1回裏:飛び出せ、若人!
「ここが昨日言ったクラブチームの練習場だ!」
勇が車を運転しながら言った。
「うん……」
信護の返事は弱かった。
「どうした?緊張したのか?さっき道具を買った時は、あんなに元気だったのに」
そう、信護は道具を買った時は今までにない位のハイテンションだった。
「うん……」
まだ信護の返事は弱い。
「はぁ〜、何がそんなに不安なんだ?おっと、ほら着いたぞ。ちょっと父さんは先に行くぞ。監督に話があるからな」
そう言って勇は小走りで監督の所へ行った。
信護はゆっくり車から降りると、重い足取りで何人も練習をしているグラウンドに向かった。
グラウンドには、信護と同じ位の年頃の子ども達が楽しそうにボールを追いかけていた。
信護はさっきまでの緊張を忘れたのか、バックネットにへばりつき見ていた。
その頃、勇は旧友で監督の浅野忠信と再会を喜び合っていた。
「神野、久し振りだな。大学以来だから、9年振りだったか?どうしたいきなり?」
浅野はびっくりした様子で言った。
「ああ、俺の息子が、野球をやりたいって言ったんだ。それでお前がこのチームで監督をしているって聞いてたから」
「どうせ神野が無理やりキャッチボールさせて、ベタ褒めしたんだろう」
「いった〜、相変わらず痛い所を突いてくる、でもよくわかったな。」
勇はオーバーに胸を押さえた。
「ふん、俺ん時もそうだったからな」
「えっ、そうだったっけ?…ってそんなことより、俺の息子を入れてくれ!才能はあると思うから」
「ああ、いいけど、ちょっと実力を見るから。どこにいるんた?」
浅野と勇はキョロキョロと信護を探した。
「ん?もしかしてあのバックネットの所にいる子か?」
「そうだ。」
「名前は?」
ぶっきらぼうに浅野は言った。
「は?勇だよ。知ってるだろう」
「わはははは、違う違う。お前じゃない。あの子だよ。お前の天然は9年経っても治ってないのか」
「あっ、信護だよ。もう、そんなに笑わなくてもいいだろ」
「スマンスマン、ついな」
そう言うと浅野は信護の近くへ行った。
「うわぁー、楽しそうだなぁ。俺もしたいな。」
浅野が近づいてきたのも気づかずに、信護はじーっとグラウンドの子ども達を見ていた。
「そんなに野球がしたいなら、私のチームに入ればいい」
「うわっ!びっくりした〜。おじさん誰?」
信護はビクッとして後ろを向いた。
「私はこの子達の監督の浅野忠信だよ。もう一度聞くが、野球がしたいのかね?」
「うん!」
信護は即答した。
「じゃあ、野球は好きかね?」
「うーんと、まだわかんない」
「ほう、ならウチのチームで野球をすれば、きっと好きになる。君は合格だ!」
浅野は信護に目線を合わせて笑顔で言った。
すると、突然浅野の後ろから勇の声がした
「なんだ。そんなのかよ。俺はてっきり信護の野球の実力を見るかと思ったよ」
「あっ、父さん!遅いなぁ。待ちくたびれたよ」
「ゴメンな。このおじさんと話してたんだ。でも良かったな、チームに入れて」
勇は信護の頭を撫でる。
「うん!」
「そうだ。道具はあるかい?」
浅野も笑顔で信護の頭を撫でながら言った。
「うん!車の中にあるよ。さっき買って来たんだ。」
信護は自慢げに言って車に取りに行った。
数分後、信護は走って戻ってきた。
「はい、取って来たよ。あっ、もしかして練習するの?」
「いや、今日は少し見るだけだよ。よし、グローブ付けてグラウンドに来て」
浅野はやる気満々らしく、ポンポンとグローブを叩きながらグラウンドに向かった。
「よーし!ガンバるぞぉ!」
信護も真似をしてグローブを叩きながら浅野の後を追った。