9話『予想外』
旅の始まりは不安が多かったけれど、旅路自体は拍子抜けするくらいに順調だった。
勇者一行のおこぼれにあずかるべく、同時に出発した商人たちが大きな商隊を形成しており、エミーのように徒歩で移動する商人やその護衛などもいるため、馬車も思うように進めないようだった。
隊列が大きくなれば、それだけ同調圧力も強くなり、他者の荷物を当てにしてみたり夜間に盗みを働く者が少しずつ
問題として表面化し始めた。
勇者一行の同行者を襲う山賊などいないだろうと、勝手な期待を抱き勢いだけで出発した準備不足な者たちの間で不穏な空気が漂いだしたのだ。
もちろんいつも通り、この状態に甘えずに単独で渡って行けるように護衛も準備も済ませていた商隊に大きな被害は出ていない。
むしろ少しずつ隊列が伸びて少しずつ離脱し始めた。
それはそうだろう、勇者一行は元々が貴族の子息令嬢で、追従の護衛として自らの生家お抱えの騎士団と大量に持ってきた荷駄を消費して進む彼らは、小川を探して飲み水を確保する必要すらないのだから同じ速度で進めるはずがないのだ。
初めの二日くらいはなんとか一緒に進めていたけれど、街道の分岐でもめ始めた。
「わしらはここから勇者一行と別れるぞ」
この有象無象のひしめく大隊の中でも一番大きな商隊が離脱を告げた。
被害は受けないものの、このまま無法者と一緒に進むのを良しとしなかったようだ。
これに同調するように自力で商隊を進められる実力がある商人たちも、次々と本来向かう予定だった街へと向かうために離れていく。
この流れに焦り始めたのは、水場となる川などがどこにあるのかすらわからない個人の行商達が焦りだした。
その中でもこれ以上勇者一行に付いていくのは無理だと懸命な判断をできたものは、自分の知識不足を認めて頭を下げて大きな商隊に保護を求めた。
「嬢ちゃんはどうするつもりなんだい?」
そう声をかけてくれたのは、自分の娘と歳が近いエミーを気にかけてくれていたミランダ商会の商隊のハウンドさんだった。
この大隊の中で女一人で旅をするエミーは、質の悪い一部の行商人たちに悪い意味で目をつけられていたらしい。
「ハウンドさん……悩んでいます……私の目的地は勇者様一行の目的地にあるんです、でも……なんとなくですけど、あちらの一団に混ざるのはいけない気がします」
独立商隊に頭を下げることもできず、自力で判断のできない勇者一行に付いていく判断をした個人の行商人たちに視線を向けた。
「ここ数日勇者一行の行動を見てきたが、小さな村に寄ることもなく後続の商人たちに配慮するつもりはなさそうだ。従者のひとりから聞いたが魔王を倒す旅らしいが魔王がどこにいるかも把握できていないらしい」
「ええええ」
「実はな、この一団はこのまま辺境伯領まで最低限の休憩のみを取りながら強行軍で進むらしい……」
「補給せずに?」
「だろうな……」
勇者一行に付いていけばレオに繋がっていると思っていたけれど、どうやら自分で認識していたよりも遥かに世間知らずだったことを思い知る。
「ハウンドさん、お願いがあります。 私は魔王を追っています。 でも旅をして生き延びる方法がわかりません……」
見返りもなしに貴重な知識を教えてもらおうなんて虫がいいのはわかっている。
「家事も育児も教えていただければ一生懸命働きます! ご同行させていただけませんか?」
深く頭を下げて懇願する。護衛を雇う財力も、ひとりで旅をできるだけの知識や経験すらないエミーに現状できるのは誠心誠意懇願することだけだから。
わしわしと固くなったハウンドの手がエミーの髪をかき混ぜる勢いで頭を撫でた。
「もちろんだ!」




