33 制裁
「あああんん! やぁん! おおん! あ、あ、あ! んああああっ! おぼおおお! イクイグいぐぅううぅぅうあッ!」
「まだヤってんのか、あいつ……」
「ヒジリベさんは聖女の魔法で何度でも復活させるから際限がないのよ」
「絶倫魔法の使い手なわけか」
「マネキ君、品のない言葉を使わないで」
「ふんふん」
「おっほおおおおおおおおおおお――ッ!!」
いやらしい大嬌声を響かせて、ヒジリベが脚をびーんとさせた。
イケメン僧侶らに囲まれてガタガタ痙攣している。
ここは、教皇執務室。
場違いな天蓋付きベッドで行われている痴態を俺たちは扉の隙間から覗いていた。
「ふんふん!」
興奮したアコイの鼻息が鬱陶しい。
気絶しかけたヒジリベだったが、すぐに復活。
全裸の僧兵たちが腰だめに構えた短槍でヒジリベに殺到、ぐさりと突き刺した。
「おほおおおおおおおおおおおっ!!」
「この世界を一番謳歌しているのは、あいつだな。間違いない」
「校則違反だわ……」
「ふんふん」
お目当てのスマホは押しのけられた執務机の上にある。
「俺なら気づかれずに回収できるが?」
「いいえ。こんな蛮行、止めなくてはダメよ。だって、不適切だもの!」
言うが早いか、ばごーん。
カザミは扉を派手にぶち開けた。
ずんずん乗り込んでいく。
そして、こうだ。
「ワタライ高校生徒会・風紀委員長のカザミよ! そこまでになさい!」
高校時代にも、まま見た光景だ。
鬼の風紀委員長の復活だあああああ、とばかりに、アコイが目を輝かせている。
あんあん言っていたヒジリベが凍り付き、僧侶たちも前を隠した。
登場シーンとしてはカッコイイ。
だが、無謀ってもんだろう。
全裸とはいえ、向こうは20人以上いる。
また取っ捕まりたいのか、この女……。
俺は氷魔法で極寒の冷気を叩きつけた。
部屋中に霜柱が立ち、短槍が下を向く。
これで誰も動けまい。
「な、ナナ、なんで、いいい犬のあんたが、タガタガ、こ、こ、ここにいんだょ……」
ガクブルのヒジリベが負けじと睨み返した。
右手をカザミに向けたが、その手にもはや主人の証はない。
ヒジリベはサッと青ざめた。
「もう私は奴隷じゃないわ、ヒジリベさん! マネキ君が助けてくれたのよ!」
という話を尻目に、俺は執務机に向かった。
天窓の下の陽だまりの中で、スマホはオレンジ色の光に包まれていた。
画面を点灯させると、「充電中」とある。
これは、聖女の魔法《光転換・活力/アブソブライト・エナ》だ。
光を活力に変換する魔法。
簡単に言えば、お日様を浴びるとウルトラハッピーになれる魔法だ。
俺も使えるが、太陽光発電に応用できるとは考えもしなかった。
ヒジリベって案外賢いのかもしれない。
「私はあなたがしたことを絶対にゆるさないわ!」
「は? お前が悪りィんだろうがよ! 優等生ぶってんじゃねえし。は? アタシばっか目の敵にしやがって!」
まあ、ヒジリベの気持ちもわかる。
カザミはカザミで問題児だ。
正しければ何をしてもゆるされると考えている節がある。
風紀委員長という特権を振りかざして生徒たちに圧政を敷いていた。
気のせい程度の制服の乱れに目くじらを立て、口汚く罵倒し、反省文を科し、勝ち誇ったように見下す。
いじわるな警官みたいな奴だった。
俺はスマホをいじって『アタシのペット☆カザミ』というアルバムを開いた。
100本近い動画と数千枚の写真がある。
全部だいたい肌色だ。
赤いのもある。
動画はすべてカザミが絶叫したり、のたうち回ったりする内容だった。
床に置かれた濡れたスポンジみたいに失禁するシーン。
死にかけの魚みたいに痙攣するシーン。
どの場面にもヒジリベの発狂したような高笑いが吹き込まれていた。
問題のワン動画は……これか。
お気に入り登録していたから、すぐにわかった。
『も、もうゆるじてくだしゃい、わん。ご主人様、もういじめないでくださいわん。カザミ・カザネはご主人様の犬ですわん。馬鹿な駄犬です、わん。どうかお願いです、もういじめないでぇ。優しく飼ってくださいわん』
『きゃっひゃっひゃ! フダハハハ! アッハー! カザミがワンって言ったぁー! ひゃーっはっはっひゃー!』
ふむ。
これは、なかなか刺激的なムービーだ。
どうにか俺のスマホに移せないだろうか。
……と思ったが、やめた。
アコイがふんふんしている。
ちっ。
俺はヒジリベのスマホを初期化した。
空っぽになった板切れを投げてやると、キレ散らかしていたヒジリベが泣き叫び始めた。
「アダジのしゅマホぉぉぉおおぉおおお……」
カザミは、いい気味ね、という顔だ。
だが、こんなことでは気が収まるまい。
俺がカザミなら間違いなくヒジリベを殺す。
さんざん苦しめてからな。
だが、それは、ちょっと待ってくれ。
人間性はアレだが、いちおう、ヒジリベには同級生を奴隷化魔法から救い出したという功績がある。
国王はまだ奴隷化を諦めていないかもしれない。
ヒジリベがいるからこそ、国王を牽制できるのだ。
そもそも、どんな傷も病も治せるという時点でその戦略的価値は計り知れない。
なので、俺は言う。
「こんなでも聖女だ。こいつを殺すということは、こいつがこれから助ける人々の未来をも吹き消すことを意味する。カザミはどうしたいんだ?」
殺す、という言葉でヒジリベが絶句した。
カザミは鬼の表情で腕組みしている。
「殺そうだなんて考えていないわ」
ずいぶん長いこと押し黙った後で、カザミはそう言った。
「私はあなたをゆるすわ、ヒジリベさん。人は失敗をするものだし、ゆるすのも強さだもの」
弁護士みたいな物言いだった。
「だから、約束して、ヒジリベさん。自首するって。この世界にも法はあるわ。あなたは裁かれなきゃならないことをしたのよ」
「はぁ? 自首ぅー? するわけないじゃん、はぁ? なぁに偉そうに説教垂れてんのよ、犬のくせに」
馬鹿は死ななきゃ治らない病なので、当然ヒジリベはこういう態度だ。
「つかさぁ、アタシを裁ける奴がいるわけなくね? 聖女なんですけどぉ? は? 教皇より偉いんですけどぉ?」
ヒジリベは凍える脚でベッドを下り、カザミをキスの距離で睨みつけた。
「つか、お前が自首しろよ、この逃亡奴隷! 脱獄罪で死刑☆確定! きゃっは! お前、アタシの権力で絶対死刑だしィ! 斬首しても治癒してもう一回死刑ね? 何回耐えられるか実験してやる! つか、犯させる! あご太に似たキモいデブの子、孕ませてか――」
べぎん、と。
ヒジリベの顔で異音がした。
カザミの拳が鼻をへし折る瞬間が、俺にはスローモーションに見えていた。
クリーンヒットだ。
ヒジリベが鼻血をぶちまけてベッドに突っ込んだ。
ワンパンケーオー。
やるじゃないか。
「結局は暴力なんだな」
「ち、違うわ。これはその……。私は法正義を信じていて、でも、被害者でもあるわけだし、被害者には濃厚なケアが必要で、だって、心的外傷やいろいろ……。突発的に暴力を振るってしまう場合もあるから、だから、家族や職場だけでなく行政レベルでもサポートしていかないといけないの。だから、仕方ないのよ」
あーだこーだと自己弁護するカザミ。
俺はその頭をなでてやった。
「スカッとしたな」
カザミは目を伏せて、こくりと頷いた。
素直でよろしい。




