。
召喚される勇者は二人。「光」と「闇」を司る勇者である。
「光」とは…………』
続く文章を流し読みした。
ソレ以降も長々と説明は続くが、一旦本を閉じる。
そして、改めて悦也の方を向いた。
彼の魔力は異質なのであった。
文献に載っていることを真に受けるならば、『光』か『闇』の適応性を見せるはずである。
しかし、悦也の魔力はどちらにも振れていない。
加えていうとするならば、『炎』などの適応性も見受けられない。
こういう状態は往々にして、魔法の素養が無いとされる人間の形質だ。
とは言うものの、彼に魔法の素養が無いとするならば誰に素養が有るのだ、というほどに悦也の魔法の才能は末恐ろしかった。
「それに、さっきの感触……」
フォイルの一撃は完璧であった。
悦也を完璧に捉え、抗えない一撃。
放った自分でさえ殺してしまったという確信を受けたほど。
だが見てみろ、悦也は死ぬどころか五体満足で生きている。
本来ならばあり得ないはずであった。
そして、もう一度思い出す。
拳が触れた時は普通だった。
しかし、振りぬく瞬間、何か得体のしれない感覚が伝わってきた。
まるで人間ではない物質を殴っているような、そんな現象。
「ククク、ハハハハハ」
頭の中で、様々な愉悦の感情が巻き起こる。
フォイルの最優先事項は、強者との闘争。
自分の計り知れない存在に出会うというのは文字通り数百年ぶり。
自分の中で血が滾っていくのが認識できる。
だが、まだ悦也と戦うには早い。
なにより自分が本気を出せないのではつまらないのだ。
「あと数年というところか。楽しみだ」