5 夢
その晩、俺は夢を見た。
もっとも、転生して以来、ずっと見ているから日課と言えなくもないのだが。
見るのは、決まって悲しい夢だ。
砲弾でも食らったみたいに胸に風穴があいていて、そこを風が吹き抜けていくたびに虚しさを感じさせられる。
喪失感で吐き気がしてくる。
俺は何もかも失ったのだ。
そんな気分にさせられる。
でも、これは、俺の夢であって俺の夢ではない。
真っ白な牛乳を濁らせている真っ黒なコーヒーが見る夢だ。
「また泣いてんのか、お前」
俺は胸の穴に問いかけた。
「また、だと? 俺は泣いてなどいない」
俺の口が勝手に動いて、俺じゃない声でそう言った。
それは、俺の中に宿る英霊の声だった。
模倣の英霊――。
世界に存在するすべての技を手中に収め、当代最強と謳われた大英雄。
名前は知らん。
もしかしたら、ないのかもしれない。
「ある。だが、もはや誰も憶えてなどいまい。俺は何も遺せなかった。人知れず朽ち果てた空虚な人形だ」
「ああそう。もうわかったから、夜な夜な俺の夢に出ないでくれるか? 枕元でめそめそしやがって。幽霊か、お前は」
いや、英霊だから幽霊か。
あなたは猿ですか? とチンパンジーに訊くくらいアホな質問だった。
「そうだ。俺はただの一匹の猿だった」
「おい、俺の思考を読むな」
「俺は本物になれなかった。すべて猿真似にすぎない。自分で勝ち取ったものなど何一つとしてない。ずっと誰かの真似を続け、人間になったつもりでいた、哀れな猿だ」
そうかよ。
じゃあ、森に帰れ。
バナナやるから。
「お前もだ、マヤト。いずれ俺になる」
胸の中で冷笑が響いた。
俺、今、猿に笑われたのか?
胸糞悪いな。
「《真影を映す魔眼》……。これだ。俺からすべてを奪ったのは。俺が模倣によって得たすべてに贋作の烙印を押し、砂城のように消し崩した、あの眼……」
胸の穴の声には怨敵を呪殺せんとするような呪わしい響きがあった。
着飾った身ぐるみを剥がし、真実の姿を暴き出す魔眼か。
その眼でひと睨みされたが最期、盗み取った宝物はすべて押収されてしまう。
で、がらんどうになった盗品蔵の主は塞ぎ込んで泣いているわけだ。
ご立派な英霊だことで。
「まるで、他人事だな。マヤト、お前など塵ひとつ残らず消し飛ばされるぞ? お前はその出生自体がまがい物なのだからな」
「俺の記憶を覗くな。変態猿」
「まがい物として生まれ、まがい物にふさわしい名前をつけられた生来のまがい物――マヤト。お前は俺をも越えた本物の偽物だ」
「うっせ」
「偽物はどんなに積み重ねても偽物なのだ。世界最強? 笑わせる。ゆめ忘れるでないぞ。お前が勝ち得たものは張りぼてでしかないということを。せいぜい、あの眼の持ち主に睨まれぬよう虫のようにコソコソ過ごすのだな」
高笑いが虚しく響いた。
そこに漂う小物臭……。
俺に宿った英霊は本当にしょうもない奴だ。
だがまあ、忠告には真摯に向き合おう。
世界最強の座に登り詰めた男からひと睨みですべてを奪った魔眼。
模倣により積み重ねたものを完全に初期化する恐るべき天敵の存在。
俺にとって致命的なまでの弱点だ。
目つきがヤバい奴に会ったら、片っ端からぶっ殺すくらいの気構えでいよう。
高校生相手にくだを巻くダメ人間にだけはなりたくないからな。
目を開けると、クルリーヌの顔が目の前に見えた。
知性の欠片も感じさせないくるくるぱーみたいな寝顔だ。
のんきによだれを垂らしている。
こんなのでもツラはいい。
胸もでかい。
締まりもいいし、鳴き声もいい。
毎晩欠かさず夜這いに来る点も大変評価が高い。
だが、どうして、お前は夢の中には現れないんだ?
惨めなおっさんの泣き言を聞かされるくらいなら、俺はお前のキャンキャンうるさい喘ぎ声を聞いていたいよ。
鼻をつまみ、頬を押し潰す。
髪の毛を引っ張ってみるが、……一向に起きない。
なんも考えていない幸せそうな寝顔だ。
羨ましいこって。
◇
「ここにいたか、マネキ・マヤト! 貴様のサボり癖の悪さ、気づかぬ私と思うな!」
ある日。
存在感を限りなくゼロにして芝の上で日向ぼっこをしていた俺に、そんな怒声が叩きつけられた。
巨躯の男が鬼みたいな顔で見下ろしている。
鬼教官ことオンドリル中佐だ。
《存在隠匿/ハイデン》は便利なスキルだ。
だが、万能ではない。
手品と同じで何度もやればタネがバレる。
次からはサボり方を工夫しないとな。
「今日という今日はゆるさん! そのヒン曲がった腐れ根性、叩き直してくれるわ!」
そう言って、木剣で芝生をぶちのめすオンドリル。
「来い! 私が直々にしつけてくれる! 貴様のようなクズ人間でも徹底的に叩きのめせば少しはマシな犬になるだろう!」
人間のクズより犬のほうがマシってさ。
その点は、完全に同意だ。
しかし、
「角を矯めて牛を殺すという言葉もあるぞ。曲がった奴は曲がったまま放っておけばいいんじゃないか? そのほうが、あんたも楽だろうに」
「その小生意気なところがまた気に食わん! 私の気がすむまでブン殴ってくれる! こういうのを貴様らの世界ではサンドバッグというのだろう! ならば、私はサンドバッグ・フォン・オンドリル中佐だ!」
いや、意味がわからん。
ノリと勢いでなんとなく話すな。
「さっさと、ついてこんかッ! この腐れ駄犬めが!」
そんな感じで、俺は軍事演習場に連行された。
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