30 背徳の大聖堂
「ほぉら、犬ゥ! この駄犬! もう一回ワンって鳴いてみなさいよ! きゃっはっは!」
「や、やめて……! ヒジリベさん。叩かないで……!」
「もぉ、カザミィ! おめえ、犬なんだから語尾にワン付けろよ! おらぁ!」
「んぎあ……ッ! い、いだ、痛いの! うう、やめてヒジリベさん!」
「ご主人様って呼べよオラッ!」
「んああ……! ああッ! ぎあ……ッ!」
面白そうなことやってるな、と俺は思った。
首輪に繋がれた全裸の少女を、聖女様が鞭でしばいている。
そして、それを僧侶が輪になって鑑賞している。
なんだ、この背徳的空間は……。
ハイガルシア大聖堂の天窓から礼拝堂を見下ろして、俺はあっけに取られていた。
首輪少女と聖女様。
どちらも、俺の知っている人物だ。
というか、クラスメイトだ。
聖女のほうは、日尻辺聖奈。
一言で言えば、金髪ヤンキー。
このひと月で髪が伸びたからか、生え際が黒くなっていた。
全裸deわんわんプレイを強いられているほうは、風見風音。
ワタ高時代、鬼の風紀委員長と恐れられた人物だ。
なんで聖女様が風紀委員長様をペットにしているんだ?
それも大聖堂という、この国で最も清浄な場所で。
しばらく観察していると、ヒジリベの右手に赤い紋様を見つけた。
あれは、以前にも見た。
国王の手にも同じ紋様があった。
奴隷化魔法の、主人の証だ。
つまり、カザミは今、ヒジリベの奴隷ということか。
召喚されたあの日、ヒジリベはクラスメイトの奴隷化魔法を解呪した。
そのとき、カザミだけは解呪しなかったのだろう。
そして、国王にねだって主人の証を手に入れ、現在わんわんプレイの真っ最中。
だいたい、そんなところか。
僧侶は観客だな。
ヒジリベは過去にも似たようなことをしていた。
ユーギと結託し、クラスメイトの前でアコイを裸に剥き、見世物にしていた。
進歩のない奴だ。
まーたやってんのか。
カザミとヒジリベは犬猿の仲だった。
父親は華の警視正、母親は人権派弁護士。
カザミはそんな両親を足して20倍したような性格だ。
多少行き過ぎたところがあって、校則を笠に着て生徒を蹂躙していた節があった。
ルールという棍棒でぶん殴るのだ。
ヒジリベは遅刻の常習犯かつ身だしなみもヤンキー仕様。
カザミに目の敵にされていた。
いつか泣かす、と常々息巻いていたから、こうして、有言実行しているのだろう。
泣く子も黙る風紀委員長サマも、校則のないこの異世界では虎の威を失ったキツネだ。
……いや、犬か。
「ちょっとぉー。この人、超ヤバいんですけど。女神様の前でおもらししてるぅー」
「そ、それは、ヒジリベさんがトイレに行かせてくれないから……」
「おい、語尾にワンつけろっつってんだろ。あんたはアタシのペットなんだからさぁー」
「私はペットなんかじゃない!」
カザミが噛みついた。
それが気に食わなかったのだろう。
ヒジリベの顔から笑顔が消えた。
無言で紋様のある右手を突き出す。
すると、今度はカザミの顔から血の気が消し飛んだ。
赤い鎖が首に巻きつき、カザミは自分の尿の上でのたうち回った。
「きゃっは! はっしたなーい! それでも風紀委員長なワケ? 校則違反ってレベルじゃなくなくなくなーい? ――はい、拍手ゥ!」
僧侶たちは引きつった笑みを浮かべて、やんややんやの大喝采である。
すげえ光景だな……。
聖女ヒジリベ。
こいつほど聖女が似合わない奴もいないだろう。
なんなら、俺のほうが似合うまである。
俺は狂乱に乗じて大聖堂に忍び込んだ。
礼拝用の椅子にかけ、二人を観察。
アルフィが言っていた「いいケツ」というのは、どっちだ?
組体操しながら話したせいで、詳細を聞きそびれた。
俺はこれから「ケツ」とやらを連れて逃走性活を始めることになる。
ニュアンス的には、そんな感じだったはずだが。
ケツは大きさ・形ともに大差ないご様子。
ケツ周りはともかく、性格はどっちも俺の好みではない。
どちらも連れて行きたくないのが本音だ。
――ぴこっ♪
突然、電子音が聞こえた。
このファンタジーワールドにあっちゃならない音だった。
ヒジリベがスマホを持っている。
画面を見つめてニタァと笑いながら、カザミの周りをうろうろ……。
さっきのは、どうやら、撮影開始の音だったらしい。
俺は超人的脚力でヒジリベの背後に跳んだ。
幻術で姿を隠匿しているが、スマホにどう映るかはわからない。
念のためだ。
つか、スマホ、使えるのか。
バッテリー残量は67%とある。
ヒジリベは充電手段を持っているらしい。
どこも圏外のディスガルズでは、スマホの価値はあまり大きくない。
でも、撮影機能は普通に羨ましい。
充電手段さえあれば、俺の画像フォルダはクルリーヌの裸体であふれ返っていたはずだ。
がぜん興味が湧いてきた。
さては、俺の「ケツ」はお前だな、ヒジリベ。
ヒ尻ベだもんな、お前は。
聖女コスは腰のラインがくっきり浮き出ている。
黙っていれば、見た目も悪くない。
黙っていれば、アリだな。
黙っていれば、だが。
「あっはー! カメラ向けたらお尻の穴ぴくぴくさせてる! ぶふっ! この犬、ガチで面白いんですけどぉー! ぶきゃー! きゃっはっは!」
うん、やっぱナシだな。
こいつと逃亡生活とか無理だ。
こいつから逃亡したくなる、絶対。
……と、ここで、僧侶の一人がよろめいた。
僧侶は肩を押さえて目を丸くしている。
見えない何かにぶつかったかのようなリアクション……。
俺は《看破/シーザル》を発動した。
僧侶の隣……何かいる。
次第に輪郭が明瞭になってきた。
少年だ。
悔しげに歯を食いしばってうつむく少年。
そのあごは、ケツのようにくっきりと割れていた。
「あれ、アコイ、生きてるじゃん……」
俺は思わずそう口にした。
ヒジリベが、ほえ? という表情で振り返る。
が、俺には気づかず、ペット動画の撮影に興味を戻した。
生きていたのは……まあ、あれだな。
同じぼっちとして、素直に喜んでやるとしよう。
しかし、由々しき事態だ。
ここにきて、3人目の「ケツ」が登場してしまった。
俺と逃亡性活を営むのは、どのケツなんだ?




