3 模倣魔法
魔王討伐に向けた訓練が始まって、10日。
ハイガルシア城の中庭では、朝から晩まで鬼教官にしごき倒される高校生、という代り映えのしない光景が続いていた。
しかし、人間とは元来、怠惰な生き物だ。
この頃になると、上手にサボる奴も現れていた。
「《存在隠匿/ハイデン》」
影薄い系女子の暗野が堂々と無限行進の列から離脱していった。
いつもなら、一糸乱れただけでキレ散らかすオンドリル教官がこれには気づく気配すらない。
彼女が宿した英霊の技能、《存在隠匿/ハイデン》。
存在感を極限まで縮小することで、周囲の知覚をすり抜ける能力。
毎度、堂々たるサボり方で感心する。
日向から日陰に入るタイミングで俺も隊列を離れた。
アンノは体育でも見学しているみたいに壁際で体操座りしている。
俺も少し離れたところに腰を下ろし、話を振った。
「みんな、よくやる気になるよな」
孤高系の俺でも気安く話しかけられる雰囲気の持ち主。
それがアンノだ。
得難い才能だ。
俺が総理なら税を免除してやるのに。
「親元から引き離されて、テレビもネットもエアコンもないこんな世界で魔王を倒すための訓練、訓練、訓練……。なんで、みんな文句も言わずに付き従っているんだろうな。集団心理ってやつか?」
目的意識すら曖昧なまま、用意された目標に向かってひた走る。
咬めと言われたら咬み、座れと言われれば、おすわり。
少しでもモタつくとケツを蹴られる。
これじゃ闘犬と大差ない。
この分だとあいつら、魔王の前に突き出されたら、なんの疑いもなく戦うだろう。
あーだこーだと不満を並べて早々にバックレたユーギのほうが数段賢いと言えよう。
自分のハンドルは自分で握る。
これも得難い才能だ。
責任ある運転を心がけているかは知らないがな。
「……ぇ。んえ?」
アンノは俺を見て、目をまんまるにした。
「ま、マネキ君、なんで私に気づけるの!?」
なんだ。
そんなことか。
「俺はスキル《看破/シーザル》を使えるんだ」
要するに、俺の目は欺けない。
「いやいやいや……。そもそも、なんで鬼ドリルに気づかれてないの?」
「それは、お前と同じスキル《存在隠匿/ハイデン》を使えるからだな」
「そんなの……嘘だよ。だって、このスキルは私に宿ってる英霊の固有技能だし。私以外には誰も使えないんだよ?」
そうだろうな。
俺も初めから使えたわけではない。
だが、俺にも、世界に俺だけという能力がある。
固有魔法《模倣魔法》――。
俺の中にいるナンチャラとかいう英霊が持っていた唯一無二の魔法。
筋繊維の動き、体内の魔力の流れ、体温、脈拍、周囲の気流に至るまで、そのすべてを完璧に読み取り、我がものとして再現する魔法。
ま、あれだ。
簡単に言えば、相手の技をコピーできるってことだ。
剣術、魔法、楽器の演奏、ダンス、話術、テーブルマナーなどなど。
「技」や「術」と呼べるものなら、一度見ただけでなんでも模倣できる。
英霊固有の技能たるユニークスキルもその例外ではない。
俺はこの模倣魔法で目につくものを片っ端からコピーして回った。
そのうちのひとつが《存在隠匿/ハイデン》というわけだ。
「うわっ。ほんとに消えちゃった……」
キョロキョロするアンノを尻目に、俺は城の裏手の軍事演習場に向かった。
演習場では爆音が轟いていた。
おおかた、『賢者』の英霊を引き当てた健崎がまた魔法を見せびらかしているのだろう。
こと俺に限って言えば、走るより「見る」ほうがタメになる。
見学させてもらうか。
「――《焔土澎龍/フランゴルマ》!」
眼鏡のひょろガリ少年が杖を振り上げると、地面が裂けて真っ赤な火柱が上がった。
居合わせた兵士や魔術師らしきローブの一団が驚愕と歓喜の声を響かせる。
「すごい! 本来、大掛かりな儀式を必要とする龍級の魔法をこれほど短時間に立ち上げるとは!」
「それも、たった御一人でだ! まさしく奇跡だ!」
「さすが賢者様だ!」
ケンザキは事もなげな様子だ。
だが、内心、鼻が伸びきっているのが遠巻きにもよくわかった。
杖なんて持っちゃって、まあ。
そういうお年頃なのだろう。
お大事にな。
奴の病状はともかく、魔法のほうは目を見張るものがある。
クラスにはほかにも魔術師はいる。
だが、ケンザキの魔法は次元が違う。
『龍級』と呼ばれる人外の魔法をぽんぽん行使できる。
冗談とかではなく、小国なら一人で落とせるだろう。
クラスには、ほかにも次元が違う奴が二人いる。
『聖女』日尻辺と『剣聖』御剣だ。
聖女と賢者、剣聖は、『三英霊』だの『三大英霊』だのと呼ばれ、英霊の中でも別格視されている。
今回の召喚は大当たりだったらしい。
ウルトラレア英霊の『勇者』を引き当てたばかりか、かつて勇者とともに旅をした三英霊までセットでついてきた。
事実上の勇者パーティー復活だ。
城内は大いに盛り上がりを見せていた。
最初こそ激オコだった国王もまんざらではないようだ。
王室に男子がいないこともあってか、国王はユーギを我が子のように可愛がっている。
調子に乗ったユーギが聖剣挿入の儀と称して廊下の角でメイドを犯しても、目をつむるどころか、笑顔で見守るほどだった。
国家の未来という観点に立つ国王に言わせれば、メイドの貞操など些末な問題なのだろう。
大当たりだったのは、俺にしてもそうだ。
ユーギはどうでもいいが、三英霊の力はこの世界最強クラスと言っていい。
三人とも自分の力を誇示するように頻繁に技を見せてくれたから、コピペし放題だった。
そして、異世界に来て、13日目。
俺は三英霊の技をすべてコピーし尽くし、事実上、世界最強の力を手に入れた。
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