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21 森の中


 俺は水の中にいた。


 ワタ高の連中が輝かしい笑顔を振りまいて廊下を駆けていく。

 走ると危ないぞ、と先生の誰かが言った。

 女子どもの小うるさい声がどこか遠くに聞こえる。


 うまく息を吸えない。


 みんなと同じように息を吸い込んでいるはずなのに、俺だけが水を吸っている。

 みんなと同じように走ろうとしているのに、俺の体だけ浮いてしまう。

 俺もみんなと同じように笑おうとした。

 しかし、ボコボコと口から泡が出て、顔を覆ってしまう。


 何かがおかしい。


 同じ世界に生まれたはずなのに、俺だけがどこかおかしい。

 俺だけ別の生き物みたいだ。

 俺は魚なのだろうか。

 いいや、違う。

 俺は魚のように自由に泳げない。


 なら、俺はなんだ?


 俺はなんという種類の生き物なんだ?

 人間ではない。

 それだけは、たしかだ。

 だって、俺はあいつらとこんなにも違う。

 一緒にいるだけで、こんなにも息が苦しくなる。


 でも、一人でいるのも苦しい。

 何をしていても、ずっと溺れているみたいに苦しいのだ。


 俺はきっと間違えて生まれてきたのだろう。

 生まれ方を間違えてしまったのだろう。

 だから、こんなにも生きるのが苦しいのだ。


 俺には父も母もいない。

 同族も仲間もいない。

 俺は小さなシャーレの中で発生し、カビのように増え、培養管の中で逆さに浮いていて、そして――


「……くそが」


 目を覚まして開口一番、俺は悪態を吐き出した。

 久しぶりに、あの英霊のおっさんが夢に出てこなかったと思ったら、代わりに、クソみたいな夢を見てしまった。

 俺は眠っている相手の夢を誘導するという催眠術を習得していたはずだ。

 俺が使える技は、あいつも使える。

 あのおっさんが俺にクソみたいな夢を見せたのだとしたら、腹立たしいことこの上ない。

 クソ・オブ・クソだな。

 クソが……。


 俺は体を起こした。

 隣ではクルリーヌがヘソ天でいびきをかいている。

 こいつがろくでもない寝相で布団を蹴るせいで、腹がすっかり冷えている。

 イライラポイントが加算されたが、まあ、昨晩は楽しませてくれたからな。

 見逃してやるか。


 俺はクルリーヌに布団を投げつけ、城を出た。

 朝日に向かって伸びをしたところで、昨晩の話を思い出す。

 ムライザたちは勇者ユーギの冒険者ごっこに駆り出されているはずだ。


「行ってみるか」


 あの馬鹿がスライム相手に聖剣を振り回しているところを見ても面白くはないだろうが、勇者だけの特別なスキルとかあるならコピーさせてもらいたい。


 俺は王都東門から出て、森に向かった。

 追跡師のスキルを発動すると、ムライザたちの足跡が光って見えた。

 鑑定と併用すれば、面識がある場合に限り、足跡に名前が表示される。

 便利なものだ。


 俺は光る足跡を追って森に分け入った。

 王都近郊の森は貴族らが狩りをするせいか、手入れが行き届いているようだった。

 森というより、自然公園という雰囲気。

 これでは、ろくな魔物はいまい。

 勇者主賓の接待ゴルフを想像して俺は苦笑した。


 警戒の必要もないので、俺は足元ばかり見ていた。

 だから、足跡の先に突然靴の裏が現れたときは我が目を疑った。

 草むらの中に男がうつぶせに倒れている。


 ムライザだった。

 隣にはロォガルもいる。

 二人とも、ほふく前進みたいな格好で倒れている。

 羽虫にたかられているのに、身動きひとつしない。


 背中が赤黒かった。

 肩から尻にかけて衣服が鎧ごと斬り裂かれている。

 赤いのは言うまでもなく血だった。


 ムライザは目を開けていた。

 でも、もう何も見ていなかった。

 ロォガルに至っては、首から上が胴と繋がっていない。


「……」


 少し離れた茂みの中に裸の女が倒れていた。

 ユミリだ。

 だらしなく開いた股から血を滴らせている。

 四肢が欠損していた。

 目の下には涙が乾いた筋が見える。


「……」


 カラスが荒らした生ゴミみたいに、パーティーメンバーの残骸が散乱していた。

 正直に言って、あまりショックは受けなかった。

 あれ、死んでる……。

 くらいの感想しか抱かなかった。


 だって、そうだろう。

 俺はこいつらと仮パーティーを組んではいたが、別に仲間というわけではなかった。

 俺たちはまったく異なる世界に生まれた、まったく別の生き物だ。

 こいつらは、俺にとって浜に打ち上げられたクラゲのようなもの。

 泣いたり叫んだりすることじゃない。


 冷たいかもしれない。

 非情かもしれない。

 でも、そういうふうに生まれて、そう育ったのだから仕方がないじゃないか。


 俺はこんなときにも自分の不遇を呪って勝手に打ちひしがれていた。

 馬鹿みたいに泣き喚ければどんなにいいだろう、とか思いながら。


「……聖級パーティーが全滅か。魔物の仕業じゃないよな」


 探知してみたが、付近に反応はない。

 そもそも、魔物がわざわざレイプしていったりしないだろう。

 ゴブリンならありえるかもしれないが。


 サムライのムライザが後ろ傷を負っている。

 争った様子はないし、歩幅を見ても逃げようとした痕跡はない。

 背後から不意打ちでいきなりバッサリやられたのだろう。

 つまり、これをしでかしたのは、背中を見せてもいい相手ということになる。

 ユミリがマッパなのを見るに、犯人は男だ。


 いちおう、体液に鑑定をかけてみたが、DNAから犯人を割り出す的なことはできなかった。

 まあ、誰の犯行か、考えなくてもわかるのだが。


 俺は半開きになったユミリのまぶたをそっと閉じさせた。


「悪いな。たぶん、俺のせいだ」


 俺が冒険者になり、デビュー戦で龍種を2頭も仕留めたものだから、犯人あいつは冒険者に興味を持った。

 そして、『王都四輝星フォースター』に白羽の矢が立った。

 きっとお前たちは俺に出会ってしまったから、ここでこうして、くたばることになったのだ。


 でも、諸悪の根源は別にいる。

 これを喜劇と呼び、占星術とやらでこうなる未来シナリオを描いた舞台監督気取りのクソ野郎がな。


 模倣の英霊、お前のことだよ。


 お前の仕業なんだろう。

 どうだ?

 面白いか?

 それとも、俺があまりショックを受けていないから、拍子抜けだったか?

 星の導きとやらは、これでおしまいか?

 そんなことはないよな?

 かつて、世界最強に至った男がわざわざ謀略を巡らせたのだ。

 こんな小悪党のイタズラみたいなことで終わるわけがない。

 まだ先があるんだろ?


 言え。

 お前はどこまで見た?

 これから何が起きる?

 お前は何を欲しているんだ?


 ――パキッ。


 枝が折れる音がした。

 振り返ると、騎士の一団がいた。

 その中央で虎の子のごとく守られている少年の顔には見覚えがあった。

 腰で輝くのは黄金の剣。


 勇者ユーギがそこにいた。


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