35 勇者性悪説
カザミは俺を正義の人だと思っているらしい。
理由は単純。
勇者だからだ。
あまりにも安直な考えだ。
警察官だから犯罪はしないと考えるくらい安直だ。
実際は、毎年200人以上が懲戒処分を受けているらしい。
逮捕者も数十人にも及ぶとか。
勇者だから正義と考えるのは短絡的すぎる。
それに、名が体を表すとは限らない。
たとえば、プレーリードッグはネズミ目リス科だ。
犬ではない。
同じ理屈で、聖剣と呼ばれている剣が本当に「聖なる剣」である保証もない。
以前、勇者について尋ねたとき、アルフィが面白い自説を教えてくれた。
その名も、勇者性悪説――。
ハイガルシア王国史の最も偉大なる英霊『勇者』が本当は悪人なのではないか、とする説だ。
事実、考古学的資料には、勇者が生前に犯した悪行の数々が多数記されているそうだ。
村人を全員斬り殺したとか、国中の女を犯したとか、面白半分で城を落としたとか。
ろくでもない内容が多い。
では、なぜ、そんな悪人が英雄視されているのか。
答えは簡単だ。
より大きな悪――当時の魔王を討ち取ったからだ。
地元で有名なヤンキーが銀行強盗をぶん殴って警察から表彰された的な話である。
しかし、ヤンキーがヤンキーであることに変わりはない。
魔王亡き後、勇者は新たなる魔王のごとく君臨したらしい。
その勇者を倒したのが、――三英霊。
つまり、現代における聖女と賢者と剣聖だ。
三英霊は、勇者を倒すだけでは飽き足らず、その力を奪い取り、我がものとしたらしい。
癒やしの力を聖女が。
魔法の力を賢者が。
剣の力を剣聖が奪い取った。
そして、勇者は最弱になった。
王国史では、「勇者が三英霊に力を分け与えた」とされているが、事実は違ったかもしれないのだ。
ま、よくよく考えてみれば、おかしいわな。
俺も力を持ったからこそわかる。
自分が手に入れた力を赤の他人に分け与えるなんて正気の沙汰じゃない。
どこの世界に自分が築き上げてきた全財産を他人にプレゼントして無一文からやり直す馬鹿がいるのか。
奪われたとするほうが納得がいく。
アコイがバッサリ斬られたことも、アルフィの自説を裏付けている。
勇者が勇者然としたまっとうな英霊なら、あんなことは起きなかったはずだ。
聖剣にしても同じだろう。
勇者を選ぶ剣などと言われているが、おそらく違う。
聖剣に選ばれる条件――。
それは、魔王を滅ぼす崇高な精神でもなければ、世界を守るという高潔な決意でもない。
俺にそんなもん、ないしな。
条件は単純明快。
すなわち、「世界最強であること」だ。
自分の力を最も引き出してくれる強者に使われたい。
それが聖剣の心理なのだろう。
勇者は序盤こそ最弱キャラだが、育てれば最強になる。
勇者が聖剣を持つことができるのは、勇者だから、ではない。
最強だからだ。
身も蓋もない。
聖剣もしょせんは魔剣や妖刀の類ってことだな。
俺が勇者に選ばれた理由もそうだ。
正義だからではない。
この世界で、最強の存在だからだ。
それだけ。
勇者も聖剣も幻想にすぎない。
模倣の英霊が欲しがっていたものも、しょせんは偽物ということだ。
まあ、アルフィの持論に俺の推理を重ねたものだから、実際のところは、聖剣に取材でも申し込んでみなければわからないのだが。
「気に食わないわ!」
街角の掲示板を睨みつけて、カザミが憤りをあらわにした。
高慢ちきな性格もあって、貴族令嬢が着るよそ行きのコートがよく似合っていた。
着ているのは、どれも隠れ家に置かれていたものだ。
銀色の髪が西日で赤く光っている。
風車に似た髪留めが魔道具になっていて、髪の色を変えることができるのだ。
「なんで私まで指名手配されているのよ……」
掲示板には「ケツあご☆募集!」のポスターとともに、指名手配犯の顔が2つ並んでいる。
勇者殺しの重罪人たる俺と、そして、もう一方はカザミだ。
容疑は、聖女への暴行。
聖女ヒジリベが教皇以上の権勢を誇っていることを踏まえれば、捕まり次第、裁判なしで死刑だろう。
カザミ用の変装グッズが用意されていたことからして、反・国王派はこうなることも予期していたはずだ。
「昨日の今日で指名手配か。仕事が早いな。なんで、悪事ほど進捗が早いんだろうな」
「もっと殴っとくんだったわ!」
「本音が出てるぞ。しかし、気に食わないといえば、俺もそうだな」
偽の身分証には、「マヤト・ニセモンド/冒険者」と記されている。
それが逃亡中の俺の名前らしい。
一方、カザミは「カザーネア・ヴォン・ド・ウィンドリヒ/学生」――。
なんと、中級貴族のお嬢様らしい。
鉄道旅行に勤しむお嬢様とお付きの冒険者。
それが我々の設定というわけだ。
「なんで、俺が付き人なんだ。俺が貴族のボンボンで、カザミがメイドじゃダメなのか?」
「仕方ないじゃない。品性は誤魔化しようがないし、一日や二日で身につくものじゃないもの」
お上品に扇子なんか広げて、カザーネアお嬢様がそんなことを言った。
ひどい言いぐさである。
これでも、俺は王国貴族のたしなみ――社交ダンスを完璧に会得している。
女子の振り付けも含めてな。
一回見ただけで覚えた。
天才だ。
品性だって技ならコピーできるはずだ。
なぜ、できない?
技じゃないからか。
残念。
「行きましょ。マネキ君」
「はい、お嬢様。でも、名字で呼ぶな」
「あら? どう呼べばいいのかしら」
「マヤトでいい」
「では、あなたもカザネお嬢様とお呼びなさい。これは、命令よ」
「ああ、はあ……」
「返事はハイよ。この際、ワンでもいいわ」
「……」
お嬢様役を忠実にこなしているのか。
それとも、素の性格が出ているのか。
とにかく、カザネお嬢様は大変イキイキとしておられる。
……と、ここで、行く手に衛兵の騎馬隊が現れた。
緊張が走る。
カザネは足を緩めなかった。
何事もないように通りを闊歩する。
手配書の顔は似ても似つかないから、普通にしていればバレないはず……。
渡り人の黒髪はこの世界じゃ珍しい。
だが、俺の髪はもともと微妙に灰色がかっていた。
ガンメタル・グレー。
拳銃みたいな色だ。
特殊な出生とかが影響しているのかもしれない。
逃げる上では好都合だ。
衛兵が馬から降りた。
俺は自然な仕草で鯉口を切る。
……が、捕物帳とはならなかった。
衛兵らは媚びるような笑みを浮かべて道を譲り、ヘコヘコしながら去っていった。
「……逃亡術か?」
「違うわよ。私の気品よ。学校でもそうだったでしょ? 私が歩くと道ができるのよ」
「かっこいいな」
絶対お前の品性は関係ないが、かっこいいとは思う。
「私、絶対にこの英霊の力は使わないわ」
カザネは毅然と断言した。
「だって、凶悪犯なのよ? その生涯のすべてを逃げることだけに費やした根っからの悪人。こんな反社の手なんか借りたら、品性に傷がつくわ」
「お前は命と品性を天秤にかけて、品性を取りそうだもんな」
「当然のことです!」
しかし、そうなると、俺がカザネを連れて行く意味とは?
逃亡のプロが助けてくれるのなら心強いが、この救援投手はマウンドに上がる気がないのだという。
処女もあげない、逃走の手助けもしない。
お前の需要はどこにある?
逃亡する上では足手まといでしかないのだが。
「……」
もしかして、それが狙いなのか?
こいつは、俺を足止めする重石だ。
反・国王派としても、ゲームチェンジャーの俺にいなくなられては困る。
国外逃亡とかされると追う手段がなくなる。
だから、足手まといを用意した。
そんな気がしてきた。
「置いていこうかな、こいつ」
「なんでよ……! ちょ、ちょっとマヤト!」
そんな話をしているうちに、蒸気機関車の発着場が見えてきた。




