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22 大罪人


 似合いもしない赤マントを羽織り、騎士たちに囲まれた勇者ユーギの姿は、パッと見、貴族のボンボンだった。

 もう少し顔に品性があったら、王子様にも見えたかもしれない。


「おっ、マネキじゃーん! マジでいるじゃん」


 ユーギはスキップしながら駆け寄ってきた。


「おっひさー! つか、オレらしゃべるの初めてじゃね? めっちゃウケるって、ハハ!」


 肩をバシバシ叩いてくる。

 その気さくさに反して、顔は返り血でべったり濡れている。

 誰の血かは問いただすまでもない。

 こいつには、アコイを斬殺した過去もある。

 犯人は現場に戻ってくる、ってのは本当だな。


 とはいえ、まだ犯人と断定できたわけじゃない。

 だから、俺はいちおうカマをかけてみることにした。


「なあ、ユーギ。冷たいよな、エルフの肌って。ハーフエルフもそうだったのか?」


 俺はちらっとユミリを流し見た。

 ユーギは思い出すように、うーん、とうなった。


「……あー、たしかにちょっと冷たかったかもな。興奮してたから全然憶えてねーわ。んだよ、マネキィ。お前もその女とヤったの? オレら兄弟じゃん。お前のこと穴ニキって呼んでやんぜハッハ!」


 ユーギは底抜けの明るさで俺の肩に腕を回してきた。

 頬もツンツンしてくる。

 こいつ、ちょっと面白いな。


「そういや、このフォーなんちゃらって連中、マネキの仲間だったんだろ?」


 ユーギはロォガルの頭をサッカーボールみたいに蹴飛ばした。

 そして、ムライザの背中にケツを下ろす。


「悪りぃ、マネキ。ぶっ殺しちまって! ショックか? なあ、ショック?」


「いいや。別に仲間とかじゃなかったしな。俺がぼっちなの知ってるだろ?」


「あれ、そう? いっやー、よかったよかった。オレも仲間失って泣きべそかいてる奴を斬るのは忍びねえって思っててさ」


「斬る? 俺をか?」


「そーそ。ほら、あれだって、経験値ってヤツ! オレさ、勇者だしィ? 経験値、稼がなきゃいけねーしィ? いろいろ大変なんだって。だりィんだよなー。ちまちまスライム潰してレベリングなんてしてらんねえってマジで」


 ユーギは聖剣を抜いて俺の鼻先に突きつけた。

 金の刃から血の臭いがしていた。


「面倒臭ェーって思ってたらよ、いるじゃん! 英霊相当の経験値を気軽にゲットできる相手がさー。誰ってそりゃ、お前だよマネキィ!」


 なるほどな、と思った。

 たしかに、火を噴く巨大なドラゴンを狩って回るより、同級生をぶった斬るほうが安上がりだ。


「こんな裏技、よく思いついたな。お前はクズで馬鹿なのかと思ってた。クズだが、馬鹿じゃなかったんだな」


 俺はひとつため息をついてそう皮肉った。


「は? オレ、天才だしィ! つか、クズでもねえしィ! だってコレ、オレの思いつきじゃねえもん!」


 ユーギは聖剣を振り上げた。


「聖級冒険者3人でレベルが10も上がった。聖人のお前なら一発で100まで行くんじゃねコレ? やっば。オレ、最強じゃんパネー!」


 事ここに至っても、護衛の騎士たちは黙って見ているだけだ。

 国王も承知ということか。

 まあ、冒険者なんてごまんといる。

 聖人もしかりだ。

 何人か聖剣のサビになっても痛痒はないのだろう。

 それより、切り札たる勇者を早くレベルアップさせたい。

 それが国王のお沙汰というわけだ。


「お前はなぁ、マネキィ。オレの経験値になるために生まれてきたんだよ」


 ユーギは親友に向けるみたいな笑顔で俺を見た。


「生まれてきてくれてありがとな!」


 聖剣が振り下ろされる。

 大上段から頭をカチ割る太刀筋。


 ……遅いな。


 ハエが止まるような遅さだ。

 勇者といえども、レベルアップ前はこんなものか。

 ムライザたちも背後から斬られなければ、楽々対処できていただろう。


 俺は指先から光る爪を伸ばした。

 聖剣を受け、小枝のように腕をしならせて流す。

 そして、魔爪を振り抜いた。


「秘剣《小枝返し》」


 図らずも、二人の技で一矢報いた形になった。

 すぱーん、と首が空を飛んだ。

 マヌケな顔が宙でくるくる回り、落ち葉の上に落下した。

 胴体がばたりと倒れ、左右の頸動脈から赤い水鉄砲をビュゥ、ビュゥ、ビュゥ、と飛ばした。


 脳への血流が途絶えても5秒くらいは意識があるものらしい。

 地面に落ちたユーギは2回まばたきをした。

 俺を見上げて泣きそうな顔になる。

 その目から、……光が消えた。


 そして、俺は勇者殺しの大罪人となった。





 勇者ユーギを殺した。

 殺しておいてなんだが、これだけは言わせてほしい。


 俺に殺意はなかった。


 殺そうなどと微塵も考えていなかった。

 そりゃ、ムライザたちを惨殺した件については憤りもある。

 だが、仇討ちを考えるほど、俺は情に厚い性格じゃない。

 だから、俺はユーギを殺そうだなんて、これっぽっちも思っていなかった。


 だって、そうだろう?

 ユーギは腐っても勇者だ。

 このディスガルズに欠かせない奴だ。

 殺すのは世界のためにならないし、魔王を喜ばせるだけ。


 じゃあ、なぜ首をちょんぱしたのかって?

 そりゃアレだな。

 端的に言うと、アレだ。


 うっかりしていた。


 そう、うっかりしていたのだ。

 日頃から躊躇しないことを心掛けていたことに加えて、先の山賊の件で「次は初手で首」と肝に銘じていた。

 だから、つい、反射的に手が動いてしまったのだ。


 さらに言えば、模倣魔法の性質もこれを後押しした。

 俺の模倣魔法は、コピー元の短所まで漏れなくコピーしてしまう。

 ロォガルの《獣牙・双刃螺旋斬り》の場合、着地難がセットでついてくる。


《小枝返し》をコピーしたときだってそうだ。

 あのとき、ムライザはうっかり焚き火を消してしまった。

 俺はその「うっかり成分」までコピーしてしまったのだ。


 そして、うっかり首をはねてしまった。


 総括。

 俺に殺意はなかった。

 勇者ユーギはうっかりミスで死んでしまったのだ。


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