34 カザミ法廷
制裁パンチでノックアウトされたヒジリベと半解凍の僧侶を置いて、大聖堂を出る。
結局、俺の「ケツ」は誰なんだ?
俺、そろそろ逃げたいのだが。
「マネキ君、ちょっと待って。私、言わなきゃいけないことがあるの」
カザミが俺の手を引いて止めた。
言いたいことがあるという割に、俺にケツを向けた。
屁でもこく気か?
聞こうじゃねえか。
「アコイ君、そこにいるんでしょう?」
カザミは大理石の柱に向かって声を投げかけた。
《看破/シーザル》で見透かすと、たしかに、アコイの姿がある。
あれ!? 幻術が解けちゃった!? という感じで、あたふたしている。
アコイは俺と違って存在感自体は消せない。
干しシイタケみたいな独特の体臭の持ち主でもある。
ひと月も近くにいれば、気づかないほうがおかしいだろう。
「アコイ君、あなたにお礼が言いたいの。本当にありがとう」
カザミはアコイのいる方向に深く頭を下げた。
「牢獄の中で寒くて震えていたとき、いつの間にか毛布が置かれていたことがあったわ。このローブもそうよね? ほかにも、パンや飲み物も。あなたがこっそり差し入れてくれたんでしょう?」
アコイはまだあたふたしている。
柱の陰に飛び込んで目だけ出した。
「私、あなたが死んでいないのを知っているの。召喚されたあの日、私はあなたの血を浴びたけど、でも、その血はいつの間にか消えてなくなっていたわ」
やはり、そこで気づいたか。
「マネキ君を呼んでくれたのも、あなたなんでしょう?」
そうなのか?
アコイの死を偽装したのは、おそらく、反・国王派だ。
そして、大聖堂で「ケツ」を探すように言ったアルフィの背後にいるのも反・国王派。
たしかに、繋がりはあるようだが。
「いつも気配を感じていたの。そばで守ってくれているみたいで心強かった。私が最後まで諦めずにいられたのも、あなたがいてくれたからよ。アコイ君」
その言葉でアコイは堰を切ったように泣き始めた。
声を殺して泣いていた。
顔をくしゃくしゃにして肩を揺らしていた。
姿は消しているが、床には点々の涙の跡が残されている。
「本当にありがとう」
よかったな、アコイ。
すべて報われたんじゃないか。
まあ、お前の恋路は俺からすればどうでもいい。
裸ローブは人目を引く。
さっさと、ずらかるぞ
◇
カザミを連れて隠れ家に戻ると、女モノの衣服と封筒が1通置かれていた。
封筒の中身は、偽の身分証2人分と、夜行列車の乗車券2枚。
これに乗れってことか。
それも、カザミと一緒に。
ここまでは占星術でお見通しなのだろう。
踊らされている感じがして気分はよくない。
「俺は外にいるから着替えてくれ」
「いや! 待ってよ、一人にしないで……!」
カザミが涙声ですがりついてきた。
まだ一人になるのは怖いらしい。
ローブがずり落ちて真っ白な肢体があらわになる。
アコイは……いない。
カザミと俺。
二人だけだ。
自然とそういう雰囲気になる。
「あのね、マネキ君」
カザミは平坦な声で言った。
「被害者は助かりたい一心で心にもないことを言うことがあるわ。極限環境下での口約束に法的拘束力はないと判断します。それを踏まえたうえで聞いてほしいの。あのとき、私が言ったこと、憶えている?」
「処女がどうのこうのって話か?」
私の処女をあげる。
助けてくれたら、私はあなたの奴隷になりますから。
カザミは涙ながらにそう言ったのだ。
「あの約束は無効だと考えるわ。理由は先に説明した通りよ。異論があるなら聞きます」
悪びれる様子もねえよ、こいつ。
まあ、俺もカザミの貞操目当てで助けたわけではない。
風紀委員長で興奮できる気もしないし、あえて文句は言うまい。
「でも……じゃあ、私に何ができるかしら」
恩を返そうという意欲はあるのか。
返し方の問題で。
「参考までにカザミ、お前の英霊の能力は?」
「私のは英霊とは呼べないわ……」
カザミは暗い顔をした。
「逃亡術の達人なのよ。……つまりその、追われる理由と逃げる必要があった人物ってこと」
カザミの英霊は、逃亡術の達人。
なるほど。
「お前が俺のケツってことか」
「だ、誰がケツよ……!」
皮肉な話だな。
校則違反をひとつも見逃さなかった取り締まりの鬼が、英霊視されるほどの逃亡犯をその身に宿したわけだ。
面白い組み合わせだ。
そして、人間の偽物である俺は、模倣の英霊を宿した。
英霊はガチャなどではなく、渡り人と惹かれ合って決まるものらしい。
「お前にできることが見つかったな」
「私にできること? 何かしら?」
やや不安そうな顔で自分の胸を抱くカザミに、俺は言った。
「俺、ユーギを殺したんだ。逃げるから手伝ってくれ」
「…………は?」
予想通りの反応が返ってきた。
ドッキリでも仕掛けた気分だな。
カザミはしかし、10秒と経たずに落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、あの剣、やっぱりユーギ君から奪ったものだったのね」
あの剣とは、地下牢で見せた聖剣のことだろう。
「事情を聞かせてくれるかしら。でも、その前に。あなたには黙秘権があるわ。そして、あなたの証言は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる場合があります。そして、あなたには弁護士を呼ぶ権利もあるのだけど……今回は私が弁護し、私が裁きます。それについて、あなたに文句を言う権利はありません」
「独善的だな。ギルティならお前が斬首するのか?」
苦笑しつつ、俺は事情を伝えた。
嘘を看破するスキルや魔眼を持っている可能性もあるので、嘘はつかない。
もし、俺の証言を聞いたうえでカザミが敵対するなら、そのときは殺すしかない。
城に残った居残り組と、城を出たニシゼキたち出奔組。
クラスが二つに分かれているからか、カザミの不在を案じる声はひとつも聞かなかった。
こいつが忽然と消えたところで、アコイ以外は気にも留めないだろう。
「判決を言い渡します」
すべてを知ったうえで、カザミは言った。
「……判決だなんて大仰ね。私、初めからマネキ君のことを疑ってなんかいないわ」
「そうなのか?」
「ええ、私はあなたを信じているの。だって、聖剣に選ばれたってことは、あなたは勇者で、あなたには正義があるってことだもの」
「それは……」
どうだろうな。
『勇者』というものを言葉通りに解釈すればそう取れるかもしれない。
実際、俺もこの世界に来るまでは、勇者を正義の存在だと思っていた。
しかし、アルフィの自説によれば……。
ま、この話は、今はいいか。
「お前、俺が怖くないのか? ユーギ以外にも、山賊や近衛騎士もたくさん惨殺しているんだが」
「正当防衛は立派な権利の行使よ。――急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
あなたは、自らの生命身体及び財産を守るために最善を尽くしたの。これは、正義の行いよ? 恥じることはありません。
それに、近衛騎士に関しては、軍人と捉えるべきね。作戦行動中の死は、作戦指導者に帰責するわ。つまり、国王のせいってわけね」
法的解釈を淡々と述べられたが、
「それに、死んでしかるべき人間はいるわ。思ったよりたくさんね」
という最後の一言が本音だろう。
話がわかるじゃないか。
だよな。
俺はニシゼキよりカザミ派だ。
死んだほうがいい奴は、死んだほうがいい。
真理だな。
「それに、おかしかったのよ。だって、ユーギ君はアコイ君を斬り殺したんですもの。結果的に、死は免れたけど、殺意は本物だったわ。彼が勇者であるはずがないの。きっとなんらかのスキルで聖剣を欺いたのよ。そうに違いないわ」
それは、たぶん違う。
あいつは、あれで勇者だったはずだ。
勇者=正義。
おそらく、この世界でこの等式は成り立たない。
カザミはキラキラした目で俺を見つめた。
「マネキ君、あなたこそが真の勇者なのよ。だって、危険を冒して私を助けに来てくれたんですもの。悪い人のはずがないわ」
さらに、キラキラを強めながら、カザミは俺の胸に手を触れた。
「あなたが正義の味方である限り、私はあなたの味方よ」
こいつには、俺を好意的に解釈している節がある。
逃亡を手伝ってくれるというのなら文句はないがな。
でも、さっさと服を着ろ。
素っ裸で裁判しやがって。
校則違反だろ。




