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コンタクティー(宇宙人会見者)

かなりスプラッタを匂わせる描写がございます。ご注意ください

 ここは観察者の拠点、地球内部亜空間の観測衛星クババ・キュベレイに繋がる富士樹海ゲート。

 そこではある問題で紛糾していた。


『アヌンナキ、これはいい。過去の我々の所業ですから。記録が残っちゃってるのは良くないですけど。ラージグレイ、リトルグレイ、これはいい。我々の事なので。本当は良くないですけど。『UFOに乗せられて、身体検査を受けた』これはいい。有りです。事実ですから。『キャトルミューティレーション』これはいい。事実ですし、ドロイドの育成には大型哺乳類の生殖器が必要ですから。ノルディック。これも有りです。我々のドロイドを指していると思われますので。本当は良くないですけど。問題はですね』


 クババ・キュベレイ東方エリア管理監タケハヤは小さい矮躯を震わせ喉から声を張り上げる。


『この銀河系周辺域には我々と地球人、そして現在本隊が観測中の地球派生人類、しかいないはずなのに、プレアデス星人、ニャントロ、EBE、外星人、バシャール、と呼ばれる存在が地球に干渉している。ネイティブレプティリアンに至っては地球に干渉して我々の観測網をかいくぐり定住までしている。これは一体どういうことですか』


 タケハヤ管理監のあげる問題は至極当然尤もな疑問であった。

 宇宙航空技術を持つ彼ら観察者だって、地球人と現在本隊が駐留するHD83423星系惑星の原始的文明以外とコンタクトした記録はない。


『それなのに、地球人はプレアデス星人から授かったというメッセージを曲にしたり。一体彼らはどこからどうやって地球にアクセスしているんですか。もしそんなキャリアンズ、アルファドラコニアン、レチクル座ゼータ星系星人、アルクトゥルス星人、シリウス星人なんていう存在がいるなら、私が会いたいくらいですよ』


『このシリウス星人やニャントロって、もしかして人間から見た我々のことだったりしませんかね…しませんよね…』

 富士樹海ゲート主任の、アメノヒがこそっと呟いたのを聞き逃さなかったタケハヤが、眉間にしわを寄せる。

『そういう水を差す発言は控えていただきましょうか』


 その様子を横目に、トリノイワクス管制官のタケヒラが手許の石盤を操作して航空記録を壁面モニターに提示する。


『しかしですねぇ、ドロイドが持ち帰ってくる『接触があった、もしくは星外生命体が確認されたとされる報告』が挙がった時刻にトリフネが運用された記録は無いのですよ。勿論、我々が地上に赴いた記録もない。どういう事なんでしょうねぇ』


 ううむ、と首を傾げるタケハヤ、アメノヒ、タケヒラ観察者。そんな彼らの元に、ジョウシュウエリアから帰還したドロイドの一人が面白い報告を持ち帰ったのだ。


「某月某日、某所にてUFOを呼ぶ催しが開催されるそうです」


『UFOを呼ぶ??』


 お互い顔を見合わせる観察者たち。

 念のためトリノイワクス運航を確認しても、その日は某所の観測は予定されていない。


『まさか内通者がいるとか…いないですよね…』


 どういうことなのか首を傾げながら現地にドロイドを派遣する事にした。


       **********


 某県某所在住の英子は、熱心なオカルトファンの元クラスメイト、椎子に誘われUFOを呼ぶ会合に参加した。


 UFOを呼ぶために郊外の山に登るという。要件を聞かされた時は流れ流れて行き着くとこまで行き着いたか。というのが正直な気持ちだ。


 椎子は小学生の頃から夢見がちで浮き世離れした変わった子だった。


 そんな椎子が何故さほど交流の無い英子を誘ったのか判らない。

 まぁ卒業アルバムの住所録片手に片っ端に連絡を取って玉砕した結果、最後の頼みの綱といったところか。


 現地の山は風光明媚な景観の隠れた穴場らしい。UFOなぞどうでもいいけど、それならトレッキングをメインに楽しんで、あとは義務的に付き合えばいい。

 もし、見目良い異性がいたらあわよくばとタヌキの皮算用で考え、英子は椎子の誘いを受けた。


 当日、天気は快晴。眼下に広がる景観は実に素晴らしく、まさにトレッキング日和だった。

 樹々の梢が擦れるざわめきが気持ちいい。

 樹木の間を縫って聞こえる小禽の鳴き声が気持ちいい。

 湿った腐葉土を踏みしめ歩くのが心地よい。

 木立を渡る風が心地よい。

 見渡すと一面眩しい緑色の景色が気持ちいい。


 最高のリラクゼーションだわ。

 椎子が一緒なのが鬱陶しいけど。


 今度は一人でトレッキングしに来よう。


 そうして二時間ほど歩いて、待ち合わせ場所の展望台に着いた。


 現地で集まっていた参加者は十数名、二十人くらいはいただろうか。

 緑色の小人のマスコットや仲間うち御謹製の怪しげな缶バッジやアクリルスタンドをナップザックにぶら下げた、オシャレとは程遠いもっさりした外見の集団が、底抜けに陽気にはしゃいでいる。


 その様子を目にした瞬間、英子は、毛色が違う異物の群れに囲まれてしまったような居心地の悪さを覚えた。


 いやだ。恥ずかしい。一緒の集団と思われたくない。急用が出来たと偽って帰ろう。


 英子が口を開くのと同時に、椎子が寄り添ってきて腕を組んで「彼女は英子、学生時代の友達です、みんなよろしくね」などと紹介したせいで逃げるタイミングを逸してしまった。



「みんなが心を一つに合わせて祈れば、UFOは来ます、きっと来てくれます」


 では始めましょう。のかけ声を合図にみんなが熱心に両手を広げ天に祈りを捧げた。


「ベントラーベントラースペースピープル、ベントラーベントラースペースピープル」


 英子もばかばかしいと思いながら両手を広げ怪しげな呪文をもごもご唱えるふりをした。

 カラオケで懐かしのアニメソングを歌わされる以上に恥ずかしいことが存在するなんて思いもしなかった。


 そうして5分くらい経った時、南側の空のやや低い位置で、飛行機に陽の光が反射したのが見えた。

 英子はああ、飛行機ね。そうとしか思わなかったが、一瞬の輝きを目の端で捉えた者がいたようで

「来た!?」

「見えた!」

「来た!」

 誰かが叫び、同時に他の参加者も「一瞬光ったよ!」と歓喜に満ちた悲鳴をあげ始めた。

「成功だ!成功だ!」


「英子も見えた?」

 椎子が英子を見遣り、ちょっと心配そうに問うてくる。

 英子は心底バカバカしいとため息を吐きたくなる気持ちを堪え、話を併せた。

「私も見えたよ」

「良かったぁ」

 屈託のない天真爛漫な椎子の笑顔。きっと英子が心から楽しんでくれたと思っているのだろう。


 それから打ち上げという名目で麓のファミリーレストランで食事を摂り、三々五々解散した。

 参加者が盛り上がれば盛り上がるほど、周囲の客の引いた視線と温度差を感じた。


 偽らざる本音は参加しなきゃ良かった。それに尽きる会合だった。


       **********


 その夜。


 眠っている英子の視界が突然の眩しい光に溢れた。

 誰よ?

 母さん?それとも父さん?秀太?

 夜の夜中に部屋の電気を付けるなんて非常識にも程があるわ。用事があるなら朝にしてよ。


 目をしばたかせ、半分眠い頭でそこまで考えて、鳥肌がたった。心臓が跳ねた。眠気が覚めた。

 ここは実家じゃない。ここはアパートで私は一人暮らしだ。


 私以外の誰かが明かりをつけた。つまり、部屋の中に誰かいる。


 誰?泥棒?警察を呼ばなきゃ。


 ようやく明るさに目が慣れてきて、そこで初めて、英子は、自身が横たわっているのが自分のアパートのベッドではないこと、煌々と英子を照らしているのは手術室で見るような照明だということを自覚した。


 手足が動かせない。縛られてるのか、麻酔をかけられている?なんでどうして。なにここ。どこよここは。なんで手術台に乗せられているの。


『ああ、覚醒したようですね』

『では開始しましょう』


 頭上から、癇に障る耳障りな声が降ってきた。


『あなた方がコンタクトを取った報告は受けています。どこの星域の方とアクセスしたのでしょうか?教えて欲しいのです』


「ちょっと!あんたたちどこの誰!なにすんのよ!」


『我々は、大いに真剣です。我々が知る限り地球に接触しているのは我々しかいません。、。昨日の日中、あなたは某県某市某山系某山頂の展望台にて、あなた方は星外飛行物体を目撃しましたね?どうやってコンタクトはどのようにして行ったのですか?星外生命体から何かメッセージは受け取りましたか?受信しているのでしたら、是非とも我々に情報を提示していただきたいのです』


 コンタクトって、何。

 質問の意味が分からない。そんなことよりここがどこなのか、なんでこんなことになってるのか知る方が最優先だ。


「私に何しようっていうのよ!ふざけないでよ!離しなさいよ!」


 しばらくそんな押し問答が繰り返されたが、互いに主張は平行線の一途を辿るだけだった。


『この個体が最後なのですがダメですか』


 この個体。その単語に引っかかるものを感じて初めて辺りを見回した英子は信じられないものをみた。自分が寝かされている台の両隣には、見覚えのある顔が横たわっていた。UFOを呼ぶ会合の主催者とサブリーダーだ。


 信じられないのはその頭部だ。どちらも頭蓋が外され、脳味噌に直に無数の電極が刺さっているではないか。


 この時、真っ先に英子の脳裏を過ったのは、解体の二文字だった。


 巻き込まれた。あの脳天気集団、人身売買組織に目を付けられていたんだ。


「なんで私がこんな目に遭わされなきゃならないのよ!!巻き添えにしないでよ!」


 誰がただでバラされるものか。その顔をしっかり目に焼き付けてやる。そして、相手の記憶に残って一生苦しむよう憎悪を込めて睨みつけてやる。この先の生涯をトラウマに苦しめられるがいい、犯罪者め。


 そう決意して英子は声の降ってくる頭上に視線を向けた。


「あ…」


 そこにいたのがどこの誰であれ、真核生物、脊椎動物、哺乳類、霊長類、ヒューマン、ホモサピエンス、ヒト、人間、なら言葉は通じなくても表情で、語気で喜怒哀楽の感情が伝わる。

 だから、英子はあらんかぎりの罵倒を口汚く罵って、隙あらば齧りついて指の一本でもとってやるつもりだった。


 しかし、そこにいたのは。


 敢えて表現するなら蛙の擬人化とでも言おうか。しっとりした質感の、茶色と緑のかった色の皮膚が全身を覆う、大きな黒い目、小さな口の異形だった。


 そういうジャンルに無関心だが、名前くらいは知っている。何をするかも聞いている。

 その程度には世間一般に浸透している存在。



 ここでこうして寝かされているのが、この誘拐のきっかけを作った椎子ではなく、自分であることを英子は心の底から呪った。


「ほら、椎子、見なさいよいたわよ、あんたの大好きな宇宙人だわよあはあはあははははははははははははははははははははははははははは」


「うん」


 頭上から椎子の声が聞こえた。

 椎子の声だ。生きていたのか。一瞬冷や水を浴びせられた感覚に襲われ、それから英子にまとわりついてくる椎子の、鈍くさくて目障りで鬱陶しかった子供時代を思い出し、先刻以上に激しい怒りが沸き上がってきた。


 こいつのせいで私がこんな目に。


 それが一瞬で脳裏を駆けめぐった英子の結論だ。


 動かせない四肢を動かそうと、身体を捩って暴れる英子。


「椎子テメェ!何一人で助かろうとしてんだゴマでも摺ったかコノヤロウ。ふざけんじゃねぇぶっ殺すぞ」

 もはや殺気といってもいいくらい憤怒の形相で吼える英子に臆することなく、椎子が滔々とやや早口気味に説明を始めた。


「私もね、タケハヤ管理監の命令で地上に出て色々調べてたんだけど、私たち以外の存在が生息している証拠になる痕跡が見つからなくて。それでコンタクティの集まりに参加しては協力を仰いで、星外知的生命体情報を収集させて貰ってたんだけど、全部在日米軍の照明弾だったり写り込んだ虫だったり空力加熱で燃えた宇宙塵だったり。それで私も考えたの。もしかして見えるかもフィルターって私は呼んでるんだけど、見えるかもフィルターを持ってない、思い込みのない、興味ない人の方が案外正確に識別出来るんじゃないかって。それで英子を誘ったの」


 英子は二の句が継げなかった。


 椎子の言っていることが何一つ理解出来ない。理解の範疇を越えたどころの騒ぎじゃない。同じ言語を介しているはずなのに考え方の基準がおかしい。ズレている。狂ってる。


「そうしたら、英子が見えた、って言ってくれたから」


 そんな椎子の声音は期待に弾んて浮かれている。英子は己のこめかみがビクビク血流が激しくなるのを感じた。


「んなもん嘘っぱちに決まってんだろ!?あんたがバカみたいな顔でヘラヘラ笑って「みえたぁ?」なんて聞いてきてそれで空気読んで話し合わせて!ふざけんな畜生!!」


 椎子を口汚く罵る英子だが、当の椎子は全く意にも介する様子がない。小首を傾げるその様が更に英子の神経を逆撫で、火に油を注ぐ。


「とっとと自由にしろやぶち殺すぞくそったれぇええ」


 椎子のかわりに異形の一人が、がっくり肩を落としてうなだれた。

『えぇ…嘘だったの…期待してたのに…』


 もう一人は、思案するように指で顎を撫で回している。

『なんで検体は見えなかったのに見えたって嘘を付いたんだろう?』


 異形の上司二人に向かい、椎子はほんの少し思案した後、

「嘘の方言?(嘘も方便のこと)でしたか、場の雰囲気を壊さないように収める地球人特有の共感バグではないかと考えます」

 と今までの様子とうって変わった口調で意見を述べた。

 椎子のその佇まいは、それまでの英子の記憶にある、脳天気で幼稚な姿とはまるで別人格に見えた。

 凛とした立ち姿が、淀みなく読み上げる声音が、理知的な表情が、有能な秘書を彷彿とさせた。


「てめぇええええええええぁあああああああああああああああああ天然うすらバカのくせしやがって人をバカにしやがってバカにしやがってバカにしやがってバカにしやがってバカにしやがって。ぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺す」


「それと一つ問題が見つかりました。地上ではクババ・キュベレイ管制塔の着陸誘導サインが"UFO召喚の呪文"との言説が定着しています」

『あらぁ…』

『どこから漏洩したのかしら、やあねぇ』

 更なる追い打ちに気落ちし天を仰ぐ、異形二体。

「おそらくドロイドに運営させている情報収集機関誌ではないかと推察します」

『後で方針つめ直さないと』


 この間も英子の聞くに耐えない罵詈雑言が響き渡っているが、椎子の反応は全くない。どこ吹く風だ。


『うぅん、コンタクティ作戦も不発かぁ』

『相手の正体を知るには、まずこちらの情報を提示するのが地上の礼儀だって聞いていたんだけどねぇ』

 どこか手順を間違えたかな、と異形が小声で意見交換を続ける中、

「検体ですが、どういたしますか」

 椎子に問われた異形二体がお互い顔を見合わせ、それから同じタイミングで首を横に振った。


『あそこまで感情的になっちゃうとシナプスが強烈に記憶しちゃうからねぇ』

『抜くしか無いねぇ』

「ではそのように」

『処置は任せたよ、ドロイドF921号』

『そうそう、協力してくれた二人は前頭葉にチップを埋め込んだ後、縫合して帰してあげてください』


 その言葉を最後に、異形二体が退出する気配を感じた。ひたひたと足音が遠ざかっていく。

 エアロックなのか、圧縮した空気を噴出させるような音が二度した。


 椎子、ドロイドF921が振り返り、眼球を血走らせ、怒髪天を衝く形相で喉も嗄れよとばかりに絶叫し続ける英子に視線を向けた。

 その目におよそ感情と言うものはなかった。あえて表現するなら、無関心。

 これから処置を施す検体の状態のセンシングをしただけなので、当たり前と言えば当たり前なのだが。


 今の彼女は、地上で情報収集にあたる際に割り振られている仮初の人格椎子ではない。

 上司に意見具申する時に切り替わった本来の人格、観察者のために業務をこなす、精巧で優秀な生体情報端末ドロイドF921だ。


 それを知る由もない英子は、ひたすら「椎子」に対して常人なら目を背け耳を塞ぎたくなる汚い罵詈雑言を浴びせ続けた。


 室内に響き渡る威嚇恫喝の集中砲火の中、F921はコントロールパネルを操作し始める。


 上部から工場で見かけるような巨大アームが数本、信じられないくらい滑らかな挙動で伸びてきて、英子の頭上で制止した。

 何が起きるのか、何をされるのか分からない英子。それを知ろうとした英子はアームの先端に視線を向ける。

 アームの先に取り付けられている円錐形の物体がぎらりと光を反射した時、血の気が引いた。心臓が跳ね上がった。


 その正体を、これから何が起きるのか悟った。


 ドリルだ。両脇の二人のような脳みそ丸出しの姿にされるのだ。


「いやだちょっと冗談でしょ冗談じゃないわやめてよ殺すつもりなの?」


 英子は助かりたい一心で思考を巡らせる。


 いや、でも待て。今ここには私と椎子しかいない。私と椎子は友達だ。これは一芝居打っているだけなんだ。


「そうだ、この機械を壊して私を助けてくれるんでしょ?そうよね?そうでしょ?椎子」


 猫撫で声で助けを求める英子。


 散々見下すような罵声を浴びせて友達とは随分虫の良い屁理屈だが、もとよりこの場から逃げおおせたいだけの英子に、そんな筋の通った道理などない。

 とにかく友情にかこつけて手術を止めさせないと。

 そして椎子に手伝わせてここから逃げ出して、理由をつけて警察に保護してもらって、うちに帰ったら、男友達に頼んで椎子をレイプさせて人里離れた山の中に置き去りにさせよう。

 それくらいされても当然のことをやったんだからね。悪いのは全部アンタ自分のせいなんだからね。


「椎子、私たち、友達だよね、椎子」


 当然、F921に返事をする理由はない。全く無反応だ。


 だから“椎子は答えを返さなかった。呼びかけを無視した。”英子にはそう見えた。


「無視してんじゃねぇよこのズベ公があああああああああああ」


 尤も、この状況で椎子としてF921に「友だちなのに、ひどいことしてごめんね」なんて情けをかけられようものなら、本当に英子の脳の血管が切れていたかもしれない。


 咆える英子の額に、こめかみに、側頭部に、冷たいものが触れた。英子はようやく気付いた。

 鋭く尖った穿孔器の先端が触っているのが分かる。冷たいと感じる。


 つまり。

 麻酔をされていない。


 金属特有の甲高いモーター音が鼓膜をつんざき、英子の視界が激しく小刻みに震え始めた。


 数時間後、英子の脳が取り出され、その肉体には、クババ・キュベレイで培養されたドロイドの脳髄が納められた。


 作業工程の完了を見届けたF921が、仲間として生まれ変わった新生英子に歩み寄って、指示を与える。


「あなたには英子として生活してもらいます。オリジナル脳髄からの情報吸出しが終了次第、住居に送り届けますね」


「了解しました。任務を開始します」






 数週間後。

 英子の勤め先では、社員の幾人かが噂をしていた。

「英子ちょっと人格変わった?」」

「なんかてゆーか存在が薄くなった?感じ」

「いいよいいよ、あの子すっごい我が強いッてゆーかめっちゃウザかったし彼ぴっぴが出来て静かになってくれるなら万々歳よ」



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