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31 ケツ比べ


 聖女ヒジリベか。

 風紀委員長カザミか。

 それとも、蘇った男アコイか。


 俺の「ケツ」は、誰か。

 それを見極めるべく、俺は行動を開始した。


 まず、一番ありえそうな線で言うと、聖女ヒジリベだ。

 名前に「尻」の字があるしな。

 勇者亡き今、ワタ高2年B組の中で最大の権力を有するのがヒジリベだ。

 あいつには、万病を癒やす聖女の力がある。

 その力は、ろくな医療設備のない中世ファンタジック・ワールドにおいては神にも等しい力だ。

 病に苦しむ多くの貴族や豪商を抱き込み、後ろ盾としている。

 ハゲててキモい、という理由だけで、教皇を大聖堂から追い出したという話もある。

 国教のトップさえ尻に敷いているのだ。

 いずれは、国王に匹敵しうる権力となるかもしれない。

 要するに、人質として極めて高い価値を持つってことだ。


 それに、奴はちまたじゃ『性女』ヒジリベと呼ばれている。


「あん! あんッ! あっは……! んあィ! そこ、そこソコそこぉおお! んゃああぁぁあっ!」


 教皇執務室には、イケメン僧侶の輪ができている。

 その中心で、ヒジリベは酒池肉林を楽しんでいる。

 濃厚な逃亡()活を営んでくれそうな感がある。

 ヤンキー気質なのはマイナスだが、俺は催眠術とか使えるし、時間をかけてしつければ、おとなしいケツに仕上がるかもしれない。


 ……ん?

 執務机の上に、ポスターが山積みになっている。


『デブで☆ハゲで☆キモい☆ケツあごの人、募集中! お金☆あげます!』


 きゃぴきゃぴした異世界語でそう書き記されている。

 この世界にもギャル文字があったのか。

 というのは冗談で、おおかたヒジリベが何か悪巧みしているのだろう。


「ンおっほおおおぉぉおおおおぉ……ッ!!」


 白目を剥いて倒れたヒジリベに見切りをつけ、俺は大聖堂の地下に向かった。

 地下は牢獄のようになっている。

 鉄格子付きの寒々しい部屋が十数戸。

 ちょっとした刑務所並みの収容数だ。


 俺たちはこのハイガルシア大聖堂で召喚された。

 ヒジリベが奴隷化魔法を破っていなかったら、全員ここに繋がれていたのかもしれない。


 現在、収監されているのは1人だけ。

 カザミだ。

 素っ裸で一番汚い牢に放り込まれている。

 ゴキブリが這い回る冷たい石床に眠っていられるのは、起き上がる気力すらないからだろう。


 そんなカザミを、檻の外からアコイが苦悶の表情で見下ろしている。


 アコイは、カザミのことが好き――。


 本人が認めたわけではないが、クラスでは周知の事実だ。

 ユーギやヒジリベにイジメられていたアコイ。

 それを助けたのが、風紀委員長のカザミだった。

 いつもウジウジしているアコイと違って、カザミは毅然とした態度でノーを突き付けた。

 好きになったきっかけは、そのへんだろう。


「くそ……」


 アコイが小さくうめいた。

 幻術使いの悲しいところだな。

 姿をくらますことはできても、現実の事象には何ひとつ干渉できない。

 愛する人の鎖を断ち斬ることも、牢獄を破壊して救い出すこともできない。


 奴隷化魔法を破れるのは、聖女ヒジリベだけ。

 怨敵と頼みの綱が同一人物。

 そんな残酷な現実と向き合いながら、日に日に病んでいく最愛の人をただ見ているしかない1か月をアコイは過ごしてきたのだろう。

 完全に顔が死んでいる。


 この二人のうち、どちらかが俺の「ケツ」かもしれない。

 見ていても動きがないし、直接話を聞いてみるか。


 俺は一度、地下牢に続く階段に戻って、幻術を解いた。

 派手に足跡を響かせながら再登場する。

 俺を一目見るや、アコイは夏のひまわりみたいに顔を輝かせた。

 ヒーローが来てくれたって顔だ。

 手に汗握る感じで俺に熱視線を送っている。


 ……が、こいつは、幻術で姿を消していることになっているので、俺は気づかないフリをした。


「か、カザミ……!? なんで、こんなところに」


 と、大袈裟に驚くフリもしておく。

 檻の中でカザミが虚ろな目を開けた。

 俺を見上げて、しばし呆然……。

 やがて、ハッと目を見開いて、暴れ犬のように檻に体をぶつけてきた。


「お、お願いよ……! 助けて! 助けてよ! やだ、ここから出してぇ! もう嫌なのぉ……!」


 ろくに水すら与えてもらえないのか、声は老婆のようにしゃがれていた。

 爪を剥がされて赤くなった指が俺を掴もうと必死に伸びてくる。

 唇は割れ、髪はぼさぼさ。

 凛としたクールビューティーが見る影もない。

 これは、アコイじゃなくてもショックだな。


 アコイが、助けてくれるよね? って顔で俺を見つめてくる。

 近けぇな。

 鼻息が腕に当たっている。

 ふんふん、聞こえている。

 干したシイタケみたいな独特の体臭だし、獣人族でなくとも普通に気づく。

 鬱陶しいな……。


 助け出すこと自体は簡単だ。

 1分とかからない。

 だが、俺にメリットがない。

 わざわざ危険を冒してここまで来たのだから、それなりの見返りを期待したいところなのだが。


「マネキ君! ここから出してぇ……! お願いだから! お願いしますからぁ!」


 カザミは涙をぼろぼろ流しながら俺の襟首を掴んだ。


「私の処女をあげるから。助けてくれたら、私はあなたの奴隷になりますから。だから、助けてください。お願い、マネキ君。お願いします」


 あのプライドの高いカザミがひんひん言っている。

 このひと月、よほど辛かったのだろう。


 それはそうと、だ。

 アコイお前、うぜえよ。

 ああああ、カザミさんの処女がああああ……、って感じでジタバタしやがって。

 新感覚NTRプレイをしている気分になってきた。

 なんだこれ……。


「今、ヒジリベさんは王都中から人を募ってるの。男の人よ。王都で一番不細工な男に私を犯させるって」


 そう言われて、ケツあご募集のポスターを思い出した。

 アコイを彷彿とさせる男にカザミを犯させる。

 いじめっ子が考えそうなことだな。


「どうせ奪われるくらいなら、私の初めて、あなたにあげるわ。……でも、こんな汚い体、あなたもいらないわよね」


 カザミは尻をぺたんと石床につけて、わんわん泣き始めた。

 鞭の跡。

 焼きごての跡。

 切創、打撲痕。

 爪は全部剥がされ、歯も抜かれ、骨も何本も折れている。

 ご丁寧に治癒阻害の呪いまでかけてある。

 この傷は癒せない。

 まあ、並の治癒術師の場合は、だが。


 俺は一歩下がって抜剣した。


「《武器瞬転/スイッチ》」


 対・渡り人用の檻なので、簡単に斬れそうもない。

 聖剣の出番だろう。

 黄金の光が地下牢を照らすと、アコイが息を呑み、カザミが瞠目した。

 強奪品なので、あまり見られたくない。

 俺はささっと聖剣を振り、元の剣にスイッチした。

 カン、カララン、と鉄格子が床に転がった。


「《完全解呪/カース・ド・ブレイク》」


 カザミの首元で魔法の鎖が砕け散った。

 あとは、傷を癒やしてやるだけだ。


「背中を向けて見ろ」


「え……。ぇ……?」


 カザミは困惑しながらも背を向けた。

 軽く手を触れ、《最高位治癒/ハイエル・ヒール》で癒やしてやる。

 巨大な消しゴムでこすったように傷が消え、爪も歯も生えてきた。


「ほう」


 傷だらけで気づかなかったが、こいつ、いい尻しているな。

 尻の善し悪しはウエストで決まるというのが俺の持論だ。

 真っ白な背中と、キュッとくびれた腰。

 そこからビッグバンのように弾ける尻。

 そのバランスがカザミはピカイチだ。


 だとしたら、こいつが俺の「ケツ」なのか?

 たしかに、旦那をケツに敷きそうな気位の高さがこいつにはあるが。

 まあ、そのへんは、また追々判断だな。


「これでお前は自由だ」


「自由……」


 カザミの目尻に涙の玉が盛り上がって、一気に決壊した。

 うわああああんん、と抱きついてくる。

 アコイも、おおおおおんん、おおおおんん、と男泣きしている。


 よくわからんが、これでよかったのか?

 これが俺の安全な逃亡ライフに繋がっていくんだよな?

 なんとなく、無意味な道草を食っているように思えるのだが。

 これで正解なんだよな?


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