17 三ツ星の誘い
ゴブリンの巣穴から出ると、まだ雨が降り続いていた。
「いやぁ、すごいですね、マヤトは。魔術師としても超一流なのに、近接戦闘もイケる口でしたか」
「ロォガル、あんたが何年もかけてモノにした自作武技、一発で再現されちゃったわね。ぷぷぷ!」
「課題点たる着地難までそっくりなのはアレですがね」
「うっせえっつの。つか、全然なってねえよ。《獣牙・双刃螺旋斬り》ってのはな、技名叫びながらやるから最ッ高に気持ッちいいんだろうがよ。ケッ、魔爪生やしてクルクルするだけなら誰でもできらぁ」
そういうものか。
次から善処しよう。
俺はずっしりと重い紐を指で引き上げた。
討伐の証として切り落としたゴブリンの右耳が、数珠繋ぎになって揺れている。
3匹でよかったのだが、11匹も狩ってしまった。
なんにせよ、依頼達成だ。
帰るか。
森を出て、草原へ。
王都が見えてくると、三人は急に押し黙ってしまった。
「あのときも、こんな雨でしたね」
ムライザは街道のほとりにある石塚の前にひざまずいた。
「ちょうど5年ってとこかしらね。気づけば、あたしらも聖級だわ」
「でもよ、エクリスの言ったとおりになったよな。オレらの中じゃユミリがビリで聖級に上がったしよ」
「うっさいわね。このポンコツ狼!」
和気あいあいとした雰囲気の中に、言いようのない寂しさを感じた。
ムライザが俺に気づいて、小さく笑う。
「私たちにはエクリスという仲間がいたんですよ。でも、死にましてね。優秀な魔術師でした。私なんかよりよほど有能なリーダーで、我がパーティーの紅一点でもありました」
「なんで、あたしを紅に入れてないのよ?」
「ユミリ、てめえが汚点だからだ」
という会話は無視して、俺はムライザの悲痛な笑みに見入っていた。
「彼女は私たちをかばって死にました。ちょうど5年前の今頃……竜渡りの時期でしてね。世界樹の枝を目指して山脈越えをする飛竜種が空を埋め尽くしていましたね」
そういえば、雲間に何度か竜のV字編隊が見えた。
あれは、世界樹を目指していたのか。
「普通、渡りの竜はわざわざ地上に下りてこないのですよ。あの巨体を空に浮かべるのは大変ですからね。それに、人間なんてちっぽけで、食べても腹は膨れませんし。でも、あいつは違った」
ムライザは鉛色の空を見上げた。
「蒼嫣龍シアンドルマ。帝翼種の中でも特に凶暴と言われる蒼鱗種に分類され、『大天の覇者』との異名を持つ強大な龍種。
よく憶えていますよ。左眼に刀傷を持つ隻眼の個体でした。おそらく、人間に……それも冒険者に強い恨みを持っていたのでしょうね。
そいつは、雲を裂いて下りてきた。危険度はまさに『龍級』。まだまだようやく駆け出しを脱したばかりの私たちのパーティーでは、とうてい太刀打ちできない相手でした」
ユミリが青ざめ、ロォガルは尻尾を垂らした。
「エクリスがしんがりを引き受けなければ、私たちは全滅していたことでしょう」
さすが異世界。
冒険者も真っ青なモンスターが地中にも空にも潜んでいるわけだ。
熊害がトップニュースになっていた元の世界が恋しい。
「私たちは彼女の夢を叶えるために冒険を続けているのですよ」
ムライザは気を取り直すように明るく、さて、と言った。
「どうです? こんな重い話の後で恐縮ですが、マヤト。君、私たちのパーティーメンバーになりませんか? 正直、魔術師なしのパーティー編成にそろそろ限界を感じていましてね。そりゃエクリスのことは忘れられませんよ? でも、君ほどの才能をみすみす逃すわけにもいきませんし」
ユミリが俺の手を取った。
「マヤト! ぜひ、そうしなさいよ! あんた面白いし、もっと近くで見てたいわ!」
「オレも文句はねえぜ? 本音を言や、エクリスみてえなイイ尻の女がよかったがよ、ま、お前で我慢してやるよ」
俺は立派な胸板を雨で濡らしているロォガルに白い目を向けた。
「守備範囲が広いんだな、お前」
「そう言う意味じゃねえよ……」
俺は正直揺れていた。
集団行動は苦手だが、聖級冒険者の技には興味がある。
そんな俺の葛藤をムライザは見透かしたようだった。
「なぁに、正式メンバーになれ、とまで言いません。仮入団ってことでどうです? 見たところ、君は得難い才能の持ち主のようですが、いささか経験が不足のしているように思えます。私たちから知識を盗んでいきませんか? きっと君の役に立ちますよ」
相変わらず、いい目をしている。
俺は返事をしようと息を吸い込んだ。
しかし、その前に大音声が雨の空を揺さぶった。
雲を突き抜けて巨大なドラゴンが姿を現した。
大きな翼で羽ばたくたびに、青い鱗に光の波が走った。
一目でわかった。
こいつこそが、蒼嫣龍シアンドルマなのだと。
その左眼には刀傷が刻まれていた。
エクリスの仇が5年越しに現れたのである。
……それにしても、できすぎな展開だな、と思った。
渡りの時期とはいえ、噂をすれば影といった登場の仕方だ。
あまりにもご都合すぎる……。
いくらなんでも、ここで、このタイミングで、因縁の相手と再会となると、何者かが裏で糸を引いていないとありえない。
それが誰か――。
確証はないが、確信はある。
おそらく、俺の胸に住み着いているあの模倣の英霊の仕業だろう。
奴は占星術で俺の未来を占った。
どこまで見えているのか知らないが、どこか面白がっている節があった。
未来を見通したうえで、こうなるように仕組んだのだろう。
今、奴は思い通りになったと胸の中で笑っているのだろうか。
わからない。
本当にただの偶然なのかもしれない。
しかし、降りかかるなら火の粉だろうが雨粒だろうが払い除けるまでだ。
「に、逃げましょう……!」
ムライザが我に返って吠えた。
「いいのか? 仲間の仇なんだろ?」
「しかし、我々の力では正面からぶつかっても……」
そうかもしれない。
だが、隠れるところのない草原だ。
背中を向けても結果は同じ。
戦うほうがいいと思わないか?
俺は短剣を抜き、投擲スキルを発動した。
短剣は寸分の狂いもなく右眼に向かった。
しかし、敵も然る者。
首を逸らして躱してみせた。
畳みかけるように放った俺の雷撃魔法が翼膜をジグザグに食い破る。
これにはたまらず、シアンドルマは翼を振り下ろした。
射程圏外まで一気に上昇していく。
上昇速度が生物のそれではない。
風魔法や種々のスキルと併用しているのだろう。
俺には翼がないからか、コピーできないのが残念だ。
シアンドルマの胸が赤変した。
口の奥に炎がチラつく。
ブレスかビームかは知らないが、安全圏から焼き払うつもりらしい。
だが、俺の前では、大天は安全じゃない。
「《全天完全掌握/コンクエストル・ウェザー》」
雨雲が渦をなした。
黒く丸く、空の一点に収束していく。
空が狂ったように稲光を走らせた。
「て、天候を操作するなんて……。こんな魔法が存在するのか」
ムライザの声を風が掻き消す。
俺は手を振り下ろした。
「《酷烈震天雷槍/サンダ・レイ》」
天と地が光で繋がった。
神が杖を突いたようだった。
龍級とか、もはや関係ない。
純粋な破壊力では、賢者の魔法は神の域に迫るものだ。
シアンドルマは光の滝に呑まれて消えた。
力を使い果たした雨雲が霧散し、青空が戻ってくる。
「なるほど。道理で……」
すべてが終わった後、ムライザはぽつりと言った。
「マヤト、君はやはり聖人なのですね」
俺は肯定も否定もしない。
「それより、さっきの続きなんだが」
俺はぼっちを孤高系と呼ぶくらいにはプライドが高い。
だが、知見を得るためなら頭ぐらいは下げられる。
「俺をしばらく『王都四輝星』で勉強させてくれ」
「……ぇ?」
ムライザたちは知能をどっかに落っことしたみたいな顔で首をかしげた。
誘ったの、お前らだろ。




