雨のあと
雨上がりの歩道に、空の欠片のような水たまりが散らばり、
まだかすかに息をしている。
思考がふと緩んだ瞬間、足先が境界を踏み越えた。
水が弾け、革靴の側面を濡らす。
ひやりとした感触は、なぜか不快ではなかった。
まあ、いいか。
その言葉は声にならず、霧のように胸の内に広がっていく。
右手には折りたたまれた傘。
ついさっきまで、雨と私とを隔てていた小さな結界。
今は役目を終え、湿り気と重さだけを残した遺物のように、腕からぶら下がっている。
必要だったものが、必要でなくなる瞬間。
その移り変わりは容赦がなく、私はいつも半拍ほど遅れて、
現実に追いつく。
水たまりを覗き込む。
雲はまだ居座っているが、光は迷いながらも隙間からこぼれ落ちている。
完全な晴れではない。
けれど、もう雨は落ちてこない。
濡れる理由は、どこにも見当たらなかった。
それでも私は、傘を握ったままだ。
水たまりを一つ越えるたび、
自分が「もう必要のないもの」を大切に抱えていることを知る。
終わった役割。
行き場を失った関係。
誰にも届かなくなった感情や、言葉。
捨てる理由なら、とうに揃っていた。
駅に迎つく頃、靴底にはまだ微かな湿り気が残っている。
駅には、置き去りにされた傘が数本、肩を寄せるようにもたれかかっていた。
立ち止まり、私はそれらを見つめる。
深く息を吸い、歩き出す。
改札を抜けると、両手は軽く、胸の奥に引っかかっていた重さが消えていた。
振り返らずにホームに進む。
置いてきたものが何だったのか、もう名前をつける必要もない気がした。
見上げた空は、言い訳をするのをやめたように、
そして確かに、ほんの少しだけ明るくなっていた。




