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ソライロデイズ

作者: 日凪セツナ

読みやすいようにかなり短くしました。二人の視点から同じ状況を描く群像劇のスタイルは楽しく、二人の状況を楽しんで書けました。

ソライロデイズ


 二階に上がる階段は少しカーブしていて、大きなガラス窓の付いた壁際を通っている。東向きの窓からは、向かい側の工場がよく見えた。今はお昼過ぎ、反射光が階段を柔らかく照らしている。

 上を見れば、二階の階段横にはいつもの人影が在る。電球でも直射日光でもない淡い光の中で、その人は振り返った。私はその人を見て階段を駆け上がる。

 四つ並んだ蒼いベンチは、昼休みのこの人の特等席だ。電球が付いたオブジェを背後に、この人はいつも一人で居る。

 私はその人の隣に、一つ席を空けて座る。その人は、座ったのが私だと分かると、ふい、と顔を前に向けて、また教本を読み始めた。

 服装は黒が基調。シルバーアクセサリーも十字架や髑髏系が多い。でも、持っている小物類は皆空色。だから私は、この人をこっそり「ソラさん」と呼んでいる。

 そう、実はまだ名前を知らない。それどころか話したことも無い。きっと向こうも、またいつもの人だ、とか思ってるんだろう。

 ソラさんは、私と同じ短期集中のコースでこの学校に通っている。大学生や社会人も居る学校だけど、ダントツでソラさんが一番、目立っていると思う。

 茶髪は珍しくないけど……それが肩に掛かる程長くて、ウェーブ掛かってて、片耳だけにジャラジャラピアスなら、嫌でも目立つ。

 多分、バンドとかやってるんだろうな。ビジュアル系かな?

 でも、持っている小物類が全部空色系なのは、ちょっと可愛かったり……

 ソラさんは欠伸を一つして、黒いヘッドホンを付ける。私は、チラッとソラさんを盗み見た。

「あっ……」

 ソラさんが声を出す。ソラさんの蒼いシャーペンが、私の足下に転がってきた。私は屈んでそれを拾って、はい、とソラさんに渡す。

「……どうも」

 ソラさんは少し俯いて受け取った。そして、隠すようにシャーペンを仕舞う。

「大事なものですか?」

 私は初めて、ソラさんを正面から見た。ソラさんはぎくりとした顔になって、すぐに顔を逸らす。そして、小さく、ああ、とだけ呟いた。

 私はそれ以上、何も言わないでベンチから立ち上がる。

「次の授業は?」

「学科の四番です、ソ……」

 私は慌てて口を閉じる。ソラさんは不思議そうな顔になった。

「そ?」

「あ、いえ、何でも……」

 言えないよ。私が勝手にこの人を、ソラさんと呼んでいるなんて。

 怪訝そうな顔になったソラさんから逃げるように、私は教室に駆け込む。

 変な人だと思われたかも知れない。

 でも、喋れた。

 私の足取りは、いつもより、少しだけ軽い。



 二階に上がる階段は少しカーブしていて、大きなガラス窓の付いた壁際を通っている。東向きの窓からは、向かい側の工場がよく見えた。今はお昼過ぎ、反射光が階段を柔らかく照らしている。

 足音に振り返れば、いつもの人が階段を駆け上がってきていた。その人は、俺の隣に一つ席を空けて座る。きっと向こうも、いつもの人だと思っているだろう。

 俺はこの人を、こっそり「ソラさん」と呼んでいる。女性らしく、毎日色々な服を着てくるが、大体空色系だからだ。好きなんだろうか、やっぱり。

 俺はなかなか目立つ……もっと言えば近寄りがたい格好をよくしているが、ソラさんは構わず、毎日俺の隣に座る。結構、変わり者なのかも知れない。飛び抜けて美人でもないが、まあ、愛嬌のある顔とも言える。

 俺は欠伸をして、ヘッドホンを付ける。ソラさんが、チラッと俺を見た。俺は少しだけ驚いて、シャーペンを落とす。蒼いシャーペンは、ソラさんの足下まで転がっていった。

「あっ……」

 ソラさんが、体を屈めてシャーペンを拾う。そして、はい、と俺に差し出した。

「……どうも」

 嗚呼、黒でファッションは決めているのに、シャーペンは空色……変だよなぁ……

 俺は少し俯いて、隠すようにシャーペンを仕舞う。

「大事なものですか?」

 ソラさんが俺を見た。

「ああ」

 いやんな訳無い。シャーペンはシャーペンだ。でも、あんな行動をしてしまった手前、ちょっと恥ずかしくてそうは言えない。

 と言うか、ソラさん。大事なシャーペンって何だよ。卒業記念か?

 俺の小物類は、確かに全部空色系だけど……言えねぇよ、その理由なんか。

 俺はビジュアル系バンドのボーカルをやっているが、今は活動休止中だ。理由は俺がスランプだから。それで、メンバーの勧めで、気分転換に小物を総取っ替えしたりしたんだが、そしたら偶然空色系が集まった。メンバーで手分けした筈なのに。

 仲良いからなぁ俺らってメンバーは笑っていたが、全部押し付けられた俺の身にもなってくれ! 何だこの間抜けな理由。

 結局、免許を取る為にこの学校に通う間、俺はこの小物類を使うことになった。若干、スランプが長引いた気がする。

 ソラさんはそれ以上、何も言わないでベンチから立ち上がる。追及されなくて良かった、と、俺は内心溜息を吐いた。

「次の授業は?」

「学科の四番です、ソ……」

 そこまで言って、ソラさんは慌てて口を閉じる。

「そ?」

「あ、いえ、何でも……」

 ソラさんは逃げるように教室に入っていった。

 聞き返さなければ良かったかも知れない。折角喋れたのに、少し残念だ。

 ソラさんは俺と同じコースだった。順調にいけば卒業も同じ日だ。

 それまでに、もう少し話してみたい。

「………………」

 嗚呼、何だか良い曲が書けそうだ。卒業したらまず、詩を書こう。

 タイトルは―――「ソライロデイズ」、とかが良いか?



(了)

二人の「ソラさん」が、まだ無自覚のままで恋心を抱いて行く状況が描けたと思います。今後の二人の関係に想像を膨らませていただけたら幸いです。

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