証拠奪取
――深夜。
月明かりすら雲に隠れ、トランデールの上空は黒く沈んでいた。都市の南端、古い貿易倉庫街の一角。その一棟、錆びた鉄扉の前で、リリアナたちは息を潜めていた。
「間違いないわ。この倉庫、父が使っていた『第七保管庫』よ。マーベラス家の人間しか入れないはず……けれど、最近は屋敷の使用記録に載ってなかった」
マリスが囁くように言った。
「ということは、“裏”の使い方をしてるってことか」
エルドが手斧の柄を軽く叩きながら、扉に耳を当てた。
「……静かだな。見張りは中じゃなくて、屋根か裏手かも」
リリアナは鞄から取り出した、錠前破り用の特殊工具を手に持ち、頷いた。
「時間をかければかけるほど見つかる。三十秒で開けるわよ」
「まかせた、元・店長」
カイルがにやりと笑う。
リリアナの指が工具を踊るように滑る。金属音が小さく響いたかと思うと、「カチリ」と音がして、扉がわずかに緩んだ。
「開いた。入るわよ。足音は最小限に」
一行は影のように倉庫へ滑り込む。内部はうす暗く、積み上げられた木箱や麻袋の列が迷路のように広がっていた。湿気と埃、そしてどこか薬品のような匂いが鼻を刺す。
「ここが……マーベラス家が“表に出せない”物を保管してる場所」
マリスが囁きながら震える指で箱の一つを指す。
「これ、見たことあるわ。医師団が禁じた“灰花の抽出液”。確かに──父は、これを密かに兵に使わせてた」
リリアナは麻袋を切り裂き、内部の瓶を取り出して確認する。
「……未登録の薬品。しかも帝都製。これが外に出れば……取引記録さえ押さえられれば完璧ね」
「待って……この奥の部屋。父が“帳簿部屋”って呼んでた場所があるわ」
マリスの記憶を頼りに、リリアナたちは倉庫の奥へ進んだ。分厚い扉が一枚。小さな鍵穴。リリアナは再び工具を取り出した。
「あと十秒。……エルド、周囲の足音、確認して」
「……異常なし。裏口に一人、見張りがうろついてるが、今はこっちに気づいてない」
「開いたわ」
扉の中は、紙の匂いに満ちていた。棚には帳簿、巻物、そして封印された木箱が並び、中央には、古ぼけた机とインク壺が据えられていた。
「……あった。あの印章付きの封筒。見て、この朱色の紋章。マーベラス家の直属命令にしか使わないやつ」
リリアナが封筒をそっと開け、内部の文書を確認する。
「……取引一覧。日付、品目、金額、引き渡し相手……“黒獣の爪”の記載もある。これで十分」
そのとき──
「ッ、誰だ!?」
倉庫の入口から怒声が響いた。見張りが戻ったのだ。
「くっ、時間切れよ! エルド!」
「やるぞ!」
エルドが飛び出し、間髪入れず煙幕弾を投げつける。視界が白く曇った隙に、カイルが外のルートを確保。
「こっちだ! マリス、走れ!」
リリアナは証拠の封筒を懐に入れ、全力で倉庫を離脱する。
裏通路を抜けて数分、隠れ家に辿り着いた一行は、ようやく肩で息をついた。
「……取ったわ。これで、交渉の準備が整った」
リリアナは、封筒を机の上に置き、深く息を吐いた。




