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雨のあと

作者: 冬ノ
掲載日:2026/04/08

雨上がりの歩道に、空の欠片のような水たまりが散らばり、

まだかすかに息をしている。

思考がふと緩んだ瞬間、足先が境界を踏み越えた。

水が弾け、革靴の側面を濡らす。

ひやりとした感触は、なぜか不快ではなかった。

まあ、いいか。

その言葉は声にならず、霧のように胸の内に広がっていく。

右手には折りたたまれた傘。

ついさっきまで、雨と私とを隔てていた小さな結界。

今は役目を終え、湿り気と重さだけを残した遺物のように、腕からぶら下がっている。

必要だったものが、必要でなくなる瞬間。

その移り変わりは容赦がなく、私はいつも半拍ほど遅れて、

現実に追いつく。

水たまりを覗き込む。

雲はまだ居座っているが、光は迷いながらも隙間からこぼれ落ちている。

完全な晴れではない。

けれど、もう雨は落ちてこない。

濡れる理由は、どこにも見当たらなかった。

それでも私は、傘を握ったままだ。

水たまりを一つ越えるたび、

自分が「もう必要のないもの」を大切に抱えていることを知る。

終わった役割。

行き場を失った関係。

誰にも届かなくなった感情や、言葉。

捨てる理由なら、とうに揃っていた。

駅に迎つく頃、靴底にはまだ微かな湿り気が残っている。

駅には、置き去りにされた傘が数本、肩を寄せるようにもたれかかっていた。

立ち止まり、私はそれらを見つめる。

深く息を吸い、歩き出す。

改札を抜けると、両手は軽く、胸の奥に引っかかっていた重さが消えていた。


振り返らずにホームに進む。

置いてきたものが何だったのか、もう名前をつける必要もない気がした。


見上げた空は、言い訳をするのをやめたように、

そして確かに、ほんの少しだけ明るくなっていた。

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