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28 星空(sideスズシ)


「星が定まらないな……」


 満天の星空を見上げ、スズシは細い眉を歪めた。

 玉座の間の一件から2日が経っていた。


「龍級占星術師たる僕でも見通せないなんて」


 ハイガルシア王国の、その長い歴史に綺羅星のごとく名を刻む、占星術の父と呼ばれた英霊をその身に宿したスズシには、1000年先どころか、ディスガルズの終焉さえも見通すことができた。

 しかし、別の思惑を持つ第三者が新たな占いを行えば、未来が書き換わることがある。

 占いは常に最新のものが優先される。

 後出しジャンケンのような側面があった。


 勇者ユーギが死んだ。


 その事実は、様々な情報伝達手段によって瞬く間に世界中に波及し、各国首脳部に大きな衝撃を持って受け止められていた。

 目下、世界の関心事はひとつだ。

 次なる聖剣の担い手は、誰か――。

 すなわち、新しい勇者の誕生である。


 その結末を占うべく、世界中の占星術師たちが寝る間も惜しんで星詠みにふけっている。

 そのたびに、未来が書き換えられていく。

 占星術師たちの戦い――星詠み戦争が夜ごとに繰り広げられていた。

 龍域に座す占星術師スズシをもってしても、物量に圧倒され、正確な未来は詠み切れずにいた。


「また変わった……。どこにいる、あのホムンクルスは」


 玉座の間からマネキ・マヤトの亡骸は見つからなかった。


(あれだけの人数で囲っておきながら、みすみす取り逃がすとはな)


 国王や騎士の無能っぷりには唖然とさせられる。

 しかし、わからなかった。

 たしかに、致命傷を負ったはずのマネキが、どうやってあの状況から脱したのか。

 何十何百という目を欺き、あの絶望的な状況を打開する手段などとても思いつかない。


(僕の詠みは完璧だった。なぜだ……)


 そして、どこへ姿を消したのか。

 追跡師や占い師が夜通し捜索を続けている。

 だが、その行先は杳として知れない。


(骨すら残らないほどに燃え尽きたとでもいうのか。……いや)


 めまいを感じて、スズシは頭を押さえた。


 星が目まぐるしく空を飛び交っている。

 占星術師になって以来、星空は穏やかなものではなくなった。

 まだ幼かった頃、父セイゾウと行った夜の天文台が懐かしい。

 あの夜空は本当に美しかった。

 どこまでも深く、遠く、穏やかな漆黒の空。

 そこに輝く無数の星々。


 父は言った。

 スズシの頭をなでながら、


「すまない」


 そう一言言ったのだ。

 連日、おびただしい数の記者に追い立てられ、際限のない取り調べに神経を摩耗させ、父は疲れ果てていた。

 そんな中で、すまない、と涙ながらに言ったのだ。


 スズシにとって、常に父セイゾウは立派な人物だった。

 どんな困難にも逃げ隠れせず立ち向かっていく大きな背中が憧れだった。


 しかし、世間の反応は真逆だった。

 誰もが父を口汚くなじった。

 母は心労から病に臥せ、祖父母ですらスズシ家と縁を切った。

 テレビが、新聞が、週刊誌が、ネットが恐ろしかった。

 そこは、父への罵倒の言葉であふれ返る地獄だった。

 スズシにしても、家の外に一歩出れば「セイゾウ氏の息子」と呼ばれ、目も開けられないほどのフラッシュを浴びせられた。

 いじめを受けたことも一度や二度ではない。


 呪わしかった。

 なぜ、自分たちはこんなにも苦しめられなければならないのだろう。

 なぜ、世界中から悪者として叩かれなければならないのだろう。

 あのホムンクルスには、世界中の人々が同情し、庇護の手を差し伸べているというのに。


 同じ年に同じ町で生まれたスズシとマネキ。

 なぜ、これほどまでに違うのか。

 理不尽だと何度も叫んだ。

 そして、それは、いつしか抑えようもないほどの憎悪に変わっていた。


 スズシは涙を拭って空を見上げた。

 あの美しかった夜空はもう見えなかった。

 あるのは、千の星の混沌。

 無意味な数式の羅列のごとく、星々は膨大な情報をスズシに投げかけてくる。

 吐き気がした。

 父と見たあの思い出の景色までもが穢されていくようだった。


(ホムンクルスめ……)


 脳が焼きつくような情報の濁流をスズシは憎悪の念で押さえつけた。

 澎湃とした光の渦の中に、ほんの一瞬、ひとつの閃光が走る。


「見えた」


 天秤杖がカシャリと音を立てて傾いた。

 皿の上で輝くひと際大きな星の向こうに、見える。


 緑の野。

 さびついた鉄のわだち。

 牙のように林立する巨大なアリ塚。

 金の閃光。

 そして、闇……。


 この光景は、


「アリンガ平原か」


 時は、今から3日後。

 あのホムンクルスと、……もう一人。

 長い銀髪の令嬢が見える。


(僕に殺せるのか。あの穢らわしい人間モドキを)


 並み居る近衛騎士たちを斬り捨てたマネキの剣。

 剣聖ミツルギを彷彿とさせる凄まじい剣技だった。

 魔法で強力な龍種を討伐したという話も伝え聞く。

 おそらくは、魔法剣士系の英霊を宿しているのだろう。


(結果までは、……見えないか)


 今見た未来でさえ、いつ書き換えられてもおかしくはない。

 しかし、これを除いて、ほかに機会はない。

 この機を逃せば、二度と星は巡ってこないかもしれない。


「輝かしいはずだった僕の人生を穢したあのホムンクルスを、父さんを苦しめるあの悪魔を、今度こそ」


 スズシはぎゅっと天秤杖を握りしめた。

 今回は勇者ユーギをけしかけたときのようには、いかないだろう。

 玉座の間の一件で、国王からの信頼も失ってしまった。

 だが、こんなときのために、手駒は揃えてある。


「殺してやる。今度こそ確実に。マネキ・マヤト、人間の偽物め」


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