秋といっしょにローティーンラブ
「ねえねえ、こーちゃん」
「……なんだよ」
私が話しかけると、彼は投げやりな視線を此方に向けた。
***
「秋は何だか、うきうきするね」
「寒いだけじゃねえ?」
「そんなことないよ。うーん、例えばねえ」
私は、ふと空を仰いだ。秋の空はあっけらかんとして高かった。並木道は赤と黄色と薄い黄緑で鮮やかに彩られている。その中に茶色も見え隠れしていて、吐いた息はちょっとだけ白かった。頬を撫でる風はもう冷たくなっていて、もうすぐ冬が来てしまうのだと思うと、今のカラフルな景色もどこか儚げで、余計に綺麗で美しいものに思えた。
「届きそうも無いぐらいに高い空とか、綺麗な紅葉とか、この音とか」
私はそう言って、その場で足踏みをした。
「この音すき」
しわしわの茶色になって落ちた枯葉を踏むと、くしゃくしゃと軽やかな音を立てながら簡単に粉々になった。
「あ、そーだ!」
私が声を上げると、彼は、うるさいと言わんばかりに手で自分の両耳を塞いだ。
「何だよ?」
「秋といえばスポーツの秋だよ! あそこまで競争しよ! それじゃあ、行くよ? よーい、ドン!」
そこまで一息で言えば、そのまま並木道をダッシュした。
「は? あ、おい! 危ねえって」
彼が後ろから追いかけてくる。蹴る度にかしゃかしゃと鳴る地面が面白くて、スピードを上げてみた。
けれど、枯葉が滑って、つるりと足が滑った。あ、やばい。そう思って目をぎゅ、と瞑ると、とすんと気の抜けた音がして、おそるおそる見上げると彼と目が合った。いつの間にか、ぐんと伸びた彼の背。私の肩を掴む手も骨骨して硬くって、私の体を受け止めている胸板だって、小学生の頃とは比べ物にならないくらい厚かった。ああ、男の人なんだなあって思った。
「気分浮つきすぎ。ちょっとは落ち着けよ」
「ん、ごめんね。ありがと」
ふふ、と小さく笑って、ゆっくり彼から離れると、彼は重いため息を一つ零した。
あ、怒らせちゃったかな。
私は心の中で後悔した。後先考えずに行動して、空回りして、彼を怒らせて、心の中で反省して、また失敗して、そのループ。小学生のときは全然気にならなかったのに、今は彼の一挙一動が気になってしまう。彼が大人びてしまったのと同じように、私の心はちょっとしたことで簡単に震えてしまうようになった。今だって、すごくどきどきしてる。
「べつに、怒ってねえからさ」
彼は私の心の中を見透かしたように、唇をすこし尖がらせてそう言った。こーちゃんはどうなんだろう。私のこと、どう思ってるんだろう。そう思って、ゆっくり、彼の顔を覗き込んでみた。
「何だよ。顔赤いぞ、お前」
怪訝そうに顔を顰める彼は、ちっとも緊張してないようで、彼の頬も秋風に当たって冷たく白かった。何だか気に食わない。どうやったら、彼も私と同じ気持ちになってくれるだろう。少しだけ考えてから、ふと顔を上げた。
「ねえ、気分が浮つくって書いて浮気でしょ?」
「ああ」
彼は、浅く顎を引いた。質問の意図はまだ分かってないらしい。
「それじゃあ、私、年中無休で浮気してるかも」
「は?」
彼は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにした。
「勿論こーちゃんだけにね、マイダーリン」
笑ってそう返すと、彼はさらに皺を深く刻んだ。彼は、ふ、と息を吐いて、温かい空気が私の頬を撫でた。みるみる頬が赤くなる彼の顔を見ながら、大成功、と心の中で呟いた。
「くっだらねえ。それが言いたかっただけだろ」
うん、と頷こうとしたのも束の間、手がぐい、と引かれて唇が彼の唇とぶつかった。
ファーストキスはレモンの味がするらしい。柑橘系の味は苦手だ、葡萄は好きなんだけど、なんて彼が言うものだから、最近では会う前に葡萄を一粒食べるのが日課になった。
ちょっとくっついて、すぐ離れてしまったファーストキスは、実際には、柔らかな感触と微かな体温を感じるだけで、味なんて何にもしなかったけど、胸にはモンブランを食べたときのような、ふんわりと柔らかな甘さが満ちていった。
***
「てゆー、初々しくて素敵なシチュエーションに憧れるから、とりあえず、秋の散歩に出かけよう! あ、その前に葡萄を食べなきゃあね」
「分かった。素敵な精神科の病院に連れてってやる」
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