新たな仲間
朝靄が残る静かな朝――。
廃教会に差し込む朝日が、修繕されたガラス越しにふわりとした光をもたらしていた。
「おはよう、リリアナさん。昨日は本当にありがとうございました……」
昨夕、訪れた青年が、まだぎこちない笑みで挨拶をする。
「おはよう。体調は大丈夫そうね」
「はい。寝床があったかくて……ぐっすり眠れました」
青年はどこか寂しげな目をしていた。体格はしっかりしているが、衣服の端は擦り切れ、剣も研がれていない。だが、その中にある“誠実さ”と“心の芯”に、リリアナは昨夜から気づいていた。
「改めて名乗るわね。私はリリアナ。リリアナ便利堂の……まあ、店主みたいなものよ」
「俺は、エルド。……元は、ギルドの見習いでした」
リリアナとカイルが顔を見合わせる。
「ギルドって、王都の?」
「はい。数ヶ月前までは、中央ギルドの受付業務の手伝いをしてました。でも……上級貴族の推薦枠が入ってきて、居場所を失って」
言葉の端に、悔しさが滲む。
「俺、戦闘もあまり得意じゃないし。文句言わず真面目に働いてただけで……気づいたら、隅に追いやられてて」
「なるほどね。典型的な“理不尽な排除”ね」
リリアナは眉をひそめながらも、声のトーンを変えず、淡々と答える。
「じゃあ、今は?」
「野良仕事をしたり、日雇いの荷運びをして食い繋いでます。宿に泊まるお金もなくて……でも、俺、どこかに“ちゃんと人の役に立てる場所”が欲しかったんです」
言葉を失ったカイルが、そっと手に持った木の皿をテーブルに置く。
「……それなら、ここにいればいいんじゃないっすか?」
「え?」
「この便利堂、まだ始まったばかりで手も足りないし、リリアナさんも忙しそうで。俺、最初は依頼人として来たけど、気づいたら“居場所”ってこういうことかって思ったんすよ」
「……カイル」
リリアナは小さく笑った。
「ねえ、エルド。ちょっとした仕事を任せてみてもいいかしら?」
「……なんでもやります! ぜひ、お願いします!」
* * *
その日、エルドに最初に任されたのは「道具の整備」と「来客対応の記録」だった。
「これが“在庫ノート”。ここに、道具の出し入れを記してもらうの。うちの物資は現代からの持ち込みもあるから、管理はしっかりしないとね」
「現代……? あ、いえ、はい!」
カイルが苦笑いでフォローを入れる。
「つまり、すげー珍しい物が多いってことっす。あんまり気にしない方がいいですよ。慣れますから」
「う、うん……わかりました」
エルドはすぐに仕事に取りかかり、整然と棚に並ぶ物資を一つひとつ点検していった。壊れた釘抜きは修理に回し、刃こぼれのある小刀には“要研磨”と赤い札をつける。
「几帳面ね。文書管理、慣れてる?」
「はい。ギルドで文書整理もやってたので、つい……」
「いいじゃない。ここにはそういう人材、いなかったのよ」
「おお、やべっ、俺、字が汚くてノート書くの任せられなかったやつっす……!」
「そういうのはカイルの得意分野じゃないもの。人には向き不向きがある。チームって、そういうバランスが大事よ」
リリアナの言葉に、エルドの表情がほのかにほころぶ。
「なんだろう……こんなに、ちゃんと“必要とされる”って、久しぶりです」
「うちの便利堂は、冒険者でも町人でも、誰でも居場所になれる。むしろ、過去に理不尽を味わった人ほど、私は信用したいの」
彼女の言葉は、真っ直ぐで、まるで心に届く刃のようだった。
* * *
日が沈む頃。
来客が数名訪れ、薬草探しや薪割りの依頼を置いていった。リリアナが手早く記録をつけると、エルドがすかさずその内容をノートに転記する。
「報酬は米袋一つと保存肉五切れ、あとロウソク十本ね」
「了解です。受領チェック欄も追加しました!」
「頼もしいわね……これは本格的に、雇っちゃう?」
カイルがにやっと笑うと、リリアナも頷いた。
「エルド。もし良かったら、ここで一緒に働かない? 給料はまだほとんど出せないけど、住まいと食事は提供する。いずれはギルドと提携して、正式な事務所にするつもりよ」
「……っ」
エルドは、拳を小さく握った。
「お願いします。俺、ここで……もう一度、“誰かの役に立てる”自分に戻りたいんです!」
「歓迎するわ、エルド。これからよろしくね、“便利堂の仲間”として」
新たな仲間を迎え、リリアナ便利堂はまた一歩、“裏ギルド”に向けての進化を遂げたのだった。