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聞いてませんけど!?

ブクマといいね、並びに評価もありがとうございます。

たいへん励みになります。



それから数日が経った。

それまであまり寄り付かなかったというオーブリーは、なぜか騎士団の勤務が終わるとまっすぐ侯爵邸に帰ってくるようになった。

第四師団は王都内の治安維持のため、昼も夜も交代で警邏に出ているらしく、副師団長のオーブリーもそこに組み込まれているそうだ。

生活時間が不規則になることもあるからとずっと騎士団詰所で寝起きしていたらしいのだが。


「やっぱり自邸(うち)が一番だよね」


そんな風に言いながら、今もこうしてオーロラと二人でお茶を飲んでいる。


「義姉上、このお菓子美味しいね!」

「そうですね」


ずいぶんと懐かれたものだと、オーロラ自身も思う。

爵位継承の件で、オーブリーが騎士団を辞めたくないという気持ちに一定の理解を示したのが決め手だったのかもしれない。

幼い頃こそ双子の弟たちともこうして一緒にお茶菓子をつまみながら団欒したものだが、大きくなってそれぞれの精神的自立が進むと、そういう機会も減ってしまった。

この二年半、タウンハウスで寝食を共にすることになって、最初こそ窮屈そうにしていた彼らが一緒に食卓を囲んで学院での出来事を自分から話してくれるようになり、内心嬉しく思っていたものだ。

にこにこしながら茶菓子を勧めてくる義理の弟(契約上の、かつ相手の方が年上)は、突然出来た義理の姉に特に困惑したりする様子は見受けられない。男二人の兄弟であるそうだから、姉という存在そのものが珍しく、興味深いのかもしれない。

ちなみに、ミハイルは今、仕事で王都内へと出向いていて留守。バーリエ家の双子は、研修旅行から今日戻ってくる予定である。


(リントは怪我無く無事に帰って来るかしら。

フォルツの話を聞くのも楽しみだわ)


出発時より逞しくなったであろう弟たちに思いを馳せていたら、義理の弟になったばかりのオーブリーが「あ」と何かを思い出したように声を上げた。


「そういえば義姉上、披露宴の準備は進んでる?」

「ひろー、えん?」


円盤の映像がぽわんと頭に浮かんできょとんとしたオーロラに、オーブリーが重ねて尋ねた。


「侯爵夫妻の結婚を祝い、お披露目する会、だよ」

「あ、披露宴、ね」


脳内で円盤を拾っている自分をささっと消し去って、お茶を口に含むこと数秒。


「……………っ、披露宴!???」


やっと理解が追いついたオーロラが、お茶を噴き出しそうなのをこらえて聞き返した。


「うん。

もう冬が間近に迫ってきていて、招待状をやり取りする日数を考えたら今からじゃ北方にいる取引先や知人友人を招けないから、やるなら春になるだろうって兄上は言ってたけど。

女性は、ドレスだの花だの、あと配る品物だの、いろいろ決めることがたくさんあって忙しいんじゃないの?」

「………」


あんぐりと開きそうになる顎に力を入れ、ほほほと笑ってその場をごまかした。

そこへちょうど、ミハイルが侯爵邸に戻ってきたという知らせが届いた。


「ちょっと、ちょーっとミハイル様にお話があるので行ってまいりますわね」

「うん、いってらっしゃい、義姉上」


着いてこようとする侍女に大丈夫と断り、はしたなくないギリギリの速さで邸内を歩いてミハイルの執務室に向かった。

笑顔のマシューに「どうぞ」と招き入れられて執務室に入ると、椅子にも座らずに書類を捲っているミハイルがいた。


「おかえりなさいませ、ミハイル様」

「ん? ああ、ただいま」


気を利かせたマシューが退室するのを待って、ミハイルに詰め寄る。


「ちょっと!

披露宴?があるとか、聞いてないんですけど!?」

「言ってないからな」

「なっ…!」


しれれっとそう答えたミハイルに、オーロラは絶句する。


「どういうことです!?

だいたい、契約結婚なのになんで披露なんてするの??

必要あります!?」

「いや、表向きは普通に結婚してるんだから、侯爵家としてお披露目は必要だろう」

「そうですけど!そうかもですけど…っ」

「心配しなくても、当日は私が傍にずっと張り付いている予定だから、単独で社交をする必要はないぞ?」

「それは、はい、是非ともお願しますっ。

あと、準備、とかは…!?」

「招待客のリストや式次についてはマシューが取り仕切るし、食事や装飾、それから君の衣装関連はメイが担当だ。

君の趣味嗜好についてはばっちりリサーチが済んでると豪語してたぞ?」

「!?!?」


言われてみればと、オーロラは思い至る。

さりげなく、好きな色や好みの食べ物、お花の種類などがあるか、趣味や興味があることなどについても、いろいろ質問された。

さりげなさ過ぎて、突然現れた自分を侯爵家の人々に知ってもらうための雑談の範囲だと思っていたのだが、まさか披露宴のための事前調査だったとは。


「外国語文学が好きらしいから、披露宴を行う時期に王都で公演を予定している劇団にスケジュールの空きを確認するとかなんとか…」

「あぁーーーーっ!」


契約条件を提示された時以来の困惑に、オーロラは頭を抱えた。

見事なまでに淑女の仮面が外れた彼女に、さすがのミハイルも面白がるどころか心配になった。


「な、なんだ??何かまずかったのか?

お嬢様の好きな物だけで会場を埋め尽くして喜んでいただきますって、メイが張り切りまくってたけど……」

「うぅっ……」


分かっている。

専属侍女として出会って以来ずっと、メイはオーロラのことを最優先に考えて仕えてくれている。

多分オーロラを喜ばせたいというその一心で、入念に準備をしてくれているはずだ。


「……マズイことなんて、ありません。

メイには本当に、いつも感謝してるんです。

もちろん、マシューやほかの使用人の方々にも。

だから彼らが準備してくれているというのなら、安心して任せられますし、ありがたいと思います。

けどっ…!

それとこれとは話が別で、自分の趣味趣向が盛大にお披露目されるかと思うと、恥ずかしいというか居た堪れないというか。

外国文学好きにしても、別に隠しているわけでもヤバイ内容のものを好んでいるわけでもないんですよ!?

なんていうか、自室の本棚を皆様に御開帳するような気恥ずかしさがあるといいますか……」


どさりとソファに腰を下ろしあわあわと言い訳めいたことを並べるオーロラに、ミハイルが手にしていた資料を執務机に置いてそっと寄り添うように隣に座った。

ミハイル自身は、幼い頃から侯爵邸で過ごしてきたので今更リサーチされる必要はない。ただ、マシューに「幼い頃の肖像画なども並べますね」と事後承諾の報告されたのに対し「ワカッタ」としか返せなかったのが先日のことで、オーロラの困惑もいくらかは理解できた。


「オーロラ?

もしも、内容に不備というか、君の意に沿わない部分が含まれているなら、そこははっきり嫌だと言ってもいいんだぞ?

メイもマシューも、きっと喜んで君の希望を聞いてくれる」

「……わかってます。

はい、だいじょうぶです。

大人しく晒されておきます……」


俯きがちに唸るオーロラの頭に、ミハイルの大きな手が乗ってぽんぽんと宥めた。

弟にするように自然に触れてしまったことにハッとなりすぐに手を放したが、オーロラの方は気にすることもなくまだ何かをブツブツ言っている。

一度離した手で、もう一度彼女に触れた。

思っていたよりも柔らかく、さらさらした金色の髪の感触に、


(小さな子供みたいな髪だな)


ミハイルは思わずふっと笑みを零す。


「東方の言語で書かれた本を原書のまま読んでる、とメイから聞いたんだが。

うちは東方諸島とも取引があるから、一般に手に入れ難いものも取り寄せ可能だ。欲しいものがあれば手配しよう」


ミハイルのした提案に、俯くオーロラの耳がぴくん!と動いた。


「お取り寄せ…?」

「ああ。知り合いに、国内外の出版物関連に明るい人が居るからな」

「ほ、ほんとに?」

「本当だ。

それに、婚姻の指輪がコレだったから、少し気になっていた」

「あっ…」


顔を上げたオーロラに、ミハイルが例の指輪(けいやくしょ)をはめた自分の左手薬指をひらひらと見せながら言う。

オーロラも契約時に適当すぎやしないかと呆れたものだが、ミハイルも同じように気にしていたと聞いて、少し嬉しくなった。


「手配してみるから欲しい本のリストをくれ。

君からは先日花を貰ったからな。

今度は私から妻へ初のプレゼントだ」


花と聞いて、手持ち無沙汰なオーロラを気遣ったメイに誘われて庭園で摘んだ花をミハイルの執務室に飾らせてもらったのを思い出した。

今思えばメイのリサーチの一環だったようだが、少しはミハイルに喜んでもらえたのなら言われるまま花を生けたオーロラとしてもなんだか嬉しい。


「初だなんて…もうドレスやら何やらたくさんいただいちゃってますよ?」

「それは侯爵夫人の品格を維持するため必要があって用意したものだ。プレゼントとは違う」

「ふふっ、優しい旦那様ですね。

ありがとうございます」

「愛しの奥方のためならお安い御用ですよ」


素直に礼を言ったオーロラに、いつもの調子でミハイルがふざけて返すのに二人で笑い合う。

そうして和んだところで、扉の外からマシューの声が掛かった。


「旦那様、次の商談相手の方がお見えです」

「…わかった。

では、オーロラ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」


オーロラに見送られ、必要な書類を手に取ったミハイルが執務室の扉に向かう。

と、その途中で思い出したように振り返った。


「披露宴ではダンスもすることになっている。

踊りたい曲のリクエストがあれば、それもメイに伝えてくれ」


そう言うと、ミハイルは颯爽と執務室を出ていった。

ぱたんと閉じた扉を見つめたままひとり取り残されたオーロラは、ミハイルが投下していった『披露宴でダンスを披露』という爆弾発言をたっぷり時間をかけて理解した。

そして、来た時と同様に眉を顰められないぎりぎりの速度で執務室を後にしたのだった。




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