4回表:“緒田茂憲”登場
今まで、名前だけ出てくる茂憲がやっと登場です。試合から一気に2年が経過してます。混乱したらスイマセン。
西田小学校との試合からほぼ2年が過ぎて、6年生だった中原麻夜たちは卒業をした。
5年生になった信護たちがいつも通りに練習をしていると、グラウンドに信護が見たことの無い子供が入ってきた。
「おっ!やっと来たか」
浅野がその子に近寄って言った。
「えぇ?この子と知り合いなんですか?」
信護が言う。
「ああ。知り合いもなにも信護が来る前のサードだ。。ずっと前に言った、ケガで入院してた緒田茂憲だよ。
これで今度からは茂憲にサードに入ってもらって、信護はピッチャーだけに専念してもらう」
「そんなことより、茂憲は今日から大丈夫なのか?」
浅野が急に話題を変えた。
「監督がしていいなら出来ますけど……。医者も完璧に治ったって言ってますし」
「じゃあ、少しだけ打っていけ」
浅野はどこからかバットとボールを出して言った。
「オイ。信護が相手してやれ」
浅野は信護にボールを渡して、茂憲と一緒にバッターボックスへ向かった。
「じゃあ、この前の学校みたいにしてやる」
信護は茂憲を挑発するように言った。
少し前の試合で信護はアウトを全て三振で打ち取っていた。
「ん?良く分からないけど、やってみな」
茂憲は信護の挑発を軽く流した。
ガキーン
1球目ファール
ガキーン
2球目は3塁線へ特大ファールだった。
「もうツーストライクだぞ。あと1球!」
信護が今までにない位に力を込めた直球を投げた。
ガキーン
それからは特大ファールが10球以上も続いた。
「ハァハァ……もう……いいだろ……三振しちまえよ」
信護は肩で息をしている。一方、茂憲は涼しい顔をしてファールを連発する。
『そろそろだな』
浅野がそう思った直後に茂憲のバットを持つ手に力が入る。
カキーーン
ボールはグラウンドの周りに張ってあるネットを超えていった。
信護は口をポカーンと開けてボールの行方を見ていた。
「マジかよ……」
「ああ。マジだな」
茂憲が苦笑いしながら言う。
「…………」
「オイオイこれ位で野球をやる気無くすなよ」
浅野が信護の肩に手を軽く乗せると突然、信護が立ち上がった。
「ヨッシャ!もう1回だ!」
「「「は?」」」
浅野と茂憲といつの間にか出来ていたギャラリーは、声を合わせて信護のポジティブさにびっくりしている。
「いやいや、だからもう1回勝負だよ。ほら、バッターボックスに立てよ。次こそ本気だせよ!出さねえと死ぬまで呪ってやるからな」
茂憲は仕方なくバッターボックスに入る。
「ていうか、本気出してないのが分かってたのかよ……。しょうがねぇなぁ」
1球目と2球目はさっきと一緒だった。
だが、3球目もさっきと一緒だった。信護の表情を除いて――。その状況で、信護は笑っていたのだ。
そして、信護が4球目を投げると、茂憲は今までと同じタイミングでバットを振った。
信護以外の全員がバットに当たってホームランだと確信していた。
ズバァン!!
だが、茂憲は振り遅れてバランスを崩して倒れた。
ボールはバットに当たらずに、キャッチャーミットに収まっていた。三振したのだ。
「マジかよ……。そんなの有りかよ。球速がまだ上がるなんて――」
「ふふっ、切り札は最後までとっておかなきゃね」
その後のグラウンドは信護と茂憲の勝負の話しで持ちきりだった。
「――信護の最後の球は凄かったなぁ」
と誰かが言うと話しは止まらなかった。
「だよねー。それに、最後のセリフもカッコ良かったし」
「そうそう、“切り札は最後までとっておかなきゃね”だって。僕、マジで鳥肌が立ったもん」
そこで、顔を真っ赤にした信護が話を止めさせようとする。
「うわー!恥ずかしいから止めて!あのセリフ言った後に、自分でも後悔してるんだから」
「えーっ、じゃあ別の話題ね。あっ、それに茂憲の三振も見事だったよね!」
和希は懲りずに、先ほどの勝負を話す。
「うん、あれ以上の三振は無いっていう位の見事な三振だったなぁ」
茂憲も話を止めさせようと、真っ赤になりながら、間に入る。
「その話も止めてよ!っていうか、もう勝負の話は禁止!もう信護、あっちでキャッチボールしよ」
茂憲は信護を連れてグラウンドの端に走っていった。