第一話 朱雀島
「おぉい、着いたよぉ」
「十六にもなって船酔いするとは想わなかったなぁ」
私の瞳に、ぽつんと浮かぶ小さな島が映った。
島からはまだ距離はあるので島は点のようにしか見えないが、実際は結構大きい……らしい。実際に来るのは初めてだ。
島の名前は朱雀島。日本列島の太平洋側にある島で、世界地図では載っていないかもしれないという程の島。
もともと東京に住んでいた私……日向真宵がこの島に来ることになったのは、父が理由である。
東京の大手企業で働いていた父は、朱雀島の支部の社長に任命された。お父さんのことはよく知らないけれど、会社では何かと優秀らしく、それで本社から遠く離れた会社と連携をとるために社長に任命した……とお母さんが説明してくれた。
「なんだか、ここらへんの海の匂いはなんか違うなぁ」
段々島が大きくなってくる。船が島に近づいてきてるんだ。
まだ実感が湧かない。大都会で住んでいた私が、これからわけもわからない場所で住むことになるなんて。
海のせせらぎ。
カモメの鳴き声が季節感を味あわせる。
これから新しい生活が始まるんだと、私は想った。
正直、不安が募るけど、なぜか楽しいことが起こる気がした。
「ぐわぁ!」
「最近の喧嘩ってのは多対一が流行りなのか?」
大草原に倒れる無数の男たち。その中央に1人の男が立っていた。
夏にさしかかる季節。立っている男は口元の血をYシャツの袖でふき取った。
「やっぱ夏の服装はいいねぇ。シャツだけでいいんだから」
はだけた白いシャツはその島で唯一の高校の制服だった。本当はズボンの中にシャツを入れるのだが、その男はシャツを入れてなどいない。
傍からみれば、どうみてもその男はヤンキーだった。
「さ、学校行くっかな」
落ちていた学生鞄を拾い、男はそそくさとその場を後にした。
「へぇ、ここが私たちが住む家?」
荷物を入れた段ボール箱を次々と家に運んでいく。
島に到着した私と家族はさっそく家に向かった。一軒屋のその家はまだ真新しく、まだ誰も住んだことがないらしい。ということは、私たちが始めてこの家に住むというわけだ。
しかも運の良いことに、片方のお隣さんは(道路を挟んでだけど)良さそうな喫茶店があった。雰囲気も良いし、店内は広そうに見える。
「喫茶店かぁ……ちょっと行ってきたら?」
「え?」
お母さんが私に財布を渡してくれた。それは私の財布だった。
「準備だったら進めとくから。帰ってきたらそれぞれの部屋決めようね」
「うん、わかった。ありがとう!」
財布を受け取った私は、さっそく喫茶店に向かった。
「いらっしゃいませ」
やっぱり店内は広かった。この時間帯は人気が多いのか、お客さんがたくさんいる。私は空いているカウンター席に座った。
「あれ?もしかして本土のほうから来た?」
店の人なのだろう、若い女性が机ごしから話しかけてきた。
「あ、はい」
「じゃあ、紅茶サービスするね」
女性が微笑みかけると、彼女は後ろを振り返って棚からカップを取り出した。
「はい、どうぞ」
カウンターに紅茶が置かれる。
「いただきまぁす」
息を吹きかけながら、私は紅茶を一口すすった。
「おいしいです!」
「ありがとう!」
正直、紅茶は飲んだことないのでどういう味が美味しいのか分からなかった。だけど、彼女の淹れた紅茶は世界で一番おいしいような気がした。
そんな、紅茶の美味しさに酔いしれていた時だった。
「うぃーす」
乱暴にドアが開いたかと想うと、ガラの悪い男が入ってきた。どこかの学校の制服を着ている。おそらく高校生だろう。黒髪に黄土色の瞳のその少年の瞳は優しそうだったが、傍からどう見てもヤンキーだった。
「あ、おかえり、咲実」
「ただいま、姉ちゃん。まぁた喧嘩ふっかけられちまってよぉ。だからアップルティー頼むわ」
その少年は何食わぬ顔で私の隣に座る。
「え?姉ちゃん?」
私はきっと訳が分からないというような表情をしていることだろう。こんなヤンキーにしか見えない少年が、優しい女性を姉ちゃんと呼んだのだから仕方がない。
「あ、咲実。この子本土から引っ越してきたんだけど……あ、ごめん、お名前は?」
女性に問われてようやく私は我に帰った。あわてて名を名乗った。
「えっと……日向真宵です。えっと、十六です」
「真宵ちゃんかぁ、咲実と同じ年ね」
女性がまた微笑む。すると、隣の少年が手をさし伸ばしてきた。
「おっす。俺、倉科咲実。よろしく、日向」
「あ、よろしくお願いします」
私は倉科君の手を握り、上下に振った。
……握手したのって、いつ以来だろう。