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1 召喚


招木マネキマヤト、勇者殺害の罪で死刑に処す」


 国王は俺にそう言った。

 なぜ、こうなった……。





 発端は、ひと月ほど前に遡る。


 その日、いつもと同じように俺は授業を受けていた。

 昼休み明けで、うとうとしていた。

 だから、突然尻もちをついたときも、寝ぼけて椅子からすべり落ちたのだと思った。

 これは、笑われるだろうな、と。


 俺はただちにポーカーフェイスを作った。

 しかし、内心、軽くパニックだ。

 同級生の失笑と担任の白い目……。

 想像しただけで胃がキュッとする。


 俺は何事もなかったかのように立ち上がり、後ろ手に椅子を探した。

 ……なかった。

 椅子がない。

 机もだ。

 それどころか、教室自体なくなっていた。

 俺は寒々とした聖堂のようなところに立っていた。


 俺以外に立っているのは、担任の国後クナシリ文子フミコと朗読のために起立していた風見カザミ風音カザネだけ。

 その他のクラスメイト28名は冷たい石床の上に転がっていた。


 聖堂には二つの気配があった。

 俺たちの困惑、どよめき。

 そして、それを囲む殺気立った気配だ。

 槍を持った鎧の男らがぐるりと布陣している。

 奥にある祭壇には聖職者みたいな連中もいる。

 騎士も数名。

 その中央には、王冠をかぶった老人がいた。

 あとで、そいつが国王であることを知らされた。


「ようこそ、諸君。我がハイガルシアへ」


 国王はそう口火を切った。


「我々は神聖なる儀式を経て、再び異界の門を開いた。諸君らはこの世界へと招かれた『渡り人』なのだ」


 その時点で言われたことの意味を理解している奴は、俺を含めて一人もいなかったと思う。

 全員が寝顔に水をかけられた芸人みたいに面食らっていた。


 要約すると、こうなる。

 俺たち渡来ワタライ高校2年B組一同は異世界に召喚された――。

 いわゆるクラス転移ってやつだった。

 理由は、『魔王』とやらを倒すため。


 今にして思えば、あまりにもコッテコテの展開で初めてなのに既視感さえ覚える。

 苦笑を禁じ得ない。

 でも、当時はあまりにも突然すぎた。

 女子の大半は泣いていたと記憶している。


 国王はマニュアルでもあるみたいに淡々と説明を続けた。

 手慣れた感があった。

 どうも、ちょくちょく異世界人を呼びつけているらしい。

 再び、とか言っていたしな。


「諸君らに英霊の御魂を授けた。かつて我が国を守り戦った英雄たちの魂だ。よって、諸君らはすでに英霊の御技を使えるはずである」


 これは、チート能力をあげたよ、という意味だった。


「さあ、英霊の器たちよ! 我がハイガルシアのため! ひいては全人類の未来のために立ち上がるのだ!」


 国王はそんな言葉で長広舌を締めくくった。

 誰も立ち上がらなかった。

 むしろ、座った。

 担任のクナシリは腰を抜かして、カザミは空気を読む感じで。

 俺だけ棒立ちだったから、一番マヌケに見えていたと思う。


「すっげえ! すげえよ、コレ! マジか!」


 長い沈黙を破ったのは夕木ユーギだった。

 クラスでは男子のリーダー格。

 人気者というより、いじめっ子系ヤンキーだ。


「異世界だぜ、異世界! くっだらねえガッコーより最高にヒャッホーだぜ! オレ、いつの日かこうなるんじゃねえかって気がしてたんだ! ひょー!」


 この状況でスキップできるのだから、ユーギの神経は地球の直系より太いかもしれない。


「お、コレ! 聖剣か!?」


 ユーギは台座に刺さった剣を目ざとく見つけた。

 騎士らが止めるのも聞かずに台座によじ登り、剣を握った。

 すぽっ、と。

 剣はあっさり抜けた。

 その割には派手な黄金の輝きを聖堂にまき散らした。


「ば、馬鹿な……。勇者でなければ触れることさえできない聖剣を引き抜くとは……」


 驚愕と恐れ。

 そして、少し遅れて羨望の眼差し。

 国王とその配下の者らは神でも降臨したみたいに引け腰だった。


「マジ? オレが勇者確定な感じ?」


 ユーギは早くも有頂天だ。

 ツカツカと高らかに足音を響かせ戻ってくるや、言った。


「おい、あご太。ちょっと斬らせろよ」


 あご太こと阿古井アコイ良太リョウタ

 クラスでは俺と並ぶ、二大陰キャ男子だ。

 俺が孤高系なれ合い拒否陰キャ(自認)なら、アコイはウジウジ系イジられ陰キャだった。

 いつも下を向いてコンプレックスのケツあごを隠そうとしていたから、かえって「あご太」と馬鹿にされていた。


 アコイが死んだ。

 俺たちのクラスで最初の犠牲者となった。

 左肩から入った聖剣が右の脇腹へ抜ける。

 胴体両断。

 袈裟斬りだった。


 噴き出した血のシャワーがカザミの顔半分を真っ赤にした。

 どちゃ、という濡れた重い音があまりにもリアルだったのを憶えている。


「うおおおお! すっげ! 斬った感触しねええええ! さっすが聖剣だぜ!」


 何人かが昼食った弁当をぶちまけ、ほぼ全員が絶叫。

 そんな中、ユーギだけが酔っ払いみたいに大笑いしていた。


「なんと愚かな……。やはり、野蛮だな。渡り人どもは」


 国王が右手をかざした。

 その手の甲に光る赤い紋様。


「隷属を示せ。野蛮なる異界の猿どもめ」


 途端に俺たちは息を吸えなくなった。

 隣でのたうち回る女子の首に赤い鎖のようなものが見えた。

 奴隷化魔法というらしい。

 魔王と戦うには強力な力がいる。

 しかし、歯向かわれるのは怖い。

 そこで国王は俺たちに首輪をはめることにしたのだった。


「身勝手な真似は許さぬぞ。貴様らは戦闘奴隷にすぎぬ。命じられたままに咬みつくだけの闘犬としてのみ生存を許す」


 本来なら、国王の目論見通りになったはずだ。

 クラスの中に聖女の力を授かった者がいなければ。


「――《完全解呪/カース・ド・ブレイク》!」


 そんな声が響いて、赤い鎖が粉々に砕け散った。

 俺たちはゲロと血の臭いがする空気を必死に吸い込んだ。

 国王が右手を押さえて倒れ、槍を持った兵士らが俺たちに殺到する。


「まあま、そう焦っせんなよ。オレらだって事を構える気はねえって」


 ユーギが軽薄な口調でそう言う。

 腐っても勇者の言葉。

 兵士たちはぴたりと止まった。


「だって、勇者ロールプレイングできるってことだろ? 最高にクールじゃねえか。オレ、喜んで魔王と戦うぜ?」


 でも、ひとつ条件! とユーギは付け加えた。


「とりあえず、国一番のデカパイ美女を連れてこいよ。毎日1人……いや、3人だ。毎晩3人、綺麗な順にオレに差し出せ」


 どういうことだ? と国王がうめき、


「察しが悪い爺さんだな。簡単だろうが」


 ユーギは笑って中指を立てた。


「ヤらせろっつってんだよ、ばーか。それが協力する条件だ」


ここまで、読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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