36 夕暮れのホームにて
夜行列車ハイガルシア号――。
もうもうと黒煙を噴き上げるその威容は、ファンタジー世界の中にあって果てしない異物感を振りまいていた。
「京都の上空に宇宙戦艦が浮かんでいるくらい場違いだな」
「煙害が気になるわ。沿線住民への配慮はなされているのかしら。健康被害が確認されれば、将来的に大きな訴訟となるかもしれないわね。由々しき事態だわ」
カザネお嬢様はご不快そうにされていた。
乗車券を示し、車内に乗り込む。
夜行列車は上流階級の乗り物らしく、警備は形ばかりのものだった。
衛兵もお飾りみたいに立っているだけ。
セレブは疑惑の目を向ける対象ではなく、むしろ、警護対象なのだろう。
「車内にも衛兵がおりますので、どうかご安心を」
乗り込むとき、車掌もそう言っていた。
リッチな乗り心地を期待したのだが、客室には、すすで汚れた大きな窓と寝台がひとつあるだけだった。
こんなもんか。
「俺の寝床はどこだ?」
「付き人は外で立っているものよ」
「だよな……」
「特別に床を使っていいわ」
「素敵なご主人だことで」
逃亡犯の心理からか、カザネはいの一番にカーテンを閉めようとした。
「お嬢様はカーテンなんか閉めないんだぞ?」
肩を引いて止め、俺が変わる。
そのとき、窓の外に見覚えのある少年の姿が見えた。
アコイだ。
《看破/シーザル》を使わずとも見える。
わざわざ姿を見せたということは話したいことでもあるのだろう。
「少し出てくる」
「は、早く戻ってきてね? 一人は怖いの」
途端にしおらしくなるカザネが少し可愛かった。
「やあ、マネキ君!」
列車を降りたところで、気取った調子で声をかけられる。
アコイだ。
列車に背を預け、斜め立ちしている。
その横顔を赤く照らす夕日があごの陰影を強調していた。
「なぜ、僕が生きているのか。今、君はそう思っているね?」
すべてわかってますって顔がウザい。
「その疑問に答えることは簡単だ。でも、僕の生死なんて重要なことではないだろう。この世界の行く末に比べたら、ね?」
かっこつけた様子でブーツの音を響かせ、アコイは夕日を見つめた。
背中がすすで汚れている。
カッコわる……。
「僕は反・国王派に属している。……いや、違うな。派閥なんて重要じゃない。この国の実権を誰が握るかは、僕が気にかけることではないのだよ。僕の使命はそう、忠義を尽くすことだ」
こうして話していても、誰も俺たちに気づく様子がない。
どうやら、広い範囲に幻術を張って、遠巻きには俺たちの姿が見えないようにしているらしい。
「僕は決めたんだ。あの日、僕を、その温かい慈愛でかくまってくれた、とある姫君のために一生を捧げるとね。見つけたんだ。僕は生きる意味を。生まれてきた、本当の意味を!」
アコイは夕日に向かって告白でもするように手を伸ばした。
あの日っていつだよ?
言っている意味はさっぱりだが、こいつには、その姫君とやらの幻覚が夕日の中に見えているらしい。
お大事にな。
「そうさ。僕だ」
急に振り返ったので、俺は慌てて白い目を黒に戻した。
「囚われのカザミさんのもとに君を差し向けたのは僕だったんだ。僕が裏で糸を引いていたんだ。君は今、こう思ったね? なぜ、カザミさんを助け出したことを僕が知っぺ……知っているのかって」
かんでんじゃねえよ。
「みなまで言うな」
何をだよ?
「僕はすべてを知る立場にいる。今日は警鐘を鳴らしに来た。マネキ君、これから君は戦いの大渦に呑まれていくだろう。この線路の先にも……。だが、案ずるな。すべては大いなる意思の上だ。君にもいずれその全容が見えるだろう。この世界の真実さえも」
ここまで、俺は一言もしゃべっていない。
独り相撲は一人でやってほしい。
「さっ、君に伝えるべきことはすべて伝え終えた。僕個人としては、ここからが本題かな」
おい、ちょっと待て。
伝えるべきこと?
今、お前がしゃべった内容にひとつでも重要な要素があったのか?
アホの独り言だと思って、話半分で聞いてたわ。
こいつをメッセンジャーに選んだ奴は馬鹿だな。
手紙でも持たせれば確実なのに。
で、個人的本題というのは?
俺は遅ればせながら聞く準備をした。
「僕はね、実は意外に思うかもしれないけどさ、その……カザミさんのことが好きなんだ」
アコイは真剣な顔でそう言った。
「カザミさんが虜囚となっているのに、クラスのみんなは気づいてもいないようだった。メイドの尻ばっか追いかけてさ。ひどいよ。こんなのあんまりだ」
メイドの尻に熱視線を送っていた者の一人としては冷や汗ものだ。
「僕がいじめられていたとき、カザミさんだけが助けてくれた。でも、そんなカザミさんがいじめられているのに、僕は見ていることしかできなかった。とっても悔しかったよ。自分が情けなかった。そんなときだ。君が現れてくれたのは」
アコイがうるんだ目で俺を見た。
「聖剣で鉄格子を断ち斬った君の姿、本当にかっこよかった。ヒーローが来てくれたって思った。そして、君は僕がずっとできずにいたことを成し遂げてくれたんだ。カザミさんを自由にしてくれた。僕、思わず泣いちゃった……」
両目からこぼれ落ちた涙が二つのあご先からホームに落ちた。
「だから、君には感謝しているんだ。マネキ君。本当にありがとう。僕は君が勇者になってくれたことを、心から嬉しいと思うよ。きっと君はいずれ魔王を倒す。そして、世界を救う。カザミさんを救い出してくれたように。僕にはわかるんだ」
俺にそのつもりはないんだけどな。
「ユーギなんか勇者じゃない。あいつは、偽物の勇者だったんだ。そして、マネキ君、君こそが本物の勇者だ。こうして目をつむれば、ほら、聞こえてくる。君の中で脈動する正義の心がね」
俺の中で脈……なんだって?
アコイにしても、カザミにしても、俺のことを買いかぶりすぎだ。
俺は勇者にも魔王にも世界の命運にも興味はない。
そんなものは、全部人間の世界の問題だ。
俺には微塵も関係ない。
「僕はね、カザミさんのことが好きだ。でも、自分じゃ絶対釣り合わないのもわかっている。君が幸せにしてやりなよ。僕はそれでいい」
ふー、と息をついて、アコイは寂しげに笑った。
「そろそろ発車時刻だね。おしゃべりは終わりだ」
俺はホームから列車に立ち位置を移した。
アコイは幻術で作り出したマジックハットを頭に載せた。
絶望的なまでに似合っていない……。
「僕はすべてを欺き、すべてを裁く。僕こそがそう、殿下の崇高なる意思を体現せし剣なのだ。いや、ここは、秘剣と言うべきかな?」
だいぶ酔ってんな、自分という酒に。
「それじゃ、マネキ君。陰謀の交差路でまた会おう」
アコイの体が光の粒子になって夕闇に溶けた。
……と見せかけて、幻術で姿をくらませ、足音を忍ばせ去っていく。
ちらっ?
こっちを振り返った。
なんか笑っている。
全部見えているぞ?
まあ、お前が楽しいならいいんじゃないか。
お前の人生だしな。




