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12 誕生忌話


「いないな。ゴブリン……」


 ディスガルズの支配者は人間でも魔王でもない。

『魔物』だ。

 一歩城壁の外に出れば、そこは、魔物たちの領域なのだ。

 と、考古学者のアルフィがベッドで言っていた。


 ……のだが、聞いていた話と全然違った。


 王都近郊の森を丸一日探し歩いたが、ゴブリンどころかスライムの1匹も見かけない。

 たまに、雲の上を竜の群れが飛んでいる以外にこれといった面白みはない。

 森も草原も山も谷も、動物のいない動物園のように静まり返っている。


 こんなもんなのだろうか。

 それとも、何か異変が?

 知識がないと何も判断できないのが辛いところだ。


 日が暮れて、あたりは真っ暗。

 冒険者初日はさんざんな結果に終わった。

 それでも、俺は冒険者ギルド期待の新星だ。

 ゴブ退治などという低レベルな依頼を受けてさっそく失笑を買っているのに、それすら満足にこなせず手ぶらで凱旋となるとプライドがちょっとな……。

 帰るに帰れん。


 俺は古木の下に虫除け・魔除けの結界を張り、野宿して夜を明かすことにした。

 地面が冷たい。

 久しぶりに、人肌のない夜だ。

 肉感あふれる恵体をぴっちり張り付けてくるクルリーヌの熱い寝息が恋しかった。


 獣人は俺たち人族より体温が高いらしく、クルリーヌを抱くと湯たんぽを抱いているような満足感があった。

 対して、純血種エルフは驚くべきほど低体温だった。

 長命種は細胞の働きが活発ではないのだろう。

 顔こそ綺麗だったが、冷たいのにはゲンナリさせられた。

 山も谷もなかったしな。


 俺は断然、獣人派だ。

 エルフと獣人が戦争をしたら、獣人側について戦おう。





 疲れていたせいか、嫌な夢を見た。


 俺は冷たいシャーレの上にいた。

 始めは細菌のように惨めな姿だった。

 だが、スポイトから落ちてくる巨大な水滴を吸って、俺はカビのように繁殖を繰り返し、次第に人間の形になっていった。


 そして、ある日、シャーレから培養管の中に突き落とされた。

 しょっぱい黄色の液体の中で俺は逆さまに浮いていた。


『検体番号:SUZUSHI-TIVB-MA018』


 培養管にはそうラベリングされていた。

 それが俺に与えられた最初の名前だった。


 隣には似たような培養管がいくつも並んでいた。

 白衣を着たマスクの男たちが俺たちを見て一喜一憂している。

 ほかの培養管の中にいた俺の兄弟姉妹たちは日に日にその数を減らしていった。

 そして、俺だけが残った。

 俺だけがこの世に生まれることができた。


 そう、これは、俺が生まれるまでの記憶――。

 いや、製造工程と呼ぶべきか。


 完全(Total)体外(in vitro)出産(birth)

 通称、TIVB。


 世界的製薬企業であるスズシ・ファルマが極秘裏に実用化したこの技術は、母親の子宮を一切必要とせず、人工子宮のみで人間を誕生させることに世界で初めて成功した。

 究極の試験管ベイビーと呼ぶべき禁断の技術だった。


 こうして、俺は「産まれる」を経ずに「生まれた」最初の人間となった。

 すなわち、人造人間である。


 俺の誕生と時を同じくして、スズシ・ファルマの所業が世の知るところとなった。

 非合法かつ非人道的な研究は世界中で連日報道され、いくつかの戦争のニュースを差し置いて、その年、最も注目された話題となった。


 翌年、スズシ・ファルマは解体。

 当時のCEO、涼市スズシ星造セイゾウ氏は今も長い長い刑事裁判の渦中にいる。


 息子のスズシ・セイジロウが俺を恨んでいるのは、この一件で、名門スズシ家が没落し、超大な負債を抱え込んだからだ。

 まあ、自業自得だ。

 事件発生時、生まれてさえいなかったスズシ・セイジロウからすればとばっちりもいいところだが、それでも、最大の被害者たる俺を恨むのは甚だ筋違いというものだ。


 事実、俺だってさんざんな想いをした。

 誕生日が来るたびに施設の前は報道機関の人々でごった返し、「人造人間10歳の誕生日」などと報じられ、外出はおろか、庭に出ることさえままならなかった

 集団的過熱取材メディア・スクラムってやつだ。


 取材対象のもとに大挙として押しかける行為は、本来、人権侵害の一種とみなされている。

 だが、俺は人間の偽物だ。

 シャーレと培養管で造られた、れっきとした偽物。

 そもそも、人権があるのか、と面と向かって言いやがった腐れ記者もいた。

 人権がないなら、どんなふうに取材しても人権侵害にはならないだろう、と笑いながら。

 俺が施設を転々としていたのも、そういう理由からだった。


人造人間ホムンクルス


 スズシが俺にそう言った。

 夢の中だからだろう。

 なぜか、悪魔っぽい翼を生やして、普段より鼻につく顔をしてやる。


「同じクラスの仲間やん」


 今度は天使の翼を生やしたニシゼキが現れた。

 二人の幻影が俺の夢の中で取っ組み合いを始めた。


 俺という存在について、テレビでも有識者が意見をぶつけ合っていた。

 人間の定義とは何か。

 人造人間は人間たり得るか。

 法的解釈は?

 宗教的解釈は?


 結論から言えば、俺には人権が認められ、戸籍が与えられた。

 一人の人間として扱われている。

 俺の正体を知っているのも、担任のクナシリとスズシくらいのものだ。

 ほかの連中は俺のことをちょっと根暗などこにでもいる男子高校生だと思っているだろう。

 普通の人間だと。


 でも、俺は自分のアイデンティティーにいつも疑問を持っていた。

 俺はほかの人間とは違うと。

 俺は人間とは似て非なる存在だと。

 一番しっくりくるのは「人間の偽物」だ。


 そういう意味では、「マヤト」という名前は秀逸だと思う。

 人間の偽物。

 人間の贋作

 まやかしの人間。


 贋人と書いて、マヤト――。


 名前がカタカナなのは、「贋」の字が名前に使用できない漢字だからだ。

 名付け親が誰だかは知らないが、そいつは、俺という存在についてよく理解していたのだろう。


「で、それがどうした? 何が言いたい? 言いたいことがあるなら直接言えよ」


 俺は自分の胸の穴に声をかけた。

 こんなクソみたいな夢を見せやがって。

 模倣の英霊、どうせお前の仕業だろ。


『まがい物として生まれ、まがい物にふさわしい名前をつけられた生来のまがい物』


 以前、俺にそう言ったのもあいつだ。


「怒っているのか? 偽物の分際で。まるで、普通の人間みたいだな」


 胸の穴が口のように動いてそう言った。

 ヒッヒヒ、などと笑っている。

 きっも……。


「そう嫌ってくれるな。マヤト、俺はお前を買っているのだ。俺をも上回る、本物の偽物であるお前をな」


 それで?

 何が言いたい?


「自分より惨めな奴を見たら手を差し伸べたくなるだろう? 俺もお前に協力したくなったのだ」


 毎夜毎晩、惨めにめそめそしているお前に言われたくないな。


「まあ、聞け。今宵は吉凶を告げに来たのだ」


 吉凶?


「占星術だ。貴様がコピーした力は俺も使えるのでな」


 そうなのか。

 まあ、元をたどれば、すべてはお前の力だしな。


「明日は南南西に行け。さすれば、星の導きがあろう」


 胸の穴から聞こえる声には、イタズラを仕掛けた子供みたいな響きがあった。

 吉凶を占うなら、吉か凶かくらいハッキリさせろ。


「さてな。だが、面白くはなるだろう」


 なるだろう……。

 だろう……。

 う……。


 胸の声は虚しい響きを残して去っていった。

 二度と来んな。


 山ほど文句を言ってやりたかったが、俺の意識は急速に覚醒へと向かっていった。


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