オリンピック・中核競技
「まさか、これ程とは・・・IOC恐るべし」
「俺もテレビに向かって『それを外したらオリンピックじゃないだろう!』と、叫んでしまったよ」
場末のスナック・邦子で、付き出しのスナックを摘みながらビールを飲んでいるのは一連の騒動の元凶となった二人だった。
「あの団体、ロビー活動もインターネット対策も、やってなかったんだろうなあ・・・」
篠田がポツンと言った。
「他の競技団体は必死でやってたらしいが、誰もあの団体が外されるなんて思わないからな・・・。油断してたんだろう」
頬杖をつきながら、そう答えたのは篠田と高校時代からの悪友、黒木だった。
「アメリカは激怒して犯人捜しをしているらしいが、文句をいうならIOCに言ってもらいたいもんだ」
「そうだよな。俺達は冗談でやっただけだなんだから」
そう言いながら黒木が首をすくめた。
「犯人につながる情報には10万ドルの賞金が出る。なんてウワサもあるぜ」
不安そうな篠田の言葉に割って入ったのは煙草をふかしていた邦子ママだった。
「だったら私がもらっちゃおうかしら」
「俺達を売らないで欲しいもんだね」
黒木が失笑しながら、冗談とも本音ともつかないことを言った。
事の発端は数カ月前。
場所も同じスナック・邦子でスポーツ新聞を見ていた篠田が、『オリンピックで中核競技が変更される』という記事を見つけ、話題にしたことに始まる。
IOCは前回(2028年)の中核競技・選定会議で視聴率を重視したことで金権体質と批判されたことから、選定基準をインターネットによる人気投票に決めたというのだ。
しかも中間発表すら公表されない一発勝負で、候補は今までオリンピックに出た事が無い競技でも構わないとあった。
黒木はそこに目を付け、イタズラしてやろうと思いたったのだ。
「どうだろう。俺達で世界中に呼びかけ、超マイナーな競技をオリンピックに押し上げないか?」
「なるほど。それならこういうのはどうだろう」
という具合に事が運び、黒木がアメリカのスポーツサイトに書き込んだのだ。
「それが、爆発的に広がるとはなあ・・・」
篠田達が押し上げようと提案した競技が、世界中の冗談好きのブロガーによってリンクされ、瞬く間に巨大なムーブメントを巻き起こしたのだった。
「おかげで100m走が無くなるって言うんだからな」
「それどころか、陸上競技が無くなるという事は、マラソンも無いってことだろう」
「正確にリサーチすりゃ、陸上の人気が最低になる訳がないだろうが。インターネットは組織票さえ入れば、一発で上位に来る。ロンドンオリンピックの時も開会式で歌う歌手を人気投票にしたら欧米の歌手がまったく入らず、一位が初音ミク。二位以下がズラリと韓流だったことがあるよ」
「そういうのには理事会の連中、疎いんじゃないか」
「常識ってものもあるだろうに。それがIOCの目指すオリンピックかよ」
「こりゃあ俺達、世界中を敵にまわしたな」
「今朝のニュースじゃ、日本KB協会の会長が雲隠れしたそうよ。気の毒に、あらぬ疑いをかけられて憔悴しきってるみたい」
邦子ママが、全然気の毒そうじゃない表情で言った。
「世界KB協会は、男女混合、団体、個人、重量別等、急ピッチでIOCと協議を進めているそうだ」
「それにしても、俺達がやったこととはいえ、100m走やマラソンの代わりに入るのが・・・」
篠田が一気にビールを飲んだ。
「かくれんぼとはなあ・・・」
( おしまい )