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29 死の偽装


 アルフィが手配した隠れ家に俺は潜伏していた。

 ゴロゴロしているうちに、3日も経ってしまった。


 パーティーメンバーの死。

 勇者ユーギの斬首。

 ムライザたちの亡骸を焼き尽くして埋め、逃亡の準備に奔走し、王城に忍び込んでスマホを回収、国王に死刑宣告を下賜され、近衛騎士相手に大立ち回りを演じ、玉座の間に放火した後、アルフィとシケ込んだ。

 1日でこれだけのことがあったのだ。

 精神がすり切れて、水さえ喉を通らなかった。


 布団で亀になって過ごしたのだが、それでも、追っ手が突入してくることはなかった。

 もしかしたら、反・国王派が俺の捜索を掣肘しているのかもしれない。

 たぶん、そうなのだろう。


 水面下で大きな意思が鍔迫り合いをしていて、俺は薄氷の上をおっかなびっくり逃げ惑っている。

 いつ冷たい水底に引きずり込まれるかわかったもんじゃない。

 今、そんな気分だ。


「勇者って面倒臭せぇな……」


 好き好んでこんなもんを演じたがる奴の気が知れない。

 聞いてるか?

 お前のことだよ。


 俺は自分の胸を拳で叩いた。


 この3日、夢の中にあいつは出てきていない。

 尋ねたいことが山盛りで、言いたい文句も大山脈のように積もっていたが、出てこないんじゃぶつけようがない。

 俺はアトラスみたいに不満の塊を背負わされたまま、悶々としている。


 どうも、あの模倣のおっさんは、聖剣を手に入れたことで満足してしまったらしい。

 胸にあいた穴が埋まったから、夜な夜な俺にいやがらせする気にもならないようだ。

 身勝手な奴だ。

 まあ、あんな奴は金輪際出てこなくていい。

 聖剣を抱き枕にして永眠していろ。


 足音と鎧の音が聞こえて、俺はベッドから跳ね起きた。

 カーテンの隙間から通りを除くと、警ら中の衛兵が見えた。

 こちらに気づいた様子はない。

 外出禁止令は緩和されつつあるが、警戒態勢が維持されているのを見るに、やはり、俺の死が偽装だったことは国王側も承知済みなのだろう。


「ここも、そろそろ危ないよな」


 俺は身支度を整えることにした。


「《幻影偽死/イルジオン・デッド》か……」


 あの幻術魔法をいつ、どこでコピーしたのか、俺には心当たりがない。

 いつの間にか習得していた。

 でも、最初から持っていた技とも思えない。

 どこかで見て、コピーしたはずなのだ。


 視覚だけでなく、聴覚や嗅覚、味覚まで欺く幻術なんて、ほかに知らない。

 あれは、相当高位の幻術魔法だ。

 おそらくは、固有魔法の類だろう。

 そんなものをどこでコピーしたのか。


「……」


 まあ、死んだふりをする幻術だからな。

 誰かが死んだとき以外には考えられない。

 俺の周りで死んだ人といえば……。


 最初に頭に浮かんだのは、ニシゼキたちに絡んでいた暴漢だ。

 あいつは、幻闘士だった。

 幻術の使い手だ。

 だが、あいつの頭を蹴り潰したとき、たしかに蹴った感触があった。

 頭蓋骨が凹む感触も。

 触覚が誤魔化せない以上、あいつは、候補から外れる。


 だとすると、山賊か?

 ユミリを毒矢で射た山賊たち。

 あの中に高度な幻術の使い手がいたのだろうか。

 ……いや、それもないな。

 山賊の死体あさりは冒険者のマナーだ。

 死体は1体1体身ぐるみを剥いで確認した。


 だとしたら、ユーギに殺された『王都四輝星フォースター』の3人の中に……。

 いや、これもない。

 ユーギはユミリを犯していたし、ロォガルの頭を蹴り、ムライザに腰かけていた。

 火葬するとき、俺自身も遺体に触れている。

 そもそも、彼らと出会う前から、俺は《幻影偽死/イルジオン・デッド》を習得していた。


「じゃあ、やっぱ生きてるよな、あいつ……」


 残る可能性はひとつしかない。

 俺が見た最初の犠牲者。

 召喚されて5分で勇者ユーギに殺された、あいつ。


 ワタ高2年B組の一員。

 あご太こと阿古井アコイ良太リョウタ

 聖剣で胴体真っ二つにされたアコイが、実は生きていました、というパターンだ。


『うおおおお! すっげ! 斬った感触しねええええ! さっすが聖剣だぜ!』


 勇者ユーギはそんなことを言っていた。

 斬った感触がない。

 これは、《幻影偽死/イルジオン・デッド》の特徴と合致する。

 単純に切れ味がすごかっただけかもしれないがな。


 思えば、あのとき、誰もアコイの死体に触れていない。

 心肺蘇生をしても助かる見込みはなさそうだったからだ。


 一番近くにいたのはカザミだった。

 彼女は頭から返り血を浴びて、放心状態になっていた。

 もちろん、その血も幻術だ。

 かぶったときの熱さも、冷めていく冷たさも、ヌルヌルする感触もない。

 だが、血の臭いと味はしたはずだ。

 幻術だと気づかなくても無理はない。


「うーん……いや」


 この推理には致命的な穴がある。

《幻影偽死/イルジオン・デッド》の最大の弱点、死体が残らないという点だ。


 死の偽装はその場しのぎでしかない。

 死体を処理するときに誰かが気づく。

 異世界に来た翌日、アコイは荼毘に付された。

 ユーギ以外は葬列に参加したし、クラスメイトのほぼ全員がアコイの亡骸に花を供えている。

 俺もそうだ。

 アコイの頬の横に白い花をたむけた。

 あれは、幻術という感じではなかった。


「じゃあ、やっぱり死んだのか? ……いや、でも」


 今にして思えば、やけに血色のいい死に顔だったような気がする。

 首から下は花に埋もれていた。

 胴体が繋がっていたかどうかまではわからない。

 死体のフリして寝ていただけ、という可能性もある。


 その場合、アコイの死体を処理した人間は、アコイが生きていることを知っていたはずだ。

 知っていて、葬儀の手筈を整えた。

 ……それは、なぜだ?

 なぜ、アコイを死んだことにする必要があった。

 誰の企みだ、これは?


 真っ先に浮かぶのは国王だが……。

 でも、国王は、せっかく召喚した渡り人がなんの役にも立たずに死んだ、と烈火のごとく怒っていた。

 あれが演技だったとは思えない。

 少なくとも、国王は死んだと思っているのだ。


 となると、反・国王派が関与している……のか?

 つまり、あー、どういうことだ?

 混乱してきたな……。


 アコイは生きているのか。

 それとも、死んでいるのか。


 もし、生きているなら……。

 それは、波乱の予感だ。

 あの場にいた全員の目を欺くほどの超チート級幻術師。

 その利用価値は計り知れない。

 潜入工作、情報収集、そして、暗殺。

 なんでもできる。

 強力極まりないカードを誰かが握っているということになる。


「核爆弾が1個、行方不明になっているようなもんだな」


 まあ、全部俺の推測だ。

 妄想と言ってもいい。

 真実を確認しようにも、その手段すらない。

 頭を悩ませるだけ無駄か。


 俺は姿と存在感を消して、隠れ家を引き払った。

 大聖堂で「ケツ」を探せ。

 そして、逃亡()活を始めよ。

 アルフィはそう言っていた。

 疲労にかまけて、3日もほったらかしにしていた。

 そろそろ、動くか。


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