4 授業
世界最強。
自覚は……ないな。
そもそも、最強の自覚とは何か。
核攻撃を食らってもピンピンしていたなら、そいつは、まごうことなき最強だろう。
だが、核爆発を浴びる機会も度胸も俺にはない。
ほかにも、俺には圧倒的に足りていないものがある。
経験だ。
実戦経験ってやつが決定的なまでに欠けている。
模倣魔法で最強クラスのスキルや魔法、武技の数々を習得こそしたものの、それは「持っているだけ」にほかならない。
通学バッグにショットガンを入れていたとしても、効果的に運用できなければ意味がない。
撃つ前に殴られたら普通に負ける。
それに、知識も不足している。
この世界のことについて、俺は知らなさすぎる。
召喚されて2週間。
この頃、俺はそんな漠然とした不安にさいなまれていたはずだ。
大海を知らないことに自覚的な井の中のかわず。
知らないことが怖い。
それがこの頃の俺だった。
「さっそくみんな寝たね。早い早いっ! 日々、最速記録を更新しているね」
教壇に立つ若い女がおどけた調子で言った。
肩まで垂れ下がったその極端に長い耳は、エルフ族の中でも『純血種』と呼ばれる稀少な存在であることの証左らしい。
彼女は、アルフィオローゼ・ロングィア・エル・アーケ=オロゼア。
耳ばかりでなく名前まで長い。
みんなアルフィ先生とかローゼ先生とかテキトーに呼んでいた。
アルフィは国王お抱えの考古学者だ。
俺たち渡り人に世界史と王国史を教えてくれている。
歴史の先生というわけだ。
これは、必修ではなく選択授業なのだが、オンドリルのスパルタ訓練から合法的に逃れられるとあって、全員が受講していた。
ただ、まともに聴いているのは俺だけだ。
ほかは、みんな寝ている。
というより、気絶している。
うなされている奴も多い。
連日、鬼教官のしごきに耐え、夜は夜でメイドから熱烈なご奉仕を受け、毎日寝不足。
そこに考古学なんて持ち出されたら、意識を保つことなど不可能というものだ。
聖女の魔法で状態異常を解除している俺でさえ、上まぶたにおもりを吊るしている気分だった。
それでも、知は力だ。
俺は自分の無知を知っていたから、その穴を埋めようと必死だった。
「もういいや。キミしか聞いてないし、どうせならマンツーマンでいこっか」
アルフィは白衣をバタバタさせて節操のない蝶のように俺の隣に腰かけた。
マンツーマンはありがたい。
純血種のエルフは不老らしい。
この人自身が生ける遺構のようなもの。
ディスガルズの生き字引と話せる機会は貴重だ。
「それで、何を知りたい?」
サスサス。
当然のように、俺の太ももをなでてくる。
ギョッとした。
が、まあ、このくらいの戯れは大目に見てやろう。
「英霊の御魂について、だな」
かつて、このハイガルシアを守り戦った英雄たちの魂。
それが俺たちの中にあるから、俺たちはチート能力を扱える。
「現時点でのキミの認識は?」
「魂を宿しているという話だが、憑依されているって感じじゃないな。だが、技を使おうとすると、他人が体を操作しているみたいに勝手に動くことがある」
体を乗っ取られたというより、体が技を覚えているような感覚だ。
「英霊の御魂を宿す……これは、かつての偉人が遺した叡智を体に染み込ませる、ってところか?」
「うんうん。その認識であっているよ」
アルフィはにんまり笑って、俺の内ももに指を這わせた。
「キミたちは魔法のない世界から来たからね、だから、中がスカスカなんだ。英霊の魂を入れる器に最適ってわけ」
細い指で乳首をツンツンされた。
「この奥、意識を向けてみると、存在を感じるんじゃないかな? 御魂のさ」
胸の中に意識を向けてみると、たしかに自分じゃない何かを感じる。
そして、これは、時として強烈な衝動を訴えかけてくる。
焦燥感だったり、寂寥感だったり、後悔の念や懺悔の気持ち。
夜になると、まったく知らない景色を夢に見ることもある。
英霊とやらの生前の想念や記憶が俺に流れ込んでくるのだろう。
ユーギがいきなり同級生をぶった斬ったのも、内なる英霊に突き動かされた結果かもしれない。
まあ、勇者の英霊に人斬りを楽しむユーモアがあるとは思わないが。
「その英霊とやら、害はないんだろうな?」
召喚直後はそりゃ困惑させられた。
だが、ものの1日ほどで俺の心は凪の湖のように穏やかになっていた。
自分がどっしりとした山にでもなった気分だった。
俺の中にいる英霊とやらがケツを持ってくれている気がする。
「今のキミと以前のキミは、もはや別物だろうね。パンにソーセージを挟んだらホットドッグになるように、キミたちは別物になってしまった。私はそう見てるよ? キミも見て、ほら!」
アルフィは卑猥な仕草で左右の胸を寄せた。
それでも谷間はできない。
ソーセージを挟もうにもパンがないのだ、この人には。
まあ、ホットドッグに関して言えば、ソーセージを取り除いてしまえばパンに戻れる。
だが、俺たちはどうもコーヒー牛乳らしい。
牛乳にコーヒーを混ぜてしまったら、もはや、いかなる手段をもってしても元の自分には戻れない。
仮に、元の自分に戻れたとしても、元の世界に戻るすべはないようだ。
別に、どうしても戻りたい理由があるわけじゃないけどな。
悲しいことに俺の帰りを待つ人はいない。
俺は物心つく頃には天涯孤独で、施設を転々としてきたから、元の世界に残してきた人などいないのだ。
「哀愁に満ちた若い横顔。あぁ、いいねぇ」
アルフィが上気した顔で俺を見つめている。
さっきから熱い息が首筋に当たってゾワッとする。
「思慮分別がつき、理性的な振る舞いができるようになることを成長という。一方、老いとは、それらを失い、子供に戻ることをいう。今の私は後者だよ。どんどん稚拙になっているのを感じる。あんまり長生きするものじゃないね」
「なんの話だ?」
「つまりさ、若い子たちを見てるとさ、もう、そういう目でしか見られないや、ってこと」
ついに手が内ももと呼べない領域を触り始めた。
「あっ、これ。ただのマッサージだから。大きな声とか出さないでね? ね? センセーからのお願いだからね?」
国王のお抱えが授業中に堂々とこれだ。
風紀が乱れまくっている。
風紀委員長のカザミはどこで何をしているんだ?
そういえば見かけない。
こんなことを許すような奴じゃないのだが。
まあ、内心いないほうがいいとも思っている。
エルフは美形というのがお約束だが、ご多分に漏れずアルフィも優れた造形の持ち主だ。
ミロのヴィーナスを彷彿とさせる古の美観がある。
「キミ、もっとお話し聞きたい?」
そりゃあもちろん。
「じゃ、場所移そっか!」
いいですとも。
俺は優等生なので、喜んで個別指導を受けることにしたのだった。
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