2 ディスガルズについて
異世界からの来訪者『渡り人』――。
俺たちには、いくつかの魔法が付与されている。
奴隷化魔法もそのひとつだったわけだが、基本的には有益なものばかりだ。
翻訳の魔法などがそうだ。
おかげで、俺たちは初めての異世界でも問題なくやり取りができている。
ほかにも、《自像反映/ステータス》という魔法も便利だ。
自分の身長や体重、健康状態などを確認できる。
そのうえ、ちょっとしたメモ機能までついている。
異世界転移した最初の晩、俺はメモ帳に考えを書き出して頭の中身を整理することに時間を費やした。
以下は実際に俺が残したメモだ。
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この世界の名は、『ディスガルズ』。
ただ、これは、「この世」という意味。
そういう意味では、固有名詞ではないらしい。
ディスガルズは平面世界。
世界の果ては滝になっている。
事実かどうかは不明。
俺たちを召喚したのはハイガルシア王国。
俺たちの世界で言えば、アメリカにあたる超大国。
中露にあたる国もあるらしい。
王国の敵国とのことだが、俺の敵となるかは不明。
ディスガルズの南側半分は魔王領。
魔王と魔族が支配する土地。
魔王は絶対に滅ぼすべき敵とのことだが、これも俺にとっての敵であるかは不明。
魔王の狙いは、ハイガルシアのずっと北に生えるという『世界樹』を切り倒すこと。
理由は知らん。
前世がきこりで、デカイ木を見ると血が騒ぐのかもしれない。
世界樹はこの世界の頸動脈。
切られれば、ディスガルズは滅亡する。
世界樹は世界そのもの。
どんな犠牲を払ってでも死守すべきもの(らしい)。
魔王は転生するらしい。
勇者の聖剣のみが魔王を完全に滅ぼしうる(らしいが、真偽は不明)。
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こうしてみると、不明なことばかりだ。
だが、確実なこともある。
世界樹とやらは実在する、ということだ。
ハイガルシア城の窓から外を見れば、北の大山脈のそのまた向こうに巨大な樹影がぼんやりと見える。
あれが、人類側の旗だ。
魔王に取られれば、世界は滅亡する。
対して、魔王側の旗は、魔王自身の首級だ。
これを聖剣で斬り落とせば、人類側の勝利となる。
ディスガルズはそういう旗取り合戦をしている世界らしい。
文明レベルは中世。
だが、要所要所に例外も見られる。
蒸気機関車などは、その最たる例だろう。
どうも、渡り人から知識を得たらしい。
大砲や銃もある。
だが、火薬の普及は限定的。
この世界には、魔法という代替技術があるから入り込む余地がないのだろう。
世界観設定はそんな感じ。
◇
第一印象こそ最悪だった。
だが、俺たちワタ高2年B組と王国側の関係は、少なくとも表面的には良好だった。
国王の計らいで、衣食住が保証された。
俺たちには王城内に個室が与えられ、メイドも1人ついた。
勇者ユーギたっての希望ということもあり、望む者には性の提供もあるらしい。
クラスのイケイケ系男子たちは鼻の下を伸ばしてメイドのケツを目で追っていた。
闘犬同然の戦闘奴隷に対する計らいとしては破格と言えよう。
英霊級の能力を持った30人の異世界人。
国王としても対決姿勢を打ち出すより、褒美をチラつかせて懐柔するほうが吉と見たのだろう。
それでも、最初の3日で10人が城を出ていった。
女子6名、男子3名。
加えて、担任のクナシリ。
アコイを惨殺した勇者ユーギを恐れ、あてどない逃避行に出た形だった。
国王も見張り付きという条件で、これを了承した。
俺を含む20人は王城に留まった。
こちらのほうが快適そうだったし、単純な話、異世界に踏み出す勇気が湧かなかったからだ。
寄らば大樹の陰ってな。
ただ、この20人は例外なく後悔することとなった。
「これより、貴様らの訓練を開始する! よく聴け、この腐れ渡来人どもめが! この私が貴様らを徹底的にシバき倒してくれようぞ! ひと月で魔王と戦えるようにしてやるから覚悟せよカスども!」
4日目の早朝、体育教師Lv.100みたいなデカイおっさんが日の出とともにそう吠えた。
彼は、オンドリル中佐。
用件は口上の通り。
俺たちの曲がった性根を叩き直す用の木剣を肩でトントンさせながら、ゴリラそこのけの迫力でわめき続けた。
いわゆる鬼教官の登場だった。
その日から、足腰立たなくなるほどの地獄の猛特訓が始まった。
4日目からというのが気に入らない。
4は死を想起させる。
なぜ、5日目まで待てなかったのか。
なんなら10日目からにしてほしい。
もっと言うと、訓練など永久にしないでもらいたい。
心の中で逆巻く不満。
押し寄せてくる疲れ。
やたら声のデカイおっさんに追いかけ回され、片時も休まらない息遣い。
それでも、音を上げる者は一人もいなかった。
そこには、別段深くもない理由がある。
オンドリルは女子に対しては紳士的だったし、男子も夜になると特別な奉仕を受けられた。
なんだかんだ一夜明ける頃には、みんな気持ちが前を向いていたのだった。
もっぱら、俺の世話を焼いてくれたのはメイドのクルリーヌだった。
栗毛色の髪の、獣人少女。
犬っぽいと感じたが、やはり犬系の獣人とのこと。
性欲は極めて旺盛。
頼んでもないのに毎晩押しかけてきて、嫌がっているのに無理やり押し倒される。
だから、俺としては食われている気分だった。
尻尾を鷲掴みにすると体が石みたいに固まることを発見してからは、俺も食う側に回ることができた。
どうやら、ウサギなどに見られる不動化反射のようだった。
異世界人とディスガルズ人との間には子供ができにくいらしい。
避妊という概念など無視した酒池肉林が毎夜毎晩城のどこかで繰り広げられていた。
……これでいいのか?
すっきりした後で、ふとそう思う。
結論は決まって、こうだ。
――ま、いいか。
寝落ちしたクルリーヌの満足げな顔を見ていると、そう思えてくる。
難しいことは、きっと賢い奴が考えてくれるはずだ。
この頃の俺は、そんなふうにぼんやり過ごしていたと思う。
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