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32 カザミのお願い


 カザミが泣き止むまで、俺は胸を貸していた。

 女の涙で胸を濡らすのは男の誉れと聞く。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺は神妙な顔でカザミの頭をなでながら、その実、尻しか見ていなかった。

 薄暗い地下牢の中で白く輝く尻。


 俺は人間にあまり興味がない。

 なのに、なぜ、女体にはこんなにも惹かれるのだろう。

 この問いは森羅万象に通じ、宇宙の真理にさえ繋がっている気がする。

 深いな……。


 カザミがぐずん、と鼻を鳴らした。

 ようやく顔を上げる気になったらしい。

 顔を上げると、裸体の全貌がよく見える。

 少し痩せているが、胸はクラスじゃ大きいほう。

 わざわざ危険を冒して助けてやったのだから、恩返しには期待したいところだ。


 嬉し泣きしていたアコイがローブを脱いで床に置いた。

 使えってか。


「あっ、こんなところにローブが落ちてるー」


 俺は圧倒的芝居臭さでそれをカザミにかけてやった。


「ありがとう。ありがとう、マネキ君。助けに来てくれて」


 そう言いながら、またカザミは涙ぐむ。

 裸ローブか。

 悪くないな。

 アコイのローブではなく、俺のローブだったら、なおよかったのだが。


「私、召喚された日からずっと捕まっていたの。ヒジリベさんに。苦しかったの。怖かった。いっぱいイジメられたんだから……」


 そうか。

 だが、俺にとっては関心のある話題ではない。


「あの人、おかしいわ。私の腕を……両脚を斬り落としたのよ!? どうせまた引っ付くからって、僧侶たちに斬り落とさせたの。剣で。何度も何度も。左右の脚を逆につけられたこともあるんだから……!」


 あー、それは、ちょっと興味ある。

 治癒魔法を使えば、そういうこともできるのか。

 参考までに憶えておこう。


 その後もカザミは、こんな目に遭ったとか、あんな目に遭ったとか、吐き出すように喚き続けた。

 アコイのほうは涙ながらにウンウン頷いている。

 もう少し、気配を隠す努力をしろ。

 よくこれまで見つからなかったな。


「そうか。大変だったな」


 キリがないので、俺は語気を強めて絶叫トークを打ち切った。


「とりあえず、大聖堂から出よう。続きは、お友達に聞いてもらえ」


「待って、マネキ君。もうひとつお願いがあるの……」


 すがるような目でカザミは言った。


「ヒジリベさんのスマホを取り上げられないかしら」


「スマホを? どうして?」


「あそこには動画が……」


 そういえば、イジメの様子を撮影していたな。

 だが、リスクは冒せない。

 俺はいちおう逃走犯だ。

 一人でならどんな状況からでも脱出できるが、お荷物を抱えてとなると限界がある。


「ネットもなければ、送信先もない。動画が残っていても致命的ではないだろう」


「裸を誰かに観られるのが嫌なんじゃないの。もうたくさんの人に見られたし。でも……」


「でも?」


「消したい動画がひとつだけあるの。わ……」


「わ?」


「ワン動画……」


 なんじゃそりゃ、と思ったが、すぐに腑に落ちた。


『この駄犬! もう一回ワンって鳴いてみなさいよ! きゃっはっは!』


 ヒジリベはそんなことを言いながら、カザミに鞭を振るっていた。

 もう一回ということは、過去にもあるということだ。


「私だって我慢したの。でも、苦しくて苦しくて。だから、一回だけしちゃったの。泣きながら、わん、って」


 カザミは耳を刺すような声でまた絶叫した。


「だって、仕方ないじゃない……! 苦しかったんだもん。あの鎖で……。息ができなくなるって辛いの。全身痙攣して。お、おも……失禁だってするの! いっぱい蹴られて! 切られて! 爪も全部剥がされたんだから! 脚も折られた! あんなの我慢するの無理だもの!」


 あー、わかったわかった。

 地下とはいえ、大騒ぎするな。


「あれだけは、あのデータだけは消してほしいの。私が負けてしまったのは、あの一回だけだから」


 カザミはローブを脱ぎ捨てた。

 俺に胸を押し当てるようにして、言う。


「お願い、マネキ君。力を貸して。そうしたら私、きっとお礼をするから。必死に抵抗して処女だけは守ったのよ。それをあなたにあげます」


 アコイが地団駄を踏んで発狂した。

 俺はアコイと違って処女性を重要視していない。

 正直、重いだけだ。

 クルリーヌやアルフィみたいな尻の軽い女のほうが好みだ。


 だがまあ、使える尻は多いに越したことはない。

 なんせ、味方のいない身だ。

 恩を売っておいて困ることはないだろう。


 それに、カザミを助ければ、アコイのケツまでついてくる。

 男の尻に興味はないが、アコイの能力は厄介だ。

 敵に回したくない。


「わかった」


 俺はため息気味に頷いた。


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