新たなる扉
──森の拠点、廃教会“リリアナ便利堂”。
朝の光が差し込み、割れた窓から小鳥のさえずりが聞こえる。
床にはまだところどころ軋みが残るが、室内には整えられた机と椅子、並べられた保存食や日用品が所狭しと並んでいた。
「よし……今日はいい天気ね。掃除も終わったし、次の仕入れに向かっても——」
そう言いかけたリリアナの言葉を遮るように、扉が二度、重く叩かれた。
「……来客? こんな朝早くに?」
扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。
「……ここが“便利堂”か」
黒いマントに、革の装甲。鍛えられた体つき。鋭い視線の奥に、深い憂いが宿る。
三十代前半ほどの年齢で、手には旅の埃が付いた地図と、古びたペンダント。
「ええ、そうよ。いらっしゃい、“なんでも屋リリアナ便利堂”へ」
リリアナが笑顔を見せると、男はわずかに頷いて中に入った。
「俺の名はヴァルト。傭兵稼業をしている。……今日は、頼みがあって来た」
「聞かせて?」
ヴァルトは黙って懐から一枚の紙を取り出した。
そこには、淡い色で描かれた少女の姿——薄紫の髪に、緋色の瞳。装飾の多い服装から、何かの学者であることが伺える。
「妹のルゥナ。錬金術師見習いだ。二週間前、遺跡の調査に行くと手紙を残して姿を消した」
「なるほど……心当たりは?」
「森の東、崖下の古代遺跡。だが魔物の巣にも近く、下手に近づけば命が危うい。
それでも……あいつを放ってはおけない」
リリアナはしばらく黙ってから、頷いた。
「分かったわ。リスクはあるけど、やる価値はある」
「礼はする。……これだ」
ヴァルトは腰の小袋から、銀色に鈍く光る鍵を取り出した。
中世的な意匠の施されたその鍵は、明らかに一般的な扉のものとは異なっていた。
「古屋敷の遺品として手に入れた。何に使うかは分からんが、どうにも気になる鍵でな。
これを報酬に、依頼を受けてくれ」
リリアナは鍵を見つめながら、心の中にざわめきを覚えた。
(……この鍵。もしかして、、、
別の場所に繋がる可能性がある?)
「引き受けるわ。鍵は——妹さんを無事に連れ帰ったら、ね」
「当然だ」
その日、リリアナとカイルは探索の準備を始めた。
「リリアナさん、この遺跡って魔物が出るって話っすけど……大丈夫なんすか?」
「だからこそ、装備を強化する必要があるわ」
拠点奥の扉に向かい、再び“現代への入り口”を開く時が来た。
「《開け、倉庫》」
光の渦に包まれ、リリアナは倉庫へと転移する。
——ガチャン、と倉庫のシャッターがかすかに軋む。
今回は装備の強化が必要だが使えそうなのは応急処置セットくらいのものか。
応急セットの他にも飲料水や保存食は大量に欲しいところだ。
「時間がない……でも、揃えるべきは揃えたわ」
持ち帰った品々をカイルに渡すと、彼は目を輝かせた。
「すげえっす! 本物の探検隊みたいっすね!」
「心構えもそれに準じなさい」
そして翌朝——
リリアナ、カイル、そしてヴァルトの三人は、崖下の古代遺跡へと足を踏み入れる。
無数のツタが絡みつき、倒壊しかけた石造りの遺構。
中は薄暗く、蝙蝠の群れが天井から舞い上がる。
「気をつけて。……足場が悪いわ」
「妹がこんなところに……っ!」
ヴァルトの顔に焦りが滲む。
奥へ進むと、小さな部屋に明かりの跡。
火が通った痕跡、干からびたパン。そして……小さな声がした。
「……だれ?」
床の隅、古い帳の下に、少女が身を寄せていた。
「ルゥナ!?」
「兄さん……? ほんとに?」
再会の涙、抱きしめる腕。
「無事で……よかった……」
ルゥナは探索中に崩落に巻き込まれ、出口を失っていたという。
火打石と錬金素材で命を繋いでいたらしい。
リリアナとカイルの案内で三人は無事に脱出。
拠点に戻った夜、ヴァルトはあの鍵をリリアナに差し出した。
「約束だ。礼を言う」
「ふふ……じゃあ、これが“新しい入口の鍵か確かめよう”かしら」
銀の鍵を手に取った瞬間、地下の封印扉の錠が微かに光ったように感じた。
“別の場所”へ繋がる新たな道が、今開かれようとしていた——。
——ギィ……。
古びた鉄の扉が、ゆっくりと軋みを上げて開く。
その瞬間、リリアナの視界に飛び込んできたのは、見慣れたあの光景だった。
「……ホームセンター?、よね。やったわ」
異世界で受けた依頼の報酬として、ヴァルトから手渡された“古びた鍵”。
扉の前でその鍵を使うと、確かに空間が歪み、今までの倉庫とは異なる扉が姿を現した。
そこには、工具、建材、生活用品、農具、園芸品……
所狭しと並べられた、文明の利器たちの宝庫。
「色々みたいとこだけど時間は限られてるわ。まずは修繕用の資材と、最低限の工具を優先しないと。」
リリアナは手元のメモを確認し、カートを押して歩き出す。
「電動工具は……バッテリー式のをいくつか。あとは釘抜き、ドライバーセット、ノコギリに……」
次々と積まれていく工具と資材。
木材や石膏ボードは嵩張るが、簡易トロッコを見つけて載せることに成功する。
「あと、あっちの棚に……ブルーシート、麻紐、土嚢袋。うん、使えそう」
リリアナは効率的に棚を巡り、倉庫時代に隠しておいたスーツケースと合わせて荷物を詰めていく。
「……時間は、あと四十分くらい。念のために食料品コーナーも覗いてみなきゃ。」
カートを押して歩きながら、リリアナは静かに呟く。
「この“鍵”が、どれだけの価値を生むか……それは、これからの私たち次第ね」
⸻
帰還後、異世界の便利堂。
夜の森の中、教会跡に吊るされたランタンが温かな光を灯す。
「うおお……! めちゃくちゃ早いっす!」
カイルが『インパクトドライバー』で棚板を組み立てながら、目を輝かせる。
「騒がないの。周囲に響くわ」
「でもリリアナさん、これマジですごいっすよ! 前の修理、五日かかったのが、半日で終わりますって!」
リリアナも微笑んだ。
「“裏ギルド”の看板を掲げるには、まずは自分たちの拠点が整ってないとね」
棚、ベンチ、木製のカウンター。
壁の補強材に、屋根の防水シート。
数日前まで廃墟だった教会跡は、いまや立派な“拠点”へと進化していた。
「次の依頼が来るのも、時間の問題か……」
リリアナはふと、手元の鍵を見つめる。
それは、可能性の象徴。
そして、もっと大きな未来への“扉”でもある。
「……準備は整った。さあ、“便利堂”を本格的に始めましょうか」
静かに、しかし確かな決意を込めて、リリアナは呟いた。
こうして、異世界と現代を繋ぐ“裏ギルド”は、新たな局面へと歩を進めたのだった。