2回裏:チームの一員
練習は信護の紹介で始まった。
「えー、今日からウチのチームに入る神野信護君だ。最初は何も分からないだろうから、みんなが教えてあげるようにな。」
「神野信護です。宜しく。」
信護は軽くお辞儀をする。
「知ってるよ。日曜にまーくんと勝負してた子でしょ?」
チームで一番小さな矢野和希が言った。まーくんと言うのは昌也のようだ。
「あー、やっぱり知ってたか。勝負には負けたけど結構いいスイングだったんだぞ」
「あっ、そういえば信護って、ポジションどこをするんですか?」
今度はガッシリとした体型でいかにもキャッチャーの中原麻夜が言った。
「ピッチャーも捨てがたいが、サードをさせようと思う」
「えぇ?サードは茂憲がいるじゃん!」
矢野和希が甲高い声で叫んだ。
「そこの小さいの、煩いぞ」
中原麻夜が耳を塞ぎながら、厳しく言った。
「でも!茂憲が……」
和希は最初は声を張り上げていたが、周りの6年生に睨まれているのに気付いたら、どんどん声が小さくなっていった。
「ゴメンな。こいつめっちゃ煩くて。足は速いんだけどな」
優しそうな人が和希の頭をポンと叩きながら言った。
「足だけじゃないよ、守備も自信があるもん!」
和希は頬を膨らませた。
「はいはい、そうでしたね」
優しそうな人は軽く聞き流した。 「そういえば、みんな自己紹介をした方がいいんじゃないか?」
「そうだな。じゃあ、俺から。中原麻夜だ。守備位置はキャッチャーで、6年だ。キャプテンだから宜しくな」
「俺は中原麻夜の弟の剛士。兄貴と同じキャッチャーで3年だよ」
剛士は麻夜とは違って、体の線は細いがプロテクターを付けているからか、痩せているという印象は無い。
「次、僕ね。セカンドの矢野和希です。一番守備が上手いから守備については僕に聞いてね」
「いやいや、一番上手いって言われてるのは、オレだろう。」
背が高いメガネを掛けているガリ勉っぽい人が言った。
「………」
信護はみんなのテンションの高さに圧倒されていて黙って見ている。
和希は信護の様子に気付いた様だ。
「あーあ。ほら、田中さんが名前を言わないから、信護が戸惑ってるじゃん」
「えっ?あっ、そういやそうだ。オレの名前は田中雅宏でショートをやっている6年だ。そして、守備が一番上手いのはオレだ!」
雅宏はセリフの最後の部分を強調して言った。
「はい、もうコントはいいから。僕はセンターの相川詩緒って言うんだ。宜しくね。名前は詩緒だけど男だから、そこん所も宜しく」
「へぇ本当女の子みたいな名前だな」
信護は思ったまま言った。
だが、周りは真っ青になっている。
「うわ〜、言っちゃったよ」
と誰かが呟いた。
信護はとてつもなく嫌な予感がした。直後、詩緒が居たはずの場所を見た。
「あれ?」
詩緒はいなかった。実際は居たのだが。別の場所に……
「どこ行ったの?」
信護が一番近くにいた和希に訊ねると、和希はグラウンドの端を指差した。
「どうせ…………だよ……」
詩緒は和希が指差した先でブツブツ言いながら、地面に8の字を書いていた。
すると、麻夜の弟の剛士が口を開いた。
「気にするな。女の子みたいって言われたら、いつもああなるんだ」
「さっき和希が言ってた茂憲ってのは、サードでバッティングがすごいんだが……」
自称守備が上手い雅宏が言った。
「どうしたんですか?」
「ケガで入院してる」
信護が訊ねると雅宏が短く答えた。
「俺なんかがそこに入っていいんですか?」
信護は遠慮がちに言った。
「いいんだよ。信護は恐らくだか、バッティングがいい。」
浅野が言った。その後も褒め過ぎなくらいの言葉を続ける。
「茂憲も上手いが、茂憲に匹敵する位上手いと思う。それに、肩に関しては、茂憲より強いからなぁ」
「でも、茂憲が帰って来たらどうするんですか?」
剛士が皆の疑問を聞く。
「ピッチャーをしてもらう。試合では、最初にサードで、昌也の次に投げてもらいたい」
『浅野は、無謀とは思わないのだろうか』と、誰もが思った。 皆が言葉を失っていると、信護が誰も予想がつかないことを言った。
「俺って、2つのポジションしていいんだよね。それって結構面白そうな気がする」
浅野は、皆が返事をしないから戸惑っていたが、信護がそう言うと、とても嬉そうに、
「だろ?信護ならそう言うと思っていたんだよ!」
「ってうわっ!もう自己紹介だけで1時間過ぎてるよ。皆、早く練習を始めるぞ!」
浅野が腕時計を見ながら言った。
浅野が言うと皆自分の守備位置に散っていった。