18 山賊
初依頼で地鯨龍エルダヴァールと蒼嫣龍シアンドルマをソロ討伐。
そして、聖級冒険者パーティー『王都四輝星』に電撃加入(仮)。
衝撃のデビュー戦を飾った俺は、一躍、時の人となった。
主目的であるゴブリン討伐の件がなんの話題にもならなかったのは多少思うところがあるが、ともかく、おだてられた経験のない俺は新鮮な日々を過ごしていた。
依頼は毎日のようにこなした。
普通、聖級クラスになると、ひと月に3件ほどしか依頼を受けないものらしい。
聖級を必要とするシチュエーションが限られることも理由のひとつ。
だが、最大の理由は、危険だから、だ。
町の外は魔物の領域だ。
地雷原みたいなもので、どんなに腕相撲が強いマッチョでも運が悪いと爆死する。
仕事熱心な奴ほど死亡率が高くなる仕組みだ。
よって、昼間からのんだくれている冒険者はリスク管理が徹底された賢い連中ということになる。
毎朝、開門とともに城門を出ていく俺たちが馬鹿なのである。
それでも、依頼をハイペースで受け続けているのは、ムライザなりに理由があるらしい。
「マヤトがいる今こそが我々にとって稼ぎどきですからね。気絶するまで働きましょう!」
汗の輝く顔でムライザは笑った。
口ではそう言っているが、どうも彼らは俺にいいところを見せようとしているようだった。
聖人たる俺を正式メンバーとしてパーティーに招きたい。
だから、自分たちはこんなにも優秀なんだ、と必死にアピールしているのだ。
皮肉なことだ。
そうやって見せつけた「いいところ」を俺はことごとく盗んでいく。
そして、俺は盗むものがなくなり次第、脱退する気でいる。
盗っ人心理で考えればわかるだろう。
がらんどうの宝物庫になんの価値がある?
俺は出がらしのティーパックをしゃぶり続けるような卑しい趣味を持ち合わせていない。
用がすんだら、それでお別れだ。
そんなふうに思っていたのだが……。
単純接触効果ってやつ?
次第に俺は、彼らに会うことを「楽しい」と感じるようになっていった。
依頼が終わってもクルリーヌが待つ城には帰らなくなり、彼らと酒場で飲み明かすようになった。
ロォガルとえっちなお店をあさったり。
酔っては吐くユミリを眺めて呆れたり。
ムライザとサムライというジョブの起源について語り合ったり。
自分でも不思議なくらい楽しい時間を過ごしていた。
酔っぱらっているような、ふわふわした気持ちがずっと続いていた。
妙な気分だった。
不快ではない。
だが、これじゃない感がある。
俺らしくないって感覚。
俺は生来の孤高系ぼっちだ。
唯一の同胞足りえた兄弟姉妹たちは冷たい培養管の中で死に絶えた。
世界でたった一人の、人間の偽物。
でも、今は独りじゃない。
隣を見れば、ムライザがいる。
ロォガルがいる。
ユミリがいる。
孤独じゃないのは生まれて初めてのことだった。
施設でも、学校でも、それ以外でも、俺の隣にはずっと誰もいなかった。
だから、初めての経験に驚いていたのかもしれない。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
柄にもなく、そうチラッと思ってしまった。
その夜、酒場で酔って寝落ちして、夢の中であいつに笑われた。
空虚な胸の中から、奴はこう言った。
「人間の偽物が人間扱いされて喜んでいやがる。こいつは傑作だな」
そう思うか?
「ああ。こいつぁ喜劇だ。人形劇とも言えるがな」
そうか。
そうだよな。
人形が人間みたいに扱われて勘違いして踊り狂っている。
どうだ?
お前から見れば面白いだろう?
「ああ。そして、この喜劇の結末を星は知っている。俺は先にフィナーレを見た。笑えたから、これはやっぱり喜劇だな」
星……。
また占星術か。
俺、占いは嫌いなんだ。
もっともらしいことを並べて、くだらないったらないな。
「それは、お前のいた世界の占いだろう? こっちじゃ、本物の未来が見えるんだぜ?」
胸の穴のあいつは大声で笑った後、今度は陰気な空気を醸し出し始めた。
「お前を笑ってるときが唯一幸せを感じられる」
俺の世界にはたくさんいたぞ。
お前みたいな負け犬。
犬っていうか、ネットの海のピラニアだがな。
「星がささやいている。マヤト、お前、あの考古学者のエルフに会ってこい。勇者について教えを乞え」
どういう意味だ?
………………。
その答えを得られないまま、朝がやってきた。
そして、パーティーに仮加入して5日目。
その日、俺は初めて人を殺した。
冒険者の活動域は、基本的に山賊のテリトリーと重なっている。
山賊にとって依頼帰りの冒険者は格好の獲物になりうる。
背負った戦利品と疲労で動きが鈍っているうえに、気が緩んでいるからだ。
「日が落ちる前に帰りたいわね。急ぎましょ」
そう言って、ユミリが歩を速めた。
夕闇で赤く染まる森。
強い西日のせいで、向かって左側の茂みが見えづらかった。
小さな音がして、突然ユミリが倒れた。
同時に茂みの中から山賊の一団が飛び出してきた。
俺は即座に高位の氷魔法を叩きつけた。
連中は冷凍庫に入れられたカマキリみたいに緩慢な動きになった。
その時点で帰趨は決した。
ムライザとロォガルが驚くべき手際で山賊を斬り捨てていく。
俺の目の前にも一人いた。
まだ若かった。
15歳か、そのくらい。
自分が襲った相手が貧弱な猫などではなく、強大な獅子だと気づいたその少年の、凍り付いたまつげに涙の玉が浮かんだ。
「あううああああああ……!!」
とか叫んで俺に斬りかかってきた。
立ち塞がる者には容赦はしない。
迷いは死に直結する。
俺は数瞬のためらいもなく剣を振るった。
ただ、完璧ではなかった。
先に腕を斬り落としてから、二の太刀で首をはねた。
一手余分だった。
ここは、初手で首をはねるべきだった。
――でも、人やん。
そう言ったニシゼキの顔がチラッと脳裏をよぎったのだ。
それが無意識下に迷いを生んだらしい。
反省だ。
次、襲われることがあったら、そのときは必ず首を一太刀でいこう。
俺は肝に銘じて剣を納めた。
倒れたユミリは身動きひとつしなかった。
いつもなら、かすり傷でも「うぎゃあああ! あたしの美肌がああああ……!」とか騒ぐ女が物音さえ立てなかった。
その静寂が事態の深刻さを俺に突きつけていた。




