8話『旅立ち』
走ったせいで息が上がり苦しいけれど、勇者一行が正門に着いたのならもうあまり時間がない。
いくら珍スキルの中で暮らせるとしても、レオに会うためにはレオのいる場所まで旅をしなければならないからだ。
護衛を雇おうにも孤児院出身のエミーに何日かかるかわからない旅路に個人で護衛を雇うほどの路銀はない。
「すいません、この毛布ください」
「はいよ」
「すいません、中古の農具と野菜の種ありますか?」
「あるわよ、どれくらい必要なの?」
いつもなら値切ったり、数件店をはしごして見比べて購入するところなんだけど、今はその時間すら惜しい。
この後食料の買い出しやマイルームで必要になりそうなものを思いつくだけ予算が許す限り買い込んだ。
人気がない場所で荷物を次々とマイルームの扉の中に放り込む。
時間の余裕があればきちんと片付けたいところだけれど、今はその時間さえ惜しい。
勇者一行を見るために集まった人ごみをすり抜けて必死に走る。
エミーの同年代の少女よりも一回り小柄な身体でちょろちょろと器用に動くもんだから、レオにお前はネズミか?!と言われたことを思い出す。
急いで正門に戻った時には、すでに勇者一行の姿はなく追従の商人が数組残っているばかりだった。
置いて行かれてしまえば、戦闘系のジョブスキルを持っていないエミーでは、魔物がいる旅路を行くことは困難を極める。
すぐに門を出る商人の列に並ぶ。
外から街に入るのは厳しい身元確認があるが、出ていく者はわりとすんなり外へと出ることができた。
きっと沢山いる商人の連れだと判断されたのかもしれない、普通成人したばかりの女が一人で街を離れるなど考えもしないよね。
魔物の侵入を阻む重厚な正門をくぐり、さんさんと降り注ぐ太陽に目がくらむ。
遮るものがない風が外壁を伝いエミーの身体に突風として吹き付けた。
空気が全く違う……新鮮な空気と人のものではない生き物の気配がひしひしと身に染みる。
ここは残酷で安全な街とは違うと思い知らされるようだった。
怖気づきそうな心を鼓舞して前を行く商人たちからはぐれないように足を踏み出す。
後ろは振り返らずに、足を動かす。
またこの街に戻ってこれるかなんてわからない……少なくともこの先立ち寄る幾多の街や村、国すら短期滞在することがあったとしても定住することはないだろう。
全てを捨ててどこにいるかもしれない男を捜すために自分の人生をかけて旅立とうってんだから馬鹿な女に見えるかもしれない。
勇者一行が向かう先には魔王がいるはずだから……。




