3回表:試合直前
信護の初めての練習が終わった後、浅野は突然思いついたように言った。
「今度の土曜日に試合があるから、今週は毎日練習だぞ」
「「ええー。そんなの一言も聞いてねぇよ!」」
中原兄弟が見事に同じタイミングで文句を言った。
「ああ、全く言ってないからな。何か都合が悪いのか?」
「「別に何も無いですよ。ただなんとなく言いたかっただけです」」
中原兄弟はまたしても一緒に言った。
「ならいい。それと相手は西田小学校だから、気を引き締めて行くぞ!」
「またですか?この前の試合は茂憲以外全く打てなかったんですよ?今回はその茂憲がいないし……」
メガネの雅宏が自信が無さそうに言う。
「打てないと思うから打てないんだ。打てなくても多分大丈夫だ。信護っていう秘密兵器がいるからな」
「西田小学校ってそんなに強いの?」
信護が和希に質問する。
「うん強いよ。っていうか強いってもんじゃない。あれはバケモノの集まりだよ」
信護と和希が話している間に、浅野の話は終わっていた。
「じゃあ、土曜日は頑張れよ。信護!期待しているからな!」
浅野はそう言って帰っていった。
翌日のグラウンドには信護が投げたボールがキャッチャーの剛士のミットに入る時の音がよく響いている。
「信護、あと一球で終わろう」
剛士がボールを信護に投げながら言うと浅野が2人の所にやってきた。
「ちょっと待った!まだ信護の球速計ってないから、スピードガンでついでに計るぞ」
「そうですね。多分130キロ位出てると思いますけど、まあやってみましょう」
「早くしようよ!計りたいんだけど」
信護が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねながら言った。
「分かったから、落ち着け」
そう言って剛士はしゃがんでミットを構えた。そして、信護は高鳴りを抑え、渾身の一球を投げた。
ズバァン!!!
今日一番のいい音がした。グラウンドはどよめきが起こった。
「おぉー!126キロだ。なかなかだなー」
横からスピードガンを見ていた早崎昌也が言った。
「まあこれなら土曜日も大丈夫だな」
浅野がウンウンと頷きながら言う。
「もう練習終わっていいよ。あっちで和希が待ってた」
「あ、はい。お疲れ様でした」
信護は昌也に言われて、帰る準備をし始めた。
「遅〜い!20分も待ったよ」
信護がグラウンドの外で待っていた和希に近づいた時、和希が言った。
「ごめん、球速計ってたから」
信護は手を合わせて謝った。
この2人はかなり気が合い、その上、家も結構近かったため一緒に帰っていた。
「まあいいけど……。何キロだった?」
「170キロ」
「マジ?世界最速じゃん。ってんなワケあるか―!」
信護が冗談を言うと、テンポよく和希がノリツッコミした。
「確か、126キロだったと思う」
「ほお〜、結構速いですな〜」
「でも、早崎さんは何キロ出るの?」
信護が尋ねると、和希は考えるように、アゴに手を当てながら答えた。
「んーと、5月に計った時に、120キロだったかなー」
「へぇ〜」
和希が言った直後、信護が気の抜けた返事をした。
「それより、土曜日頑張れよ。監督にかなり期待されてるから。あっ、もう家だ、じゃあね」
和希は手を振りながら家に入っていった。
「じゃあねー。まぁそれなりにガンバるよ」
そして、土曜日になり信護はあまり緊張せずに和希とグラウンドへ向かった。