第1話 神の国の裏路地
「……穢れている」
東京、秋葉原の片隅にある雑居ビルの一室。遮光カーテンで完全に光を遮られた薄暗い空間で、ディスプレイの放つ青白い光が彼女の横顔を妖しく照らし出していた。
イザナミ。年齢は20歳前後。オーバーサイズの黒いパーカーを羽織っている。ダボついた袖から覗く華奢な手首や、時折覗く白い太ももは少女のような「可愛さ」を残しているが、キーボードを叩くその切れ長の瞳には、他者を寄せ付けない冷徹な「格好良さ」が宿っていた。
彼女は、現代の日本に絶望し、同時に狂信していた。
大東亜戦争の敗北以来、この国はアメリカの属国となり、今や世界の吹き溜まりのように外国人が流入している。固有の文化は破壊され、不法滞在者が我が物顔で治安を脅かす。
「八百万の神々が宿るこの瑞穂の国を、これ以上泥足で汚させるわけにはいかない」
イザナミにとって、絶対の存在は「天皇陛下」ただお一人。陛下を神として崇め、その臣民たる日本人が統治する純粋な国を取り戻すこと――それが彼女の生きる目的であり、そのために天才的なハッキング技術を磨き上げてきた。
画面に映し出されているのは、近年、首都圏近郊の廃工場を不法に占拠し、急速に勢力を拡大している新興の異教徒グループの内部ネットワークだった。彼らは「弱者救済」を謳う宗教団体を隠れ蓑にしているが、その実態は密入国を組織化し、偽造在留カードを密売する犯罪組織である。
「まずは、足元から大掃除といこうか」
彼女の指先が、まるでピアノの鍵盤を叩くように滑らかに、そして超高速でタイピングを開始する。
ファイアウォールを紙切れのように切り裂き、組織の 秘密サーバーへと深く潜入していく。
作業に没頭するうち、部屋の温度が上がってきたのか、イザナミはふう、と熱い息を漏らした。
「……暑いな」
パーカーのジッパーをみぞおちのあたりまで引き下げる。
中には白のキャミソール一枚しか着ておらず、豊かな胸の谷間と、汗ばんだ鎖骨が露わになった。タイピングの振動に合わせて、その柔らかな果実がかすかに揺れる。無防備で扇情的な姿だが、彼女の意識は完全に電脳空間の中にあった。
「見つけた。教団の資金洗浄マネーロンダリング用口座、それから密入国ルートの全データ」
その時、画面に「侵入者検知」の赤い警告が点滅した。
相手側にも、それなりの腕を持つお抱えのシステムエンジニアがいるらしい。急激な逆探知のパケットがイザナミのIPアドレスを特定しようと迫ってくる。
「ふん、不法滞在の犯罪者が、神の領域に触れられると思った?」
イザナミの唇が、不敵な笑みの形に歪む。その表情はゾク言するほど美しい。
彼女はわざと自身のダミーサーバーに相手を引き込み、そこから強力なロジックボムを逆コンパイルして送り返した。
数秒の後、相手の防衛システムは完全に沈黙。それどころか、教団本部のすべての電子ロック、監視カメラ、そして通信回線がイザナミの統制下に置かれた。
「まずは挨拶代わりに、お役所にプレゼントだね」
イザナミは、教団が抱える数百人分の不法滞在者リストと、偽造在留カードの製造拠点の位置データを、入国管理局と公安警察の特設窓口へ、出所を完全に偽装して一斉送信した。
画面の向こうで、パトカーのサイレンが鳴り響く光景が、乗っ取った監視カメラ越しに見える。
慌てふためく異教徒たちの姿を見下ろしながら、イザナミは火照った身体を椅子の背もたれに預け、小さく舌を出した。
「日本の警察も、これだけお膳立てしてあげれば動けるでしょ?」
しかし、これはまだ前哨戦に過ぎない。この犯罪組織の背後には、日本を精神的に侵食しようと企む、不気味な「教祖」の存在があることを、イザナミはまだ知らなかった。




