42 銀の硬貨
「つまりね? 私たちは潔白なのよ! 正当防衛なの! ユーギ君は勇者ではなかったし、きっとヒジリベさんも聖女ではないのよ。きっとそうだわ!
あの国王もおかしいわよ! 未成年者略取よ! 異世界への逮捕・監禁致死傷罪だわ! これは、過去に類を見ない組織的凶悪犯罪なのよ!」
カザネが出奔組を前に持論と潔白を訴えている。
その間、俺はクナシリのスマホを充電していた。
近距離無線通信でさっき撮ったスズシの自供動画を送信する。
とうのスズシは麻痺ったまま手足を縛られ、赤い涙を流して嗚咽中……。
これでも、俺のものさしでは微温的な措置だ。
殺すのが確実なんだがな。
まあ、長期的に見ればベストな選択をしたかもしれない。
ミツウチがスキップしながらやってきて、俺の頬にチューをした。
てへへ、とひまわりみたいに笑っている。
「マネキ君っ! あたしたちの催眠、解いてくれてありがとね! 消毒と上書きを兼ねてキスしといたげるね!」
と言って、もう一回チューする。
ニシゼキと並ぶ、クラスのムードメーカー。
2年B組いちの明るさを誇るきゃぴきゃぴ系ギャルのキスは、俺にはまぶしすぎた。
「夏の日射しを浴びたドラキュラな気分だ」
「いーじゃん! 焼きなよー! マネキ君、白すぎー! あたしを見習いなーって感じ☆」
頬をツンツンされた。
この距離感、逃亡中の凶悪犯罪者に向けるものじゃない。
カザネの熱弁もあって、出奔組の7人は1人の例外もなく俺を英雄視している。
理由は、――助けてくれたしィ☆勇者だから!
……らしい。
誰も彼も安直だな。
物事の全容を把握する努力を怠ったまま、見聞きした限られた情報から自分の信じたい答えを概算している。
俺がお前らをカザネもろともに殺そうとしていたことなど、思いつきもしないのだろう。
お気楽な連中だ。
でも、こうして、味方を増やすのは悪いことではない。
目下、俺は国家ひとつを敵にしているしな。
勇者なんてくだらないが、勇者らしく振る舞うことで味方を増やせれば、長期的には俺の利となる。
今だけ正義のヒーローヅラしておくか。
それに、たぶん、スズシは放っておいても死ぬ。
あの動画が国王の知るところとなれば、死刑以外の結末はありえない。
勇者の死も、玉座の間の虐殺ショーも、聖剣遺失も、すべてスズシの企みによるものだったのだ。
楽には死ねないだろう。
自業自得だが。
そして、結局、一連の騒動で最大の利益を得たのは、反・国王派ってわけだ。
出奔組の7人は今回の件で俺の味方――すなわち、国王の敵となった。
隠し球として強力な幻術師であるアコイを擁し、カザネもすでに反・国王派に数えて間違いないだろう。
国王から追われる身という意味では、俺も反・国王派だ。
渡り人の一角を切り崩したばかりか、勇者と聖剣という2大カードまで手に入れた形。
反・国王派の大躍進だ。
国王は二度と枕を高くして眠れまい。
いい気味だ。
「その喧嘩、待たんかーい!」
愉快な声が平原に響いた。
ナナキを背負ったニシゼキが線路上を駆けてくる。
一瞬、ニシゼキの下半身が虎のように見えたが、見間違いだろうか。
「うちな、うちな! マヤトっちの命が危ないねんから、必死のパッチで走ってきたねん! 電車人間かっ! あ、マヤトっち、無事やったんか! みんな催眠術にかかってて……ってアレ? もう解けとるやん。な、なんやこれ、スズシっちの目ぇ、イカれてもうとるやん。あかん、なんやこれ……」
「お、落ち着いてよ。トラちゃん。私のこと吸っていいから」
「せ、せやな。ナナキっちの言う通りやで。落ち着かなな。ほな遠慮せぇへんで? すーはー、すーはー。……ふぅ、落ち着いたら眠なってきたで。あかんな。うち、関西人やから落ち着きあらへんねん。あかん」
「トラちゃん、頑張ったもんね。隣の町から走ったもんね」
「せやな。うち、関西人やし、足速いねん」
二人のコントにひと段落がつき、平原は風の音が聞こえるばかりとなった。
俺はあきれ気味に問う。
「お笑い担当なのは関西人だからか?」
「何言うてんねん。関西人、関係ないやろ?」
ニシゼキはきょとんとしている。
基準がわからん。
◇
翌朝。
出奔組は10人揃って帰途についた。
彼女らは、王都に戻り次第、俺とカザネの潔白を訴えるつもりでいるらしい。
下手すりゃ粛清もありうるのに、よくやる。
ニシゼキは、
「同じクラスの仲間やろ。当然や!」
と、真っ直ぐな笑みで言っていた。
クナシリも担任として、エールらしきものを残していった。
「先生もね、先生も頑張るから。でも、先生、まだ新人だし、初めての担任だし、それも、異世界で生徒たちを預かるなんて経験もないし、うう、どうしたらいいのかなぁ? ねえ、マネキくぅん……」
いや、これはエールではないな。
相談だ。
愚痴。
くだを巻いていると言ってもいい。
スズシがリーダーをしていたのも納得だ。
クナシリより、そこらの水辺にいる親ガモのほうが統率力がありそう。
「フミコせんせ、なんも頼りにならへんしな。不安やわ……」
と、ニシゼキも率直に吐露していた。
王都行の乗合馬車が大平原の果てに消えていくのを見送って、カザネは振り返った。
「私、逃亡術の力を使うことにしたわ」
そりゃまた、どうしてだ?
反社の手を借りたら品性が傷つくとか言っていたじゃないか。
「あなたの迷惑にはなりたくないし。それに、ほら、ホワイトハッカーなんて人たちもいるでしょう? 元クラッカーだけど、警察に協力しているような。それよ、それ。私もこの逃亡術を正義のために使うわ」
解釈変更で使用可能にしたのか。
詭弁だな。
無論、歓迎する。
「つまりね、マヤト。あなたのために使うってこと」
恋人みたいに寄り添ってくる。
馴れ馴れしい奴め。
「で、これからどうするの?」
俺は青い空を見上げて、うーん、とうなった。
もう誰かの手のひらで転がされるのは、ごめんだ。
「1日1回だけ棒を倒そう。それ以外は、未定だな。安住の地でもあれば住み着いてもいいが」
「勇者活動しなさいよ」
カザネが気の強そうな眉を咎めるように歪めた。
嫌だな。
面倒だ。
とはいえ、やりたいこともない。
今、俺が欲しいのは、女の尻、うまい食べ物、俺にだけ懐く可愛い猫。
その程度のものだ。
「退廃的だな」
「勇者活動しなさいよ。生産的じゃない」
カザネはひとつため息をついて、風になびく長い銀髪を耳に掻き上げた。
「私から、いいえ、ホワイト逃亡犯からひとつアドバイスをあげるわ」
「聞こうじゃないか」
「足を止めないこと、よ。逃亡の心得その1。ひとつところに留まらない。追いつかれないためというのもあるけど、広い世界のいろんなものを見て回ることが大事なのよ」
「その心は?」
「いろんな価値に触れることで、次第に自分が見えてくる、って感じかしらね。ま、私の解釈だけど」
その言葉は乾いた土に水が染み込むみたいに俺の胸に響いた。
俺は何者なのか。
ただの偽物なのか、それとも……。
それを見極めるのも大事ってことか。
「勇者は旅をするものだしな」
「そういうことよ」
「じゃあ、棒でも倒すか」
「コインにしなさいよ」
俺は指先で銀の硬貨を弾いた。
女神の横顔を描いたオモテ面は俺の手の甲にそっぽを向いて、裏面をこすりつけた。
失礼な女神だ。
「とりあえず、飯だな」
「そうね」
そういうことになった。
もう少し書こうかと思いましたが、これにて完結です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。




