第三話
「やっと目を覚ましたか」
目を覚ますと、俺を覗き込む金髪ツインテ美少女の姿が目に入る。
……ああ、そう言えば俺は一つ目のドラゴンに殺されそうになって……。
俺は記憶を取り戻すと、すぐさま辺りを見回す。
そこは不気味な雰囲気を持った暗い部屋、最初に飛ばされてきた場所。
つまり、それは俺の転移魔法が成功したことを意味する。
「どうだ? 初めての転移魔法を経験した気分は」
「……最悪だ」
「クハッ、それは残念だ」
笑い事ではない、そう言おうとしたが身体から力が抜けて言葉が出ない。
「初めての魔法で転移魔法を使ったんだ。
その反動で一時間はまともに動けんだろうな」
フォイルは、笑いながら事の顛末を説明してくれた。
まず、俺が転移魔法を成功させることは殆ど確信していたらしい。
どうやら数分前まで居た近い場所に障害物もなく飛ぶのは、最も簡単な事だとか。
もしこれも出来ないようでは、一年どころか十年かけても戻ることは出来ない。
転移魔法には色々と制限があるのだとか。
荒治療ではあるが、一番手っ取り早い魔法の習得なのだそうだ。
説明が終わった頃には、喋ることが出来る程度には回復していた。
「せめて、あらかじめ説明ぐらいはして欲しかったな」
「痛く、そして辛い経験が無ければ覚えぬ。それは万物共通の理だ。そうであろう?」
クツクツと笑うフォイル。
どうやら冗談ではなく、本気で言っている模様。
……それだと、これから先も今回のような出来事が起きる可能性があるというわけである。
先行きが素晴らしく不透明なことを感じながら、俺はもう一度意識を手放した。
それから数ヶ月の間、俺は血の滲むような努力を強いられた。
いや、血が滲むぐらいならば軽い方。
血反吐はくまで修行をさせるというのがフォイルのポリシーだったようで、何度生死の境を彷徨ったかが分からない。
だが、そのお陰で魔法というものを多少は理解してきていた。
そして、今は修行の真っ最中。
俺の視線の先には、前に出会った異形の龍が一体。
対象が此方に気付いていないのを確認すると、素早く手の中で魔力を練る。
「唸れ、”レーヴァティン”!」
次の瞬間、俺の魔力によって射出された炎の槍が龍の頭を穿つ。
恐らくは即死であろう。だが、稀に首を落とされても生き続ける存在は居るので注意は怠らない。
近付き、死んでいるかどうかを確認する。
「……ふう」
俺は息をついて身体をリラックスさせる。
この世界にいる生物は、基本的に異形のモノばかり。
特殊な環境がそうさせるのか、次元を超えた際に変化してしまうのか。
原因は分からないが、現状はそうなっている。
フォイルから与えられる修行の中には、そんな奴等を討伐してこいというのがよくあった。
何故転移魔法を覚えるためだけにそんな事が必要なのかとフォイルに問うと、俺の絶対的な魔力量を増やすためと言われた。
次元を超える時に生半可な魔力量だと術の途中で弾かれてしまい、肉体が耐え切れずに四散してしまうのだとか。
加えて、魔法に必要なイメージ力を養うため。
前に言われた通り、魔法とはイメージを具現化するものである。
詠唱はその補助的な役割を担うだけで、必須ではない。
先程使った炎の槍も、イメージを魔力によって実体化させただけであった。
イメージが弱ければ、当然の如く威力も半減する。
どれだけイメージ力が重要なのかが分かるだろう。
他にも俺が鍛えている理由はあるのだが、今は割愛する。
本当に後半年程度で次元を超える事ができるのだろうか。
そうネガティブな気持ちになっていると、空間自体が震えていると錯覚を起こすような揺れが起きる。
「……またか」
俺はそれに対して全く驚かない。
これは空間転移などの魔法的な現象ではなく、もっと物理的な現象。
ただフォイルがその力を振るっているだけ。
それだけで空気が震えるのだから恐ろしい。
しかも、今の状態は封印された時に掛けられた制限がかかっているのだとか。
敵じゃなくてよかったと心底思う。
しかし、フォイルを封印した人物は彼を倒したということ。
つまり彼よりも強い存在が世界には存在したのだろう。
世界は広いな……。
俺はゆっくりと立ち上がると、拠点としているあの暗い部屋へと戻った。
転移魔法で部屋へと戻ると、同じタイミングでフォイルも戻ってきた。
「アレの討伐はしっかりと完了した」
「ほう? 早いとは思ったが無傷か。やるではないか」
「いや、それは……」
なお、此処における返答の正解は無い。
そんなことはないと謙遜する→修行がキツくなる。
実は辛いと言う→基礎力の向上の為に修行がキツくなる。
何も言わない→修行がキツくなる。
最後に関しては論理展開がオカシイのは重々承知だが、全て経験談から来ていた。
「そんな顔をするな。実際、この付近では奴が一番強かった。
100%賞賛から来る言葉だ。実際、修行内容も新しいものを考えねばならん」
「とは言っても、フォイルさんに比べればまだまだ……」
「それは当然だ。かつての英雄達が辛うじて封印した俺を、勇者だか何だか知らんが数ヶ月程度修行しただけの奴が倒せるわけ無いだろ?」
……道理である。
仮に努力した分だけ強くなるんだとしたら、フォイルに勝つのは人間では不可能。
そもそも、俺は強くなるための修行は受けていない。
色々脱線しているかもしれないが、最終目的は此処からの脱出。
途中、剣の使い方も教わりはしたが所詮はついで。
これからの俺の流れとしては、まずフォイル達が元いた世界に戻ること。
出来ることならば日本に戻ることも視野に入れたいが、フォイルいわくそれは相当厳しいらしい。
根拠としては、この場所に流れ着いているものにある。
俺の見た限りでは、日本に存在したようなアスファルトなどは発見していない。
つまり、俺以外に此処へ流れ着いたものがないということ。
勇者召喚のような特例を除いて、此処と日本では次元の溝が深すぎるらしい。
寿命全てを転移魔法の研究に捧げれば可能性は有るが、付け焼き刃のモノでは不可能だとか。
兎にも角にも、フォイルが居た世界へ脱出するのが先決。
ただ、ここで一つ問題が発生する。
なにせ、俺はその世界に行ったことがないのだ。
転移魔法における重要な、転移先のイメージがまるで存在しない。
それゆえ、まずは座標軸を把握しないといけないのだ。
この作業はフォイルも苦手らしく、暗い部屋に残された書物による独学。
修行と平行して行っているが現状はよろしくない。
次元の座標軸を把握さえすれば、後は一緒に転移するフォイルのイメージを頼りに戻れるらしい。
どうも綱渡り感は否めないが、方法はソレしか存在しないのだ。
この空間で永遠に時を過ごす覚悟がない以上仕方ない。
「で、次はどんな無茶な修行を?」
「ハハハ、そう急かすな。何、次の修行からは俺自ら手ほどきを加えてやる。喜ぶといい」
「……は?」
そんな、俺の悲しい疑問符は暗い部屋の片隅へと溶けて消えた。